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世界と連鎖、それから北井氏の話

 東の家の虫かごから助け出された人々の心を支配していたのは不安であった。身体が元の大きさに戻りながらも行き着いた先はさっきまでと同じような巨人の部屋。そこにある机の上にいる。

 部屋の主が戻ってきたら結局酷い目に遭うのではなかろうか。人間ではなく玩具や、或いは虫のように扱われる日々。死と隣り合わせな、ついさっきまですぐ目の前にあった現実を思い出して身体が震えた。

 一方でもしかしたらこの部屋の主は酷いことはしないのではないかという期待もあった。理由に一つは元の大きさに戻るのと同時にいつの間にか服を着せられていたからである。それなりに人間扱いしてくれるかもしれないという淡い希望だった。

 突然空間に黒い穴が開いた。そこから声が聞こえてくる。


「はぁー。疲れたぁー」


 ぽやぽやした呑気な声。同時に響く声に似つかわしくない地の揺れ。近づいてくる。一歩一歩と巨人が歩いてくる。


「おっ。みんな起きた?」


 にっかり笑って手を振るエックス。その瞬間に悲鳴が上がって。机の上の人たちは彼女の立っているのとは反対側の端まで走っていった。


「……」

「あちゃあ……」


 エックスの肩の上で公平は呟いた。笑顔のまま硬直する彼女を怯えた瞳たちが見上げている。

 虫以下のサイズに縮められて、相対的に巨大な女に玩具にされて、そのちょっとした気まぐれでいつ死んでもおかしくない地獄のような環境。何日もそんな世界で生きていた彼らに対してはどれだけ優しい顔をしても無意味だった。もしかしたらと希望を抱いた者も彼女の姿を見ただけで逃げ出してしまう。巨大な魔女の姿はやはり恐怖の象徴でしかなかったのだ。


「そ、そりゃあ……そう、ですよねえ」


 笑顔のまま固まった表情で、彼女は人間世界に通じる裂け目を開いた。このままここに置いておいても怖い想いをさせるだけ。それならもういいやと。


「ここを通れば元の世界に帰れますよ。ボクはもう何もしないから。どうぞ?」


 仕方ないことだ。彼らの心に刻み込まれた傷は決して浅くないのだから。別に感謝されたくて助けたわけじゃあないし。無事に帰すことが出来ればそれでいいじゃないか。そんな風に自分を納得させる。

 何人かは怯えた様子でエックスをちらちら見ながら自分たちの世界へ帰っていった。何人か怯えのせいで進めないようである。どっちにせよ怯えていることに変わりはない。自分が見つめているからいけないのだろうかと背を向けた。

 暫く目を閉じて待った。耳元で「おい。おい」と公平が声をかける。


「なに?」

「何人か残ってるぞ」

「ええ……。そんなあ……」


 エックスは肩を落として顔を後ろに向けた。固まって震えあがっている女の子が何人か。このままではいつまでも居座られてしまう。この机だってご飯食べたり公平と遊んだりするのに使うのに。


「……よし」


 意を決して。


「公平?」

「うん?」

「ボクの服にしっかり掴まっているように」

「え?」


 咄嗟に魔力で握力を強化しエックスのワインレッドの服を掴む。それを確認すると彼女は床を蹴って大きく跳びはねて、空中で一回転しながら机を飛び越えた。机の上の逃げられなかった子のすぐそばに。膝立ちで着地する。


「ハロー♪」


 なんて手を振った。女の子たちは驚きながら振り返る。聳え立つ二つのジーンズを纏った塔。それが遥かな高みで繋がって。その向こうにはこちらを見下ろす巨人の笑顔。彼女たちは悲鳴を上げて裂け目の向こうへ逃げていく。それを確認するとエックスは裂け目を閉じた。


「よし」

「お、お前……!」


 ひいひい言いながらひしっと彼女の身体にしがみつく。巨大な人差し指が肩の上に公平を撫でた。


「ごめんごめん。ちょっと荒療治じゃないと帰ってくれないと思って」

「先に俺を下ろせばいいだろっ!」

「それはほら。あれだよ。スキンシップだよ」

「これはスキンシップのレベルじゃない!」


 文句を言う公平を少し強く押し付ける。ぎゅうと声を上げる姿がおかしい。


「ぐりぐり。どうだ。参ったか」

「参った参った!降参!降参!」


 公平がそう言うと指先は名残惜しそうに去っていく。エックスの本音が透けてみえた。


「ったく。……ところで」

「うん?」

「この人どうすんの?」

「……うん」


 公平の言葉にエックスは視線を落とした。机の上にはもう一人残っている。意識を失ったまま倒れている男。最初に部屋に入った時に東に捕まっていた人物である。


「……まあ。起きるのを待っていようよ。その後返してあげればいい」


 言うとエックスは椅子に腰かけた。それに倣うように公平はその場で胡坐をかく。


「その前にさ。そろそろ公平にもちゃんと教えてあげようと思うんだ」

「何を?」

「もう忘れてる……」


 ここでエックスは迷った。連鎖のことを教えようと思ったのだが、もしかしたら別に必要ないのかもしない。例え教えなかったところで問題ないからだ。次に話題にあがったときにも、その瞬間だけ不思議そうな顔をするだろうがすぐに頭の中から消えるのだろう。

