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喉に刺さった小骨のような

 木造の、魔女が住むには小さな建屋と、不釣り合いなくらいに広い沢山の花が植えられた庭。ローズはそういう家に住んでいた。

 玄関の扉をとんとんと叩く。少しして向こうから足音が聞こえてきて、『はーい』という声と共にローズが顔を出した。


「あらっ。エックス。どうしたの。突然」

「んー。ちょっとね。入ってもいい?」

「どうぞどうぞ」


 促されるままに奥へと進んで行く。家の中からまだ新しい木の匂いがした。元々ローズはワールドの屋敷に間借りしていて、その後暫く魔女の世界を離れていた。彼女が魔女の世界に戻ったのは最近のこと。だからこの家も新築なのである。

 案内された椅子に座る。テーブルには桜色のテーブルクロスがかかっていた。


「あ、ちょっと待っててね。今お茶淹れてくるから」

「あ、いやいいよ。さっきライフのところでも……」

「いいからいいから」


 ローズはそう言うと楽しそうにキッチンへ向かっていった。これで本日二回目のおもてなしである。そんなつもりで来たのではないのだが、そうやって歓迎されるとやっぱり嬉しい。魔女の世界を追い出された身ではあるが受け入れてくれる子がいるということだ。


「はい、どおぞ。大したものじゃないけど」

「あ、ありがと」


 差し出された紅茶は花のような香りが漂っていた。そっと口を付けて、一口飲む。


「あ、そういえば。さっき言いかけてたけど。エックス、ライフに会ったの?」

「ん?うん。あの子のやってるお店をちょっと覗いて」

「あー。あそこかあ……」

「なにさ。そのもんにょりした反応は」

「いやだって。エックスだって見せられたでしょ。あの子のペットをさ」

「……見たけど」

「どう思う?」

「どうって……」


 頭の中では色々と考えていた。


(ライフのやっていることって実際どうなんだろう。ローズはどう考えてるのかな)


 彼女の所有物であるからペットである人間たちはこの魔女の世界でも生きていける。だからと言って人間をペットにするのはよくないと思う。

 考えて考えて。エックスは紅茶を一口飲んでから口を開く。


「分からなかった」

「だよね。どうしたらいいんだろうね。あれ」


 ローズの発言の後。静寂が二人を包んだ。そのまま暫く見つめ合って。それから二人同時にぷっと噴き出した。


「アハハ。なんだよそれ。ローズなんか思うところあるんじゃないの」

「や、そりゃあるけど。アタシだって人間をペットにするのはイヤよ?」


 彼女は人間と仲良くしたいと思ってはいるけれど、そういう関係性は望んでいなかった。出来ることなら対等の関係でありたい。


「けどだからってやめさせられないじゃない。この世界では魔女に守ってもらえない人間は生きていけないもの。だからって無理に取り上げてウチに匿ったってさ、あの人間みんな自分だけでは生きていけないようになってるから結局ペットみたいに扱わなきゃいけなくなるし」

「まあそりゃあそうだ。結局ボクたち二人とも、当面の間はライフの様子を見ていることしかできないってわけだ」

「ええ。そういうことになるね。……あれ?ところで今日は何の用?あ、ナナの様子でも聞きに来た?」


 ナナ。岸田ナナ。人間世界の女子大学生で、ローズから魔法を教わっている。


「んー、まあ近いかな」


 カップを置いて、お茶請けに出てきたクッキーに手を伸ばす。甘さ控えめの上品な味。ローズはセンスがいい。美味しい。


「もう知ってるかもしれないけど、公平はボクに会ってからの記憶を失くしている」

「それならヴィクトリーから聞いているわ。『聖技の連鎖』って連中のせいでしょ」


 エックスはこくりと頷いた。


「それでも公平はもう一度戦う気になってくれた。それもボクのためにだって!これはすごいことだとだよ!あんな小さいのにさ、ボクのためにって……」

「う、うん。それで?」

「ああ、ごめんごめん。だからね。ボクもそれなりの特訓をしているんだけど、近いうちにちょっと違うことをやってみたいんだ」

「違うことって?」

「他の魔法使いを相手にした腕試しだよ。公平と他の魔法使いを戦わせてみるんだ」

「ふーん。なるほど。腕試しねえ」

「それにさ。うん。これから先はもっと色んな人の力を借りようと思うからさ」


 先日のベール・タニアとの戦い。自分一人ではきっと勝てなかった。異連鎖の敵と戦う時、エックスに課せられる制約が大きすぎる。それでも戦えないことはないけれど、それよりも他の魔法使いや魔女の手を借りた方がずっといい。


「だからナナちゃんの実力も見極めておきたいんだ。ボクはまだ彼女の戦いだけ見たことが無いから」

「そういうことか。うん。いいわ。アタシから言っておくわ」

「あ、ちょっと待った。その前にナナちゃんのランクを教えてよ」


 記憶を失くしているとは言っても、公平はランク99のキャンバスとそれに見合うだけの魔力を保有している。技術は忘れてしまっているが、それを差し引いても雑に魔法を撃つだけで十分以上に戦える能力を持っているのだ。もっと言うなら、記憶が無くなっている今の方が危ないかもしれない。加減が上手くできない危険性がある。下手な相手と戦いになったら最悪向こうを殺しかねない。


