大団円の前に
「と、言うわけだ。悪いな。聖女は”オレ”が倒したっ!ハハハハハッ!」
「ああもう、うるせえな。それもうさっき聞いたって」
タニアちと戦いに険しい顔で走っていき、帰ってきたと思ったらこれである。大笑いして実に嬉しそうだ。初めて見た時はなんだかおっかないピリピリした雰囲気だったのに。今目の前にいるこの男はただただ気のいい兄ちゃんといった様相だ。話を聞いている公平はうんざりしている。わざわざ一人称を強調しやがって、と。
「つーか。お前そんなヤツだったっけ……?」
「あン?なんか言った?」
「いや別に」
「まあいいや。いいか?オレの『デイルハード=ギラディアン』で聖女の身体に雷の力を溜めてだな……」
「だからっ!もうその話も聞いたって!俺に留守番押し付けやがって!」
「いや悪かったって。でもアレだ。結局あの後何も来なかったっていうんなら、お前は無駄足だったってことだな、公平!」
「悪かったね!無駄足で!」
楽しそうにしているギドウは、公平からこっそり盗んだズリンズの実を最後の切り札にしてタニアに勝ったということは話していない。そして話す者もここにはいない。ギドウは一人で戻ってきたからだ。エックスは万が一タニアが目覚めた場合も対応できるようにと彼女を見張っている。
「ああもう。こんなことなら俺も行けばよかった……。こんな風にバカにされるくらいならなあ」
「いやいや。それは困る。一応ジャリウの結晶を誰かが守っていないとな」
「だから。コレ本来お前の仕事だからね?」
ぶつぶつ言いながらスマホを取り出して時間を確認する。ジャリウの力の結晶が発動するまで、あと十分。
「もうちょっとで終わりか」
「なんだそれ?」
と、ギドウがスマホの画面をのぞき込んできた。公平はぎょっとして思わずスマホを隠す。
「びっくりした。なにお前急に」
「なんだその板」
「あ。知らないの?知らないか。スマホ。こういうの『心錬』にはない?」
公平はざくっと簡単にスマホの説明をする。ギドウは首を捻って言いなれないといった調子で『すまほ』とオウム返しする。
「ないなあ。そんな面白そうなもの」
「あ。そうなんだ。まあ、こういうのがありそうな雰囲気でもなかったしなあ」
ギドウはぼんやりとした目でスマホを見つめ、一瞬考えてから口を開く。
「……帰ったらさ」
「ん?」
「帰ったらその『すまほ』ってのを賭けてもう一度戦わないか?」
「……なんで?」
公平は困惑した。『心錬の連鎖』にある限り、スマホはインターネットにもつながらない電話もできないといったツールである。それでも出来ることは多いが、ギドウが持っていても得になるようなことがあるとは思えない。
「っていうかヤだよ。どういう考え?言っとくけどコレ安くないからね?」
「じゃあ勝てばいいじゃないか。まさか負けるのが恐いのか?」
「恐い」
即答してやった。ギドウはそのどこか情けない無駄な潔さに怯んだ。逆に勝ったような気分で公平は更に追撃する。
「俺は一回勝った相手とはもう戦わない。絶対に死んでも勝ち逃げする。永遠に悔しがってろ」
記憶を失くす前は。吾我にそういうことを言っていたので。公平は同じことを言った。どうしてそんなにムキになっていたのか分からないけれど。
公平の謎の勢いに気圧されていたギドウもハッとして言い返してくる。
「おいっ!この卑怯者!恥ずかしくないのかお前!」
「全然。俺は負ける事のがイヤだから」
「この野郎!いいから戦え!」
「だからヤだって言って……ん?」
公平は空を見上げた。突然に太陽の光が途絶えて、暗くなる。
「『心錬』ってこんな極端なのか」
「そんなわけないだろ」
「じゃあなんで……あ、降ってきた」
ぽつぽつと落ちる雫は、次第に大振りの雨になって世界中に降り注ぎ、タニアの炎を消していく。暫く濡れてからこの雨がエックスの魔法だと気付いた。探知して見ればしっかりと彼女の力の気配を感じる。
「……そうだよな。それがいいよな」
この世界はこのまま廃棄されていくのだろう。ジャリウの力が発動すれば生き残っている者は皆外の世界へ転送される。この世界には誰も住む者がいなくなる。残していても仕方がない。
だが燃えたままでいいというわけでもないだろう。せめて終わる時は綺麗なままにしてあげた方がきっといいはずだ。
--------------〇--------------
その少し前。『アイツはボクが見ておくから』と胸を叩いてタニアを見張りを買って出たエックスは、もう見張りの仕事に飽きていた。ギドウが公平の元へと走って行ってすぐのことである。どう見ても起きそうにない相手をじっと見ていても面白くない。
代わりにエックスはずんずんと街の中を歩き回っていた。燃える炎を踏みにじっては消していく。燃えたままだとこの世界が可哀想だし、なんて思って。
ふと生き残った町人の避難所である学校に目を向ける。エックスの膝くらいの高さもない小さな建物。その中からはびくっと怯える数百人分の気配を感じた。一瞬、彼女の悪戯心が刺激される。思えば学校の周りの炎はまだめらめらと燃えている。アレも消さないといけないな。念入りにしっかり踏みつけて消さないとな。無意識のうちにニマニマと笑いながら足を踏み出そうとして、止まる。
