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心錬使いのギドウ

「ギドウ!頼んだ!」


 その声に一瞬だけ視線を向ける。足を踏み出した衝撃だけで吹っ飛ばされてしまい戦意を喪失した心錬使いたちの姿。すぐに視線を目の前の男に戻し、「ああ」とぶっきらぼうに答える。


(コイツは……)


 剣を交えている異連鎖の男からは全くと言っていいほど強さを感じなかった。初撃で倒す算段だった。だがこうして受け止められている。既に予定が狂っている。侮れない相手。勝つのは決して簡単な話ではない。──だがなにより。


「ん?なあに?」


 この男の後ろで呑気に微笑んでいる緋い瞳のデカ女。こっちの方がよっぽど問題だ。

 動き出すまではその力を測り知ることは出来なかったが、その片鱗を見せられた瞬間に、ほんの一歩足を踏み出しただけで心錬使いの精鋭たちを纏めて倒してしまったあの光景を見せられた瞬間に分かってしまった。あの女には絶対に勝てない。次元が違う。

 だが。それは戦いを止める理由にはならない。仮に勝てなくともできる限りのことはやる。だから、あの女のことはまず目の前の男を倒してから考えることにする。


--------------〇--------------


「くっ……!」


 剣が重い。瞳から感じる圧力が強い。エックスが言っていた通りだ。このギドウという男は強い。勝てるかどうか分からない。ましてやここは街の中。下手に強力な攻撃をすれば関係の無い相手にまで被害が及ぶ。


(……やりにくい)


 エックスのような離れ業は自分には出来ない。きっちり戦ってどうにか無力化するしかない。


「……おい。お前。ギドウ……だったっけ?」

「あァ!?」

「て、提案なんだけどさ。場所を変えないか?ここはちょっと、やりにくい」


 一か八かである。このギドウとかいう男は『心錬の連鎖』を守るために攻撃を仕掛けてきた。と、なれば。この街が壊れたりするのも彼にとっては不都合のはず。場所を変えようといえば受け入れてくれてもおかしくはない。後ろでエックスがくっくっと笑いを堪えているのは無視する。

 ギドウは暫く公平を見つめて、やがてフッと笑った。


「ああ。いいなそれ。場所を変えよう」

「あ、いいの?それじゃあ……」

「ただし」

「あっちに……え?」

「外までは俺が連れてってやる!その方が、話が簡単だ!」


 ギドウの剣からばちっと音がした。


(ヤバイ!)


 咄嗟に公平は魔力で身を守る。次の瞬間、下から上へと昇る電撃が、ギドウの剣を通って炸裂し、公平の身体を跳ね上げた。


「ガッ……!」


 ギドウは顔を上げて十数メートル上空の公平を見つめる。足が電気を纏う。脚力が強化され、その力で思い切り跳びあがる。


「行くぞォ!異連鎖人!」

「くっ!」


 空気を蹴ってそのまま前へ。そうしてギドウは思い切り斬りかかる。


「くぅ!?」

「ここからだ!」


 更に空気を蹴って。更に前へ。そうして幾度となく公平を斬りつけて逃がさない。


「らああああああッ!」

「わ、わっ!?」


 受けるので精いっぱいだった。ギドウの斬撃は速く、重い。その力に弾かれたと思えばすぐに距離を詰められて攻撃を受ける。反撃のチャンスは見えなかった。


(ヤバイ……!)


 実戦経験の少ない公平にも分かる。このままただ受けているだけではいずれ負ける。そもそもどうしてこうなったのか分からない。今からでも謝ったら許してもらえないだろうか。そう考えたところで、それはイヤだなと思ってしまう。はっきりした理由はないが、負けたくはなかった。

 ならば、一か八かの賭けであってもまずはこの嵐のような攻撃から脱出しなければいけない。


「メ、ダヒード!」


 剣と剣が交じり合う瞬間、公平の魔法が発動する。ぶつかり合う二人の間で炎が炸裂し、彼らを同時に吹っ飛ばし、地面に落とす。周囲を見れば街の外にある草原だった。


「よしっ!街からはもう出ている。これで思う存分……」


そう言って公平はギドウに向かって手を伸ばす。そして我が目を疑った。さっきの反撃は想定外の事態だったはず。それなのに、彼は既に体勢を立て直し、再び斬りかかる用意をしている。


「らあああっ!」

「う、そだろ!?」


 ギドウの姿が消えた。咄嗟に風の鎧を身に纏い防御を固める。次の瞬間、鎧を貫通して右腕に痛みが走った。かと思えば今度は左腕。斬りつけられたのが分かる。鎧のおかげで傷になっていないだけ。肝心のギドウの姿は相変わらず見えない。既にここは地面の上。空気を蹴るなんて無茶をせずともいい。だから当然、空で戦っていた時よりもずっと速いのだ。


「だ、が、ぐあっ!」


 四方八方から絶え間なく斬りつけられる。自分の甘さを痛感した。メダヒードで距離を取った時、周りの確認なんて後回しにするべきだった。いやそれ以前に、あそこはメダヒードではなくもっと強力な魔法を使うべきだったのではないか。そうすれば先にギドウに致命傷を与えられていた。こちらも同じだけ傷つくが、それだけの覚悟が無ければこの男は倒せない。