 とはいえ教えないのもそれはそれで怖い。一瞬だけ気に掛けるのはきっと確かなのだから。そっちに気を取られて事故が起きるんじゃないか。それでもし公平に何かあったら。それはいやだ。その可能性は排除したい。

 ぽんという音と煙。その後に二つの青い玉。エックスの手のひら大の大きさ。彼女が創り出したそれを、公平はきょとんと見つめる。


「連鎖について。色々と難しい所は抜きにして簡単に説明するよ?」


 エックスは二つを両手にとってウインクした。


------------------------------------〇-------------------------------------


「まず前提として。ここに二つの世界があります。地球だと思ってほしい」


 両手の球を見せて言う。彼女の手に二つの地球が収まっている。公平は取り敢えず頷いた。これは地球。二個あるけど。


「本当は、世界はもっといっぱいある。その世界だって地球なんてちっさなスケールじゃない。宇宙とか……いや、それ以上かな?でもそこまで考えると気が遠くなるだろうから。世界=地球だとおもってもらう。その数もたった二つしかないことにしよう」


 残念ながらもう気が遠くなってきた。


「えーっと。つまりこの世界には二つの世界しかないってこと?じゃあその二つの世界が乗っているのは何?」


 エックスの手を指差しながら言う。世界が二つしかないのならばそれが存在している空間は何かと。彼女はジトっとした目で公平を見つめる。


「これは……そうねえ。名前なんてなんでもいいんだけど……。ここでは仮に上位世界とでもしようか。上位世界は世界の上にあるものだから世界の数を数えるときにカウントしない」

「そういうもの?」

「そういうもの」


 下手にツッコミを入れると長くなる気がした。世界とは何か。上位世界とは何か。エックスがこれについて本気で説明するといつ終わるのか分からない。


「さて……。この二つは何事も起こらなければそれぞれ1万年維持できるとしよう」

「でも地球って何十万年前からあるんじゃ」


 ギロっと。エックスの緋色の瞳が公平を睨む。例え話なんだから余計なことを言うなという目である。おずおずと引き下がる。


「さてと。それぞれA1世界とB1世界という名前にしよう」


 A1世界はとてもいい繁栄の仕方をした。住民は幸せに暮らし。争いも少なく。この世界は問題なく1万年の寿命を全うできる。

 一方でB1世界はそうはならなかった。争いは絶えず、それにより自然環境は破壊され人々の死も多い。そして、この世界は残念ながら5千年で滅びることとなった。

 そこでエックスは左手の球体を握りつぶした。破片が彼女の手の周囲に浮かんでいる。


「地球が……」

「いや……これは地球そのものじゃないから……」


 こほんと咳払いして。説明を再開する。


「さて。世界は二つなければならない。この破片を使って新しい世界を創るわけだけど……。どうせならいい世界を創りたいよね?」

「そうだな。A1みたいに長生きしてほしい」


 エックスの手の中で無惨に握り潰された世界の破片を見上げる。かわいそうなB1世界。こんな結末は出来れば避けたい。


「じゃあ。公平だったら新世界をどう作る?」

「えっ?どう……って」


 急に世界のことなんて言われても困る。そんな心境を見透かしてか、エックスは三つの選択肢を提示した。


①何も考えずに適当に作る。

 全く新しい世界が出来るのでB1よりはいい世界になるかもしれない。

②壊れたB1世界を参考に作る。

 一度壊れた世界とは言え見捨てるのは惜しい。もう一度チャンスをあげましょう。

③元気なA1世界を参考に作る。

 B1はダメな世界だった。これを再生産したところでダメな世界がもう一つできるだけ。それなら出来のいい方をベースにした方がいい。



「さあ。どうする?どれが一番長生きできる世界が作れる可能性があると思う?」

「えっ……と……。③?」


 既に成功している世界なのだ。これに近い形にした方がいいに決まっている。公平の答えにエックスは満足げに頷いた。同時に左手の破片が再び世界の形を作って彼女の手に収まる。


「正解だ。世界は壊れた後に新しい世界を創ろうとする。その時により出来のいい世界を参考にして自分を形作る。よりよいものを作ろうとする自然現象さ。さっきの例で言うと……B1の残骸から出来た新世界B2はA1との関係ありきで存在しているわけだ。この関係を連鎖という」

「うん?てっきり連鎖って世界の集まりかと思ってたけど。関係性なの?」


 エックスは悪戯気に微笑んだ。


「いや、世界の集まりでもある。というのも……。十分な時間が経つと上位世界に存在する世界は全部連鎖で繋がるから。そうなれば連鎖の繋がりそのものを、世界の集まりまたは上位世界そのものと同一視できる」


 公平は目をぱちくりさせた。分かるような。分からないような。余計なところまで説明してしまったかもしれない。却って理解できなくなってしまったようだ。せっかくここまでついてこれたのに。エックスは少し悲しくなった。


