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エックスとジャリウ

「取り敢えず、と」


 言うや否やエックスの身体が太陽みたいに輝く。そうして人間大の大きさへと小さくなる。片腕に一人ずつ、公平とギドウを抱えて、山頂に向かって落ちていく。元々山よりも大きかった身体である。突然起きた数千メートルのダイブだ。


「うわああああっ!?」

「ちょっと公平!?危ないからジタバタしないで!」


 エックスとの生活で高所に慣れている公平も流石に仰天した。大声で叫んで、慌てて。そして。


「あ……」

「あ、気絶しちゃった。……まあいいか」


 取り敢えず今のところは、寝ていてくれた方が助かる。

 ずん、と音を立てて子どものような姿をした『心錬』の神ジャリウの目の前に着地する。彼の背後には見上げる程に大きな神殿が聳え立っていた。こんなものを山頂に作るのは大変だったろうに、と凄いなと思いつつも呆れる。

 ジャリウは無表情でエックスに抱えられて気絶しているギドウと公平を交互に見つめる。そんな彼にエックスは微笑んだ。


「うん。こっちの方が話しやすい。流石にあの大きさじゃあね」

「それよりも確認だ。本当にこの男がギドウを倒したと?」

「疑うなら本人に聞いてみればいい」

「気絶しているが」

「……起きたら聞こう」


 ジャリウは小さく笑って振り返る。


「まあ入れ。話くらいは聞いてやる」


--------------〇--------------


 神殿の最奥の間では十人くらいの女性たちが主人の帰りを待っていた。ジャリウ曰く、彼女らは巫女だという。彼の世話をするために神殿に住んでいるのだとか。


「済まないが席を外してくれ。オレはこの女と話がある」


 巫女たちは無言でその場から立ち去っていく。が、彼女らは皆絶対に冗談ではない殺気と敵意をエックスに向けていた。『心錬』の神様であるジャリウと自分のような異連鎖の者が一対一で話すのはあまり好ましくは無いのだろう。と言っても、戦ってもどうにもならないことを察してか、攻撃してくる者はいなかったが。

 同時に、エックスも巫女たちの力を測っている。


(……へえ)


 魔法使いで言えば全員がランク98級以上の能力を持っている。神様をお世話する係である彼女たちはそれなりの力があるらしい。そしてギドウはそんな彼女ら以上の力を持っていた。ジャリウの評価は伊達ではないらしい。

 そうでなくてもこの世界には『心錬』で戦えそうな者が大勢いる。世界として見ればここは人間世界よりもずっと強い。仮に世界同士での争いにでもなれば、勝ち目はないかもしれないなとエックスは思った。


「まあ座れよ。ギドウともう一人は……まあ床にでも寝かしておけ」

「ああ、うん。ありがとう」


 公平とギドウをそっと降ろして寝かせてやり、自分はジャリウに促されるままに椅子に座る。そうしてきょろきょろと周りを見る。金色の壁。眩い照明。金色のテーブルに椅子。真っ赤な絨毯。


「なんだ。珍しいものでもあるか」

「いや……。ただド派手だなって」

「そうだな。オレはもっと地味でもいいと思うんだけど。先代の趣味だからなあ」

「え?キミこの連鎖の最初の神様じゃないの?」

「オレは5代目。先代のバカが『聖技』といらん約束をしたせいで面倒だけ受け継いでいる」

「アハハ。そりゃ大変だ」


 雑談をしていると扉が開いて、先ほど出て行った巫女の一人が皿を持って入ってくる。


「おい。席を外せと」

「申し訳ございません。ですが……」


 彼女の持ったお皿には一口大に切り分けられた果物が乗っている。この匂いをエックスは知っている。


「ミルティーだ……」

「……分かった。置いておいてくれ」

「はい」


 テーブルの上にあのタマゴヤキの味がする果物の乗ったお皿を置くと、巫女は一礼して出て行った。ジャリウは無言でフォークを手に取ると、一切れのミルティーを刺して口に運ぶ。


「うん。旨い。今年のミルティーは出来がいい」

「へえ。そういうモンなんだ。ボクは今年が初めてだから分からないけど」


 言いながらエックスもミルティーを食べる。やっぱりタマゴヤキの味しかしない。面白い。クスクス笑っているとジャリウが怪訝な表情で彼女を見つめていた。


「ああ、ごめんごめん」

「別に謝ることじゃない。それで。『聖技』と戦っているんだって?『魔法の連鎖』。バカな連中だな。噂くらいは聞いているよ」

「なら話は早いや。ボクたちはもう二人も聖女をやっつけている。それに『聖技』を守る鍵になっている連鎖も、ここの他にもう一つ特定している」

「そんなもの……ルファーが相手じゃあ関係ない。聖女の一人や二人倒したところで変わらない。ルファーには絶対に勝てない」

「え?それってつまり?」

「お前らに協力する理由もその気もない、ってコト。負ける戦に手を貸すバカはいない」


 ジャリウは口を大きく開けてミルティーを頬張った。どうやら本当に好物らしい。


「うーん。そうなっちゃうかー」


 さてどうしようか。エックスはもう一つミルティーをぱくりと食べる。むしゃむしゃと咀嚼しながら思考をフル回転させて別の切り口から攻められないか考える。


「……待ってくれ。ジャリウ」

「ん?」


 声のした方に目を向けるとギドウが目を覚ましていた。公平はまだ寝ている。思わずエックスはくすっと笑ってしまった。呑気だなあ。


「ギドウ」

「オレなんかがアンタに意見するなんておこがましいと思う。でも言わせてほしい。コイツらは確かに強い。『聖技』を倒せるかは分からないが、賭けてみる価値はあると……」

「それは『心錬』のみんなの総意か?」


 柔らかな口調で投げかけられたその問いかけにギドウは答えられなかった。ジャリウは口調を崩さずに更に続ける。


「お前一人の想いで、『心錬』の命運を誰かに託すわけにはいかない」

「だけど。このままじゃ遅かれ早かれ『心錬』は聖女どもに食いつぶされる。お前になら簡単に分かることだろう?今だって……」

「……それは。オレがなんとかするさ」

「なんとかって?」


 心錬使いと心錬の神様、その二人の対話にエックスは割って入る。ジャリウはぎろっと彼女を睨んだ。ギドウと話をしていた時の柔らかい雰囲気はない。だがエックスは怯まない。ここを上手く突けば、『心錬』の協力を得られるかもしれない。