「いやダメだってバカ。なに考えてんだボクったら」
タニアのせいで彼らは酷く恐ろしい想いをした。自分のような巨人は恐怖の対象でしかないと分かっているではないか。それなのにわざわざ近付いて周囲を(炎を消すためとはいえ)踏み荒らすなんて。そんな脅かすようなことをしてはダメだ。心の傷を抉ることになる。
エックスはしばしば自分の本能に負けそうになる。小さなものを虐めたくなる魔女の本能。いけないいけないと頭を振って悪い考えをかき消す。
「ダメダメ。公平相手ならともかく……」
本当は公平相手でもダメなものはダメなのだが、それは見て見ぬふりをする。
それはそれとして学校の周りの火は消さなくてはならない。激しく燃え上がっている炎は放置していたらきっと燃え移るであろうと予想できた。かといって近付くと恐がらせてしまう。じいっと校舎を見つめながら考える。こうしている間にも中では自分に対する恐怖が大きくなっているのだろうか。早く解決策を見つけてあげなくては。
「……あ、なんだ」
空を指差して魔法を撃つ。空全体を黒く厚い雲が覆った。辺りは一瞬にして夜のようになり、直後にざあざあと土砂降りの雨が降り出す。と、同時に自分自身に魔法をかけて身体が濡れないようにする。
「バカだなボクは。簡単なことじゃないか」
これで解決。話が早い。エックスはその場に腰を下ろした。街が大きく揺れる。先ほどかけた魔法のおかげでお尻が濡れることもない。
「残り……十分くらいか」
これでジャリウから頼まれた仕事もおしまいだ。それにしても、と倒れているタニアに目を向ける。彼女はギドウが倒してしまったが、この場合ジャリウからの依頼である『タニアを倒せ』という仕事は達成したことになるのだろうか。
「まあ。もうダメなら仕方ないや。他の手段を……」
その時だった。エックスはハッとして空を見上げた。雲の向こう側に何かがいる。タニアとは比べ物にならないほどの力が二つ。そのうち一つは既に攻撃を仕掛けてきている。そしてその狙う先は。
「まずい!」
慌てて立ち上がって避難所である学校に向かって走りだす。中から悲鳴が聞こえてきた。急に巨人が迫ってきたら恐いだろうということはエックスにも分かっている。けれども今は緊急事態だ。魔法を使うより走っていったほうが早い。
「今回だけは許してよっ!」
学校の敷地のすぐ目の前。エックスはくるっと振り返り、空に向かって右の拳を突き出す。次の瞬間、雲の奥から放たれた光線が彼女の拳とぶつかり合う。
「んん……っ。だあっ!」
思い切り腕を右に振った。光線はそちらへと逸れていき、黒焦げになっていた山を消し飛ばす。
「降りて来いルファー!」
エックスの呼びかけに答えるように。雲を裂いて光が地上へ続く道のように差した。その道を通るようにして、聖女の女神ルファーが降りてくる。
「おひさしぶりですね。エックス。魔女の女神様」
「ボクは神様じゃないってば!」
目の前に現れたルファーに、エックスは違和感を覚えた。攻撃の気配は確かにルファーだった。だが、力の大きさがまるで違う。初めて会った時よりも遥かに弱い。
「ああ。この身体ね」
訝しむエックスに気付いたのかルファーは微笑みながら口を開く。
「ごめんなさい。これは私の分身です。……ふふ。本当の私と戦えると思いましたか」
「ちょっとは期待した。お前を倒せばそれで終わりだし。ここで倒せるなら好都合だと思った」
エックスはゆっくりと構えて戦う用意をした。分身とはいえ相手はルファー。決して油断はできない。
既にタニアが『聖技の連鎖』へ回収されているのは分かる。彼女の気配を感じないからだ。それでも目の前の分身は姿を消すことは無かった。ルファーが現れた理由がはっきりしない。タニアを助けに来ただけではなさそうだ。
「一体なんのつもりだ」
「『心錬』は『聖技』の同盟連鎖。視察に来たのですよ。何か問題でも?」
「視察だって?こっち街を消し飛ばそうとしたくせによく言うよ。……ちなみにボクは公平とデートだ。ついでにこの連鎖の神様に会って行こうとは思っているけどね」
気付かれているかもしれないが。一応まだジャリウとは接触していないということにした。建前は大事だ。少なくともジャリウにとっては。取って付けたような設定にルファーはクスクスと笑い出した。
「なにが可笑しい!」
「いえ。奇遇だなと思って」
「奇遇?」
「ええ。実は私もデートなのですよ。大事な大事な私の騎士と」
「騎士?……そんなやつどこに」
「ふふ。いえそれがね。『聖技』に仇なす魔法使いを見つけたとかで。飛んで行ってしまいました」
エックスはごくっと唾を飲み込んだ。それはきっと公平のことだ。そういえばと思い出す。雲の上に会った気配は二つ。タニアよりもずっと強い力。
(まずいな。今の公平じゃ荷が重い。急いで助けに行かないと……!)