「……取り敢えず。連鎖ってのは互いに成り立ちレベルで関係しあっている世界の集まりだと思えばいいから」

「ごめん……」

「いや……ボクの説明も悪かったかも……」


 結局二人して損をしたような気分で終わる。どっちも本懐を成すことが出来なかった。時間をかけても成果を挙げられなかった。残念な結果である。


「けどまあ。最低限のことは多分分かったよ。人間世界と魔女の世界は同じ連鎖にある。もしかしてルーツが近いからどっちにも魔法の力があって言葉も同じなのか?」

「そうっ!そうです!そういうこと!」


 そこだけ分かればもうそれでいい。大事なところだけ理解してもらえればいいのである。


「そっかー。だから東には魔法じゃない力が使えるし言葉も……」

「いや。言葉は同じだった。多分向こうの力で翻訳してるだけで実際に使われてる言語は別物だと思うけど」

「だ、だよなあ。よかったあ。また間違えたのかと」


 アレっと。公平は口元に手を当てる。それでもまだ分からないことがある。


「ところで。それとエックスの攻撃が東に当たらなかったのと何の関係が?」

「ああ。うん。それはさ。彼女の連鎖に神様がいるから」

「……神様」

「そう神様」


 頭に浮かんだのは白くて立派な髭を生やしたおじいさんの姿。「ふぉっふぉっふぉっ」と笑っている。

 そんなものが理由っていうか……。えーっと」


 エックスはまず『神』の簡単な定義から話し始めた。


------------------------------------〇-------------------------------------


 神とは自分の存在する連鎖を丸ごと覗き、支配する力を持つ者のことである。連鎖から生じた存在でありながら、その連鎖を庇護することも破壊することも思いのまま。東のやってきた連鎖の神は自身が管理する住人を守っていた。


「こうなると東って子には手が出せない。他所の連鎖の神が攻撃しようとすると自動的に防御が発動するようになっている。だから攻撃が届かない」

「なんか中途半端だな。どうせなら人間の攻撃も防ぐようにすればいいのに」

「子供の喧嘩に親が出るみたいで恥ずかしいんだよ」

「そんなもんかね。……で?それでそれとエックスの攻撃が通らなかったのと何の関係が?」

「……マジか」


 エックスは信じられないものを見たかのような顔で言う。公平は戸惑った。


「いや、だから。さっきの定義で言うとボクも神様だから」

「ええっ!?」


 連鎖にある全てを上から見下ろすほどの大きさになる力。その気になれば指先一つで連鎖丸ごと粉砕してしまえる力。それらはまさしく神の力である。

 それ故エックスの攻撃は東には通らなかった。神による神に対する自動プロテクト。一度発動すればその防御を無理やり破るだけの力をぶつけなければ攻撃出来ない。そんなものをぶつければ相手が死んでしまう。それはやりたくなかった。


「そっか……。エックスは神様だったのか……」


 どこか照れたような赤い顔。大きい身体に全能の力は持っているけれども全然神様らしくない。


「そういうものか。分かったよ。そっか。じゃあアイツ相手じゃあエックスは戦えないってことだ」


 自分のことを知っても公平の態度は変わらない。心の中でほっと胸を撫でおろす。


「うん。まあそういうことです。だから公平には頑張ってもらわないと……。あっ」


 エックスが目を落とす。そちらへ目を向けると、最後の一人が目を覚ましたところだった。


------------------------------------〇-------------------------------------


 男は自分が服を着ていることに気付き、近づいてくる公平に目を向け、そしてエックスを見上げた。


「……さっきの。そうか。貴女が、僕を」

「んっ?」


 自分を恐れていない。魔女の大きさに慣れているような雰囲気。


「大丈夫ですか。あの……。話しにくいとは思うんですけど。その……あそこで何が?」


 彼は俯いて、小さく息を吐きだした。


「僕は、ずっと。恋人のミリに護ってもらっていた。ミリは僕より大きな身体で。体感では丁度貴女と同じくらい。だから、あの怪物のような女から……必死で僕を……」


 それで合点がいった。彼はこの体格差に慣れていたのも恐怖を抱かなかったのも当然である。すぐ近くに彼を守る小さな巨人がいたからだ。


「だけど……」


 エックスはぽつりと呟く。先ほどの東との会話を思い出す。あれが本当だったならば、そのミリという女性はもう。

 彼の呼吸が荒くなった。小さく身体を震わせて、ぽたぽたと涙が流れ落ちる。


「そう。そうなんだ。ミリはどうにもならないって分かっているのに僕を」


 両手で顔を覆う。あふれ出す感情を抑え込む。


「すみません。その……。これ以上はもういいです。だって」


 大切な人を失くす気持ち。公平にはその全部が分かるわけではないけれど。だけど全く分からないわけでもない。

 しかし、彼は首を横に振った。最初から最後まで話そうとしている。少しでも力になりたい。そして恋人の仇を討ってほしい。これは彼なりの戦いだった。


「どこから話せばいいかな。最初は……そうだな」


 そうして次に発した声は。


「ミリは気まぐれな女の子だった」


 彼女との思い出を噛み締めるように。

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