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燃える世界へ

 ベール・タニアに襲撃された世界は80%以上が炎に包まれ崩壊の道を辿ることになった。ジャリウにはそれを止めることは出来ない。『聖技』との盟約である。


「だが、住人の救助はグレーゾーンだ。手引きしたのがオレだと気付かれなければ『聖技』が何か言ってくることはない」


 見知らぬ心錬使いが勝手にやったことと知らぬ存ぜぬを押し通す。それで誤魔化してしまえばいい。


「今までもこんなことやってたのかい?ジャリウ」


 神殿の最奥。むしゃむしゃとミルティーを食べているジャリウにエックスは尋ねる。人間大に小さくなった彼女は今、ギドウの仕事が終わるのをジャリウと一緒に待っていた。


「オレは初めてだ。でも先代は何度かやった。アイツは『聖技』と同盟を結んだクソバカだけど、黙って『心錬』の世界を聖女の玩具にはさせたりはしなかった」

「ふうん。異世界からこっちに逃げてきた人で様子のおかしい人はいなかった?

「ん?いや、聞いてないな」

「と、いうことは」


 タニアは『心錬』で遊ぶときは神聖技を使っていないということだ。使っていれば、こちらの世界へ逃げてきた住人は神聖技の炎を見ることができない苦痛で自ら命を絶っているはずである。

 使わなかったのか、或いは使えなかったのかは分からない。用心するに越したことはない。神聖技を使われることを前提として対処する。使われなかったらラッキーだ。少なくとも自分が顔を出した時にはまだ使っていない可能性は高い。


「それで、いいのかよ」

「なにが?」

「あの男をギドウと一緒に先行させて」

「ああそれね」


 公平にはギドウと同行してジャリウの力の結晶を守ってもらうことにした。今回の仕事で一番重要なのはタニアの撃退ではない。襲われている世界の住民を避難である。


「だから、公平はボクと一緒にいるよりギドウくんをサポートしてくれた方がいいんだ」

「でもそれでタニアを倒せるのか?お前は『魔法の連鎖』の女神だ。神ではない聖女に攻撃は出来ないぜ」


 エックスはジャリウの言葉にムッとした目を向ける。


「ボクは神様じゃない」

「そこに突っかかるのか……」

「まあ考えてはいるよ。ボクなりに。こんな面倒な制約どうにかしてすり抜けられないかってね。上手くいくかどうか分からないけどさ」

「それならいいけど」


 フォークにミルティーを突き刺して口に運ぶ。エックスは『それよりさ』と口を開いた。ジャリウは手を止めて彼女を見る。


「なんだよ」

「どうして、昨日のうちにボクを送らなかったの?」

「それは。先にギドウの仕事の目途がついてからだって言っただろ。アンタに先に動かれるとオレも困るんだ」

「……そうかな」


 エックスはジャリウに不信の目を向ける。その様子から、彼女が本当に言いたいことはなんなのかを察した。手に持った一切れのミルティーを刺しているフォークごと皿の上に置いて、ほうと息を吐く。


「多分アンタの考えている通りだ」


 エックスは瞼を閉じて眉を落とした。ジャリウは小さく笑って続ける。


「だってそうしないと。こっちの世界だって余裕はない。全部は救えない。動くのはある程度数が減ってからだ」

「……それならさ。ボクが先に行ってタニアを倒せばよかったじゃないか。キミはああ言ってたけど、ボクだったらアイツが世界を焼いてしまうより先に追い出せたかも……」

「タニアが来たのはアンタ等が来るちょっと前。アンタが来た時点であの世界は手遅れだった。その時にはもう半分以上燃えてたからな。そうなるともう、こちらに避難させるしかない。でも生存者全員を連れてくる余裕はこの世界にはない。だから数が減るのを待ってんだ」

「全員をこっちに逃がさなくてもさ。『心錬の連鎖』にだって沢山世界があるだろう?そこにバラバラに送ってあげれば……」


 ジャリウは静かに頭を振る。


「この世界じゃなきゃダメさ。他の世界じゃあよそ者は煙たがられて、居場所なんてない。ここはオレが直接見ているから、どうにかなっているんだよ」

「でも……でもさ」

「アンタが気に病むことじゃない。これはオレがオレの責任の下でやったことだ。そしてオレが責任を取れるやり方は、これ以外にはないんだよ」


 ジャリウは改めてミルティーを口に運び、噛み砕いて、飲み込む。エックスはこれ以上何も言えなかった。


「……ギドウがオレの力の結晶を埋めたようだ。手筈通りだな。後一時間で転送が始まる。三十分くらいしたら行ってくれ」

「……うん」


 ここは『心錬の連鎖』。エックスはこの連鎖の者ではない。何か意見する権利はない。彼女はそれをよく分かっている。


--------------〇--------------


 ギドウは公平と隣り合ってあちこち燃えている大地に腰を下ろした。あと一時間もすればこの世界の人間は自分たちの世界へと転送される。それまでジャリウの力の結晶を守るのが仕事である。