焦るエックスの表情に気付いたルファーは、更に続ける。
「そうですね。ここにいる私は所詮分身。貴女が本気を出せばひとたまりもないです。残念。貴女はすぐに助けに行けるでしょうね」
「本気……」
本気なんて今は出せない。全力で戦えばこの世界は少なからず傷つく。背後にある学校は間違いなく一瞬で消し飛ぶだろう。
(ボクの魔法で逃がそうにもそんな隙はくれないだろうな……。となると)
ジャリウの力で逃がすのを待つしかない。つまり十分間は。結晶が発動する十分間はルファーの分身を倒すことも公平を助けには行くことも出来ないということだ。
「私も頑張らないと。私の騎士が。タンザナイトが貴女の恋人を仕留めるまでは負けられないわ」
「お前……!」
エックスの頬を水が伝って、地面に落ちた。雨ではなくて。焦りの汗である。
--------------〇--------------
「……ん?」
ギドウが茫然と空を見上げている。それに気付いた公平は怪訝な表情で彼に尋ねた。
「どうしたんだよ。いつまで雨雲見てるんだ?」
「……なんだあれは」
「えっ」
ギドウの様子がおかしい。公平も空に意識を向けてみた。そうして、ようやく気付く。エックスの力の気配を感じる雲の向こう側に何かがいる。途轍もなく大きな力が二つ。一つはこちらに向かってきている。
「これは」
「おいこれ」
先ほどまでギドウが必死に戦っていたタニアなど比較にもならないほどに大きな力の気配が。隕石のような勢いで二人の眼前へと落ちてきた。その瞬間起こる衝撃に耐えながら手を前に突き出す。
「『ギド=デイルハード』!」
「『ギラマ・ジ・ギリゾート』!」
武器を構えて濛々と立ち込める土煙の向こうにいる『何か』に警戒する。見えたシルエットから分かるのは、そこにいるのが聖女のような巨人ではなく、自分たちと同じ人間の大きさであるということだった。
「すぐにここから離れなさい。心錬使いさん」
透き通るような声がした。風が巻き起こり土煙が一気に晴れる。そこには女がいた。水晶のように透き通った青い剣を手にした女。すらっとした体型で背は高い。ふわっと浮かぶ黒髪がゆっくりと落ちる。ぱっちりと開いた目。微笑んでいるのに感情を読み取ることが出来ない。
「用があるのはそこの魔法使いだけだから」
ギドウはその言葉に対して小さく笑うと剣を下ろさずに尋ねた。
「イヤだと言ったらどうする?」
「残念だけれど。始末するしかないかな」
「なら……やってみろよ!」
雷がギドウの身体を強化する。この女が聖女以上に強いのは分かっている。そしてどうやら敵らしい。手を抜く理由はなにもない。勢いをつけて思い切り前へと駆けだした。最初からフルスピードである。油断は無かった。一撃で仕留めるつもりだった。
女は悠然と剣を構えて呟く。
「『レベル2』」
「何をしようともう遅……」
剣を女に向けて振り下ろす瞬間、ギドウは息を呑んだ。彼女の瞳はフルスピードの自分の動きをしっかりと追いかけている。
(これじゃあまるで)
最初にエックスに攻撃した時のようだった。
女は無言で半歩下がる。その最小限の動きだけでギドウの攻撃を躱すと同時に水晶の剣を振り上げてギドウに斬りかかる。
「……くっ!」
咄嗟に女の腕を蹴り、距離を取る。そうして彼女から目を離さずに公平の元まで戻っていく。ここまでで1秒強。公平は二人の攻防を捕らえることが出来なかった。ただなにかがあったということだけは分かって、それが却って彼を困惑させる。
「な、なにが」
ギドウはぜいぜいと息を切らしながら公平に答える。
「アイツ速い。本気のオレと互角だ」
「はあっ!?」
「お前は近づくな。間合いに入ったらその瞬間にやられる。この距離を保って、遠距離から攻撃しろ」
「や、でも。そんな速いヤツ相手に当たるのかよ!?」
「オレが何とかする。威力はお前の魔法の方が大きいからな」
「……分かった」
「……よし。行くぞ」
ギドウは深く息を吐き剣を構える。