「あの子まだランクで言っても90もないんじゃないかな。ぎりぎり89くらい?」

「っていうと……」


 ランクからキャンバスの面積を算出する計算式はS=X/(100-X)。89という事はキャンバスの広さは凡そ9。一方でランク99の場合はS=99。単純計算で10倍以上、公平の方が広いという事になる。


「うーん。ゴメン。それならやっぱダメだ。流石にまだ力不足……」

「ああいや。うん。多分大丈夫じゃないかな。あの子ちょっと面白い魔法を作ったからさ。人間世界の『魔女』観が出ているというか」

「どういう魔法なんだよ。そんなにキャンバスの大きさに差があるのをひっくり返せるの?」

「それは見てのお楽しみ」


 それでは困る。本当に公平と戦うのなら相手の実力はしっかり把握していないとよくない。エックスはローズから、岸田が作ったという魔法の中身を聞き出そうとした。だが。


「見てのお楽しみだってば。本当にマズかったらアタシとエックスで止めに入ればいいでしょ?」


 ローズはそんな返事をするばかりで。遂にその詳細を知ることは出来なかったのである。


--------------〇--------------


 帰ってきたエックスは早速ローズと話し合った件を公平に伝えた。


「と、いうことで。今度岸田ナナちゃんと戦うことになりました」

「か、勝手に決められている……」


 机の上で愕然としている公平をくすくす笑いながら見つめる。椅子に座っていても彼女の方が圧倒的に巨大である。公平は彼女の胸の高さにも届かない。そんな小さな身体で自分の代わりに戦ってくれたのだ。記憶もないのに。そう思うと嬉しくて胸の奥がむずむずする。


「岸田かあ。俺正直アイツ苦手なんだよなあ。なんか嫌われている気がするっていうか」

「そんなこともないと思うけど……。あ、でも確か……『私はコイツを魔法でぎゃふんと言わせたい!』とか言ってたっけ。大変だ。ぎゃふんと言わされてしまうね」

「それで済むなら何度だってぎゃふんと言ってやるけどさ……」


 それで納得してくれるはずがない。


「まあしかたないな。結局戦うしかないんだろ」

「うんうん。そうやってさっさと受け入れるところはキミのいいところだ」


 指先を公平に近付けてつんつんと突っついてみる。


「うわっ。よせよ……」

「いいじゃないか。つんつん」


 嫌がって抵抗してくるのが可愛くて、ついつい追い打ちをかけてしまう。


「やめろってば。俺はエックスのペットじゃないんだぞ」


 その言葉に。ライフから手渡された女の子の姿を思い出して。慌てて手を引っ込める。


「わ、分かってるよ。公平がイヤならやめるし……」

「ん……?」


 喉に刺さった小骨のように、ライフとのやり取りがエックスの心の中で引っかかって、ちくちくと痛みを与えてくる。


「い、言っておくけど。ボクは別にキミをペットだなんて思ってないからね。大事な、人生のパートナーだと思っているんだからね」

「うん……。知っているけど」

「な、ならいいけど」

「……大丈夫?」

「う、うん。大丈夫」

「……ふうん」


 公平はじいっとエックスの目を見つめた。エックスは暫くそのままに公平の視線を受け止めて、やがて諦めたように『ふう』とため息をつき、口を開く。


「本当はあんまり大丈夫じゃない」

「そう。なにがあったの?」

「向こうでさ。ライフって魔女と話したんだよね」


 そうして。彼女とのことを話した。公平はただそれを聞いていた。


「……ライフはさ。ライフなりのやり方で向こうにいる人間を守ってるんだ。それでも人間をそういう風に扱うのはよくないと思うんだよね。……そんなことを言ったばかりなのにさ。ボクは何をやっているんだろうね」


 決してそういうつもりではないけれど。ついつい公平が愛おしくて構い過ぎてしまう。それは、見方によってはライフと同じことをしているのではないか。或いは『人間を保護する』という理由もなしにやっているので、もっと酷いことをしていうるのではないか。そんなことを思ってしまった。

 公平は少し考えてから口を開いた。


「そういうことなら。ごめん」

「……なぜキミが謝る?」

「いや。そういうことを考えているとは思ってなかったから。……うん。さっきも言ったけどさ。俺だってエックスがそういうつもりじゃないのは分かっているよ」


 魔女と人間とではどうしても身体の大きさが違い過ぎる。恋人同士のスキンシップが、どこか乱暴になるのは致し方ないことで、記憶を失くしている公平も、それをある程度は受け入れる用意は出来ていた。それでも嫌なら強く嫌だと主張すればやめてくれることも分かっている。


「だからまあ。ライフって魔女のことはともかくとしてさ。エックス自身がどうかってのはあんまり気にしなくていいんじゃないかなあ。どうせ相手は俺だけだし」

「……公平」

「なに?」

「ありがとぉ!」

「うわあっ!?」


 感極まったエックスは公平を両手で拾い上げ、頬に押し当てて頬ずりした。大きな生き物が小さな生き物を捕らえるのは簡単である。公平は困惑しながらも、彼女の頬を『よしよし』と撫でて、彼女を宥めるのであった。

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