 持ってきたリュックから赤色の果実──アガジリを取り出して齧る。その味にギドウは顔をしかめる。公平があんまり美味そうに食べているのでもしやと思ったが、やっぱり不味い。耐熱効果を付与する効用がなければこんなもの絶対に食べていない。


「これであと十分はもつはずだ」

「思ったより効いている時間って短いんだな。これじゃあ無駄遣いできないな」

「アガジリは無駄に食うもんじゃないからな」

「こんなにのんびりしてていいのか?竜とか来るんじゃないの?」

「この状況じゃあな。襲ってきやしないさ」


 聖女の炎のせいで人間以外の動物も相当数死んだ。玩具としては面白みのない分、獣や竜は人間よりも消費されていくペースは早い。ジャリウの力を飲み込めば助かるかもしれないが、そんな余裕が個体はもうこの世界にはいない。


「拍子抜けだよ。聖女から人を逃がす仕事は初めてだけど……。こんな楽に終わるなんてな。これくらい余裕をもって終われるならそれでいいのかもな」

「そうかもな」


 ぱちぱちと空気が弾ける音がする。公平もギドウも感じていた。巨大な力の気配。それが動くということは誰かが死ぬということである。聖女、ベール・タニア。


(行こうと思えば、行ける)


 力の結晶を守るのが公平とギドウの本懐であり、最も重要な仕事である。──だが、そもそも襲ってくる者がいないのであれば。ここに居たってしょうがない。


「……なあギドウ、俺」

「一つ聞いていいか?」

「……なに?」

「お前一体なんで戦ってるんだ?」

「え?」


 ギドウは公平の目をじいっと見つめる。ギドウの目つきの悪い視線が突き刺さってくる。


「お前は戦いには縁遠いように見えた。戦う人間とは思えなかった。そんなお前が聖女と戦ったなんて信じられない。正直、今でも違和感がある。お前一体なんで戦ってるんだ?」

「……なんでだろうね」


 自分でもまだ言語化できていない。ただなにかの理由があることは確かだった。


「戦う理由も分からないやつにオレは負けたのか」

「……お前は分かってるのかよ」


 公平から投げかけられた問いかけに、ギドウは答えなかった。代わりに深く息を吐いて立ち上がる。


「行くか」

「うん」


 公平も続くようにして立ち上がる。これ以上ここにいたって仕方がない。タニアの正確な位置を探ろうと探知を行う。そして、そのすぐ近くに現れていたもう一つの力に気付く。一瞬ぽかんとして、それから思わず噴き出した。


「何やってんだか」


 なんて笑いながら呆れたように言う。予定と大分違うじゃあないか。


「あの女なにをやってんだ……?」

「きっと我慢できなくなったんだ」


 そういうヤツだから仕方がない。


--------------〇--------------


 少女は必死に走っていた。ぜいぜいと息を切らしながら少しでも前へと向かっていた。燃える炎の熱気で脱水症状を起こしつつあった。足りない酸素のせいで呼吸も難しくなっていた。それでも足を止めれば死ぬしかないので。少女は必死に走り続けた。


--------------〇--------------


 山の向こうにあったミドウという名前の村は半日で燃やされた。少女のいとこのお兄さんが暮らしていたカリウという街は一人の生存者も残さずに踏み潰されたと聞いた。だが悲しむ間は無かった。話が届いてからすぐに、この街にも聖女が現れたからだ。


『へえ。案外大きい街じゃないの。フフッ。結構楽しめそうね!』


 なんてふざけたことを言って、聖女は少女の住む街を踏み荒らした。聖女の足元で逃げ惑う人達気まぐれに踏み潰されて、或いは燃やされた。

 街の人を逃がす時間を稼ぐために何人もの心錬使いが立ち向かった。下からその巨大な身体を見上げて、敵の大きさを実感する。この巨人はこの街のどの建物よりも何倍も大きい。そんな相手を前にして、彼らは怯むことなく全力の攻撃を放った。力を合わせれば竜の群れだって一息に仕留める事の出来る攻撃である。聖女は心錬使いたちを嘲笑いながら、避けることなく彼らの決死の一撃を受け止めた。

 濛々と立ち込める煙。誰かが『やったか?』と呟く。その直後、煙を切り裂いて大きな足が飛び出した。足は無情に何人もの心錬使いを踏み潰す。


『アッハハハハ!ばっかじゃないの!?あんた等チビがこのアタシに勝てるなんて本気で思ってるわけ!?』


 煙の奥の聖女は無傷であった。彼女は無防備にしゃがみ込み、指先で心錬使いを一人一人順番に押し潰していく。子どもが蟻を虐めるかのような単調な作業である。すぐに飽きてしまった聖女は、気分を変えようと心錬使いの男をひょいと摘まみあげた。脱出しようとあがく男を大きな瞳で暫し観察する。それにも飽きたらぷちっと潰してやった。