「コレはオレたちの問題だ。入ってくるな」

「いや。純粋に興味があって。キミは今なんとかするって言ったよね。一体どうするつもりなの」

「そんなことお前に話す必要はない」

「ボクは、出来ることなら戦わずに全部を終わらせたい。キミに何か考えがあるならボクはそれと同じようにして『聖技』と対応する」

「『心錬』と『魔法』では条件が違うだろう」

「それでもマネできる部分はあるはずだ。何にしたってキミの考えを聞いてみないと判断できないよ」

「……っ」

「それとも。そんな考えなんて本当はないんじゃないか、ジャリウ」


 今度はジャリウが黙る番だった。ギドウは『やっぱりか』という顔である。


「キミはさっきルファーには絶対に勝てないといった」


 となれば。もし本当に今の状況をなんとかできる手段があるなら、それは『聖技』と対等以上に話が出来る材料があるということだ。そして、今。彼が黙ってしまったということはそんなものは無いということの証明だった。


「だからって。ついさっき現れたみたいなお前たちに賭けるなんて……」


 その気持ちも分かる。ジャリウは『心錬の連鎖』を大切に思っている。自分の判断ミスでこの連鎖を壊されるわけにはいかない。だから慎重になっているのだ。


「別にさ。表立って協力してくれなくていいんだよ。ボクと戦って、負けてしまって、カギを奪われたってテイにしてくれればいい。それなら別にルファーを裏切ったわけじゃないだろ。最悪ボクがルファーに負けたとしても体裁は保てるんじゃないかな」


 勿論、負けるつもりはないけれど。

 ジャリウはギドウの顔を見た。この連鎖で自分の次に強い心錬使い──つまり、この連鎖で最強の人間。その彼が『魔法の連鎖』に全てを託した。その意味を無言で噛み締める。


「一つ条件がある」


 エックスはニッと笑った。


「この連鎖のある世界で、一人の聖女が遊んでいやがる。人を殺して。街を壊して。だからあの女を──」

「それってガンズ・マリア?」

「……いや。ベール・タニア」

「なんだ……」


 エックスは少しがっかりした。ガンズ・マリアは公平の記憶の一部を持っている。『聖技』へつながるカギとなる三つ目の連鎖の情報も、だ。出来るだけ早く倒しておきたい相手だった。とはいえこの連鎖を管理しているのはベール・タニアの方。彼女が出張ってくる可能性の方が高い。


「それで?」

「ベール・タニアを倒してほしい」

「おい、それは」


 ギドウが入ってくる。ジャリウは小さく微笑んで彼を見つめた。


「分かっている。お前も同じような依頼を受けていたな。だけど、よく依頼の内容を確認しろよ。お前がさっきギルドで引き受けたオレからの依頼内容は住民の避難まで。あっちの世界からこっちの世界に出来るだけ多く逃がしてくれればいい。倒せとは言っていない」

「……そうだけど」

「聖女の討伐はそのうち任せるさ。どっちにしたってお前以外には出来ない。だけど今は。コイツらとの話を終わらせるのが先だ」

「ちょっと待って」


 エックスはジャリウの出した条件に一つの疑問を覚えた。


「ベール・タニアを倒すのは良いけど。でもさっき言っていたじゃないかジャリウ。聖女なんて何人倒しても同じだって。それでは力の証明にならないんじゃないか?」

「お前たちには力はある。『心錬』の未来を託していいほどに。それはオレじゃなくてギドウが認めている。だが『心錬』の総意ではない。だから認めさせろ。世界を救って、全ての心錬使いたちの指示を得ろ。そうすればオレはお前たちに協力せざるを得なくなる」

「……なるほど。そういうことなら」


 言いながらエックスは立ち上がって、胸をぽんと叩いた。


「聖女退治。やってやろうじゃあないか!」


 ジャリウは深くため息を吐いた。気が抜けたような、或いはどこか自分の選択に後悔しているような雰囲気である。この際それは気にしないことにして公平の元へと駆け寄った。


「ありゃあ。まだ寝てる」


 仕方がない。エックスは公平を縮めてやってひょいと摘まみあげ、そのまま胸ポケットの中へ放り込んだ。ジャリウは目をぱちくりさせた。その視線に気付いてエックスは首を傾げる。


「なに?」

「お前いつもそんなことしているのか」

「そうだけど。それがなにか」


 ジャリウは困った顔で天を仰いだ。


「なにさ」

「いや。やっていることが聖女とあまり変わらない気がして」

「ぜ、全然違うよ!ボクは愛を持ってやってるし!それにアイツ等ほど乱暴なことはしてな、い……!……少なくとも今は!」

「そうかなあ……」


 ギドウがぽつりと呟いた。エックスはムッとした表情で彼を睨む。神殿の外に出たらすぐさま元の大きさに戻って、公平と同じように摘まみあげてポケットの中に突っ込んでやる、なんて。悪だくみをする。

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