「終わりだ、異連鎖人!だああああっ!」


 雷が落ちたかのような音がする。ギドウが地面を蹴って前へと飛び込んできた音だった。既に風の鎧は破られている。このまま行けば直接斬られることになる。


「ま、だあああ!」


 だがここで引いては勝てない。公平は手を空に向かって伸ばした。その瞬間に脇腹を斬りつけられる。生身の身体が斬られる痛みと熱さで意識が飛びそうになる。奥歯をぐっと噛み締めて、それを堪えた。


「あああっ!『バララ・ギ・ギリゾート』!」

「なにっ!?」


 空から幾つもの剣が降り注ぐ。敵が斬撃の嵐であれば、こちらは剣の雨。ギドウは深く息を吐いて上を向き、目にも止まらぬ速さで剣を振る。その斬撃は、彼を斬りつける剣を全て叩き落した。だが、その代わりに。


「うおおおおおっ!」

「しまっ!?」


 ギドウは一瞬だけその場から動くことが出来なかった。


「『ギラマ・ジ・メダヒード』!」


 炎の魔法を放つ。同時に剣の雨が消える。


(オレの攻撃で消耗しているのか。それなら……!ここから先は簡単だ!)


 迫りくる巨大な火球。ギドウは速度を強化し、右に避けた。今の公平は体力を著しく消費している。だからこの攻撃と同時に別の攻撃を発動することは出来ない。これさえ避けてしまえば高速剣斬で今度こそ仕留めることが出来る。そう判断して。


「……えっ」


 だから。


「うあああああっ!『ギラマ・ジ・ギリゾート』ォ!」


 それが罠だったことには。最後の一撃を確実に当てるための作戦だったことには斬りつけられるまで気付けなかった。


--------------〇--------------


「う……っ。あ……!」

「あ、起きた」


 目を開けると、巨大な女が自分をじいっと見つめていた。


「うおおおおおっ!?」


 流石にギドウも混乱して、咄嗟に『心錬』の剣を構える。


「せ、聖女か!?」

「聖女?聖女って『聖技の連鎖』の聖女のコト?違う違う」


 エックスはけらけらと笑いながら、自分の手のひらの上で剣を構えているギドウに言う。


「……あ。お、前さっきギルドにいた……」

「あ。分かった?そうだよ。さっきぶりー。全部見てたよ?残念だったね。キミ、公平より20秒早く気絶しちゃったみたいだ」

「……く」


 最悪の状況である。この際、目の前にいる巨人が聖女かどうかはもうどうでもいい。問題なのは今自分が彼女の手のひらに乗せられて、文字通りに完全に命を握られている状況だということ。

 それに自分の方が先に倒れたという。20秒もあればあの傷でもトドメを刺せる。つまりはあの男との戦いにも負けたということだ。前座のつもりだったが、それにも勝てないようでは話にならない。

 だが。それは戦いを止める理由にはならない。


「いくぞ。『デイルハード』……!」


 雷がギドウの身体を纏う。巨人はきょとんとしていた。


「……そんなに戦いたいの?それなら相手になるけど……」

「アアァァッ!」


 チャンスは一瞬。一度切り。まだ敵がこちらの力を正確に把握できていない今しかない。制御を無視して最高速度で跳びあがる。このまま巨人の背後に回って首筋を斬りつける。急所を突けば、一矢報いることが出来るかもしれない。上手くいけば倒せるかもしれない。そういう粗い作戦だった。


(……クソ)


 だがそれも。通り抜けた瞬間、彼女の緋い目は自分をしっかりと追いかけていたことに気付いて破綻していたことを知る。この速度ですら見切られている。これではどうしようもないな、と思った。


--------------〇--------------


 ぺちんと音がした。エックスは自分の首筋を軽く叩いた。その辺にいたギドウを巻き込む。それから軽く手を握って顔の前に持っていく。彼の身体には傷一つない。


「ふふっ。結構速かったね。でも残念。ボクの勝ちだ」

「生きている……。傷一つない……。お前、女神か?」


 『魔法の連鎖』の女神であるエックスは他所の連鎖の人間を傷つけることは出来ない。そういう仕組みをギドウは知っている。


「キミ。異連鎖のことを結構知っていそうだね?」


 緋い瞳で覗き込む。自分よりも圧倒的に強く大きな存在に見つめられて、ギドウはごくりと唾を飲み込んだ。

 考えていたことがある。『聖技』への鍵を開けるためにはどうしたらいいか。のこのことこの連鎖の神様に会いに行ったところで戦いになる可能性は高い。そうなれば、この世界は少なからずダメージを負う。出来ることならそういうことはしたくなかった。


「『聖技の連鎖』って。知ってる?どう思ってる?正直に答えてほしいな」

「……知っているよ。オレたちの連鎖で好き勝手やってる最悪な連中だ」

「そう。それが本当ならもう戦う理由はない。ボクたちは『聖技』をやっつけたいから、ここに来た。どうしても『聖技の連鎖』に行きたいんだ。その為に、『心錬』の神様と話をしたいんだけど?」


 穏便に済むならそれが一番いい。それなら、現地人に話を取り持ってもらうのが一番いい。こちらが『聖技』と戦えるだけの力を持っているということは、未だにポケットの中で寝込んでいる公平が示したはずだ。

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