『みんな怯むな!』

『ん?』

『俺たちが子供たちを守るんだ!俺たちには神の、ジャリウの加護がある!必ず最後には勝てる!』


 心錬使いの一人があーだこーだと騒がしい。どうやらこの男がリーダー格のようである。こんなにしっかり力を見せつけてやったのに未だ勝てると思っているのが生意気で腹立たしい。聖女はムッとした顔で彼の処理方法を思案した。


『あ、そうだ』


 にっこり笑いながら聖女はまだ血に濡れている指先で別の心錬使いを摘まみあげる。男は慌てて心錬で抵抗してきたが、巨大な彼女を前にしては無意味である。指と指の間、男は『離せ』『バケモノめ』などと騒いでいた。そんな声には耳を貸さず、代わりにその目の前で大きく口を開けてやった。


『や、やめ』

『あーん』


 ひょい、と。聖女は心錬使いを口の中に放り投げた。もくもくと口を動かし、男を噛み潰して殺す。


『うーん。よく分からないわ。それに全然物足りないなあ』


 リーダーの男が何も出来ずに雑に食べられてしまった。心錬使いたちの手が、止まった。必死に抑えていた恐怖が少しずつ顔を見せていく。そんな彼らに向かって聖女はにやっと笑いながら言う。


『もうちょっと食べてみれば分かるかしら?』


 次の瞬間に残った心錬使いたちは半狂乱になって逃げだした。聖女はけらけらと大笑いした。こうでなくては面白くない。手を前に出し、逃げる心錬使いのすぐ目の前へ。家々を砕きながら叩きつける。その衝撃が地面を揺らした。先頭を走る男が転んで、それに釣られて後に続くものも次から次に転倒する。


『だっさぁ!もう死んじゃえよ小虫!』


 言うと聖女は肘を曲げて、胸で心錬使いたちを纏めて押しつぶした。彼女は街中に轟くほどに大きく笑い、執拗に胸を地面に擦り付ける。その動きがついでのように周囲の家や建物を崩した。


『ハハハハハ!そうそう!アンタたちみたいなチビはそこに張り付いているのがお似合いよ!アハハハハ!』


 これは全部腹いせだ。人間の攻撃にやられたストレスをこの世界にぶつけているだけだ。だがそれがたまらなく気持ちいい。弱く小さな人間を弄んでいると、巨大な自分が特別であることを実感できる。


--------------〇--------------


 少女は必死に走っていた。ぜいぜいと息を切らしながら少しでも前へと向かっていた。足を止めれば追いつかれる。お父さんのようにあの巨人に食べられて殺される。

 ジャリウという神様に出会ったことがあるのだけが自慢だったお父さん。自分たちが頑張っていればジャリウはそれを見てくれると言っていたお父さん。


「ウソツキ……!」


 全部ウソだった。お父さんはみんなを守るために頑張った。それでジャリウという神はなにをしてくれただろうか。なにもしてくれはしなかった。神様なんていやしない。


「あたっ!?」


 突然何かにぶつかって尻もちついた。こんなところに壁があったろうか。訳も分からず走ってきたから変なところに着いたのだろうか。少女は顔を上げた。


「……あ」


 それは靴だった。壁と間違うくらいに大きな靴である。顔を上げればその靴を履いている巨人が少女を見下ろしていた。お父さんを食べたのとは別の巨人である。だけど結局同じことだ。彼女は少女を認識し、じっと見つめている。


「はは……」


 こうなるともう笑うしかない。彼女も心錬を使うことが出来るが、それで抵抗したところで無意味なのは先ほど蹂躙された大人たちを見てよく分かっている。

 巨人は片膝を落として少女を摘まみあげた。私もお父さんのように食べられるのかな、なんてぼんやり考える。巨人の緋い目が彼女をじいっと見つめる。やがて大きな口が開いていく。頑張って走って頑張って逃げて。結局こうなるなんてバカな話だ。少女はきゅっと目を閉じた。


「ごめんね。遅くなって」

「え?」


 覚悟していたものとはずいぶん違う。優しく悲しい声の調子に、少女は恐る恐る目を開く。巨人は悲しそうに彼女を見つめていた。大きな指先を近付ける。そこから放たれる暖かい光が少女を包んだ。


「ダメだなボクは。結局我慢できなくなってきちゃうんだから」


 巨人は自嘲するように言い、少女に微笑む。


「もう、大丈夫だから。よく頑張ったね。今からはボクがキミたちを守るから」


 そしてエックスは、ベール・タニアを睨む。

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