100話を記念して魔女の100倍の身長を誇る超巨大宇宙人が侵略に来た話。
星の海。流星の如く翔ける円盤が一つ。ビルー星人というヒューマノイドタイプの宇宙人の女の子が乗っていた。彼女の名はレレット。異星の侵略部隊に配属された新米兵士である。
ビルー星を出発してから数時間。彼女は退屈していた。ふわふわの赤毛を弄ることくらいしかやることが無い。部隊配属当初に輝いていた赤色の瞳は曇っていた。
「暇だあ。ねえーアッカーちゃーん。まだ着かないの?」
『到着予定時間まで残り20分』
管理AIのアッカー1は淡々と返事をする。
今回侵略戦争を仕掛ける星は、新米の彼女であっても簡単に制圧できそうなくらいに脆弱な未開の星であった。数週間前にビルー星の彗星型探査衛星によって発見され、研修の代わりにレレットが派遣されたのである。
「ねーもうワープしようよー。これくらい近付いたらいいでしょ。それか高機動ブースターをさ……」
『目標の惑星の脅威レベルは1。ブースター及びワープの使用は認められません』
「うう。けちー」
使用できる資材の量はその星がどれだけ脅威なのかで決まる。今回の星は脅威レベル1。最低の数値である。その程度の星を攻撃するのに余計な予算は使えない。ブースターもワープも燃料のムダ。使用の許可は出ない。
「ううー……ムカつくゥ……!ちびちび星人のくせに……!」
レレットは苛立ちながら標的となる惑星の資料を見た。『太陽系・第三惑星地球』と書かれている。
「私たちの6000分の1の大きさしかないくせにさ……!」
そう言うレレットの身長は10キロメートル。ビルー星人は地球人の約6000倍の巨躯を誇る、宇宙最大の種族。若いレレットは、なかなか目的地に着かない退屈を、微生物のように小さな地球人を虐めてやる想像で潰した。
「まずは何をしようかな。取り敢えず足をマッサージさせて……。あ、それとも胸に昇らせてみようかな……」
呑気に考えているレレットは負けることなど一切考えていない。当然である。相手は身長たったの2m弱の超極小種族なのだから。負けるわけがないのだ。地球にはエックスがいるのだがきっと大丈夫だろう。
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「うわあ。大きいねえ」
エックスは空を見上げながら言った。たまたま人間世界の定食屋で、アジフライ定食を食べていたところ、外が騒がしいことに気付いて飛び出したのである。
視線の先にあるのは、空を覆い尽くし、地平線の向こうにまで届くほどに巨大な円盤。中心部分の赤色のボールが妖しく輝いている。エックスは目測でおおよその大きさを測る。
「えーっと。直径百キロメートルよりちょっと大きいかなってところかなあ」
「なんだよあれ……」
エックスの上着の胸ポケットから公平が顔を出す。
「うーん。UFOかなあ」
「UFOってあんなデカいの……?」
「そんな事ボクが知るわけないじゃないか……。あ。なんかあのボールの光が大きくなっていくよ。ビームでも出すのかなあ」
「え?ビーム?あんなにデカイのから?……オイオイオイオイオイオイッ!?」
円盤の異変に気付いた街中の人たちが慌てて逃げ出した。エックスは次から次へと通り過ぎていく人の流れの中でただ一人悠然と立ち尽くす。
「ヤバイって!絶対コレヤバいって!」
公平は胸ポケットを引っ張るようにして、エックスに逃げるように促した。当然だが60分の1くらいの大きさに縮んだ今の彼の力では、エックスの身体はビクともしない。
「公平。いい機会だ。キミに街の人を逃がすとはどうすればいいのか見せてあげよう」
「はっ!?いやそんな事言ってる場合じゃ……うわっ!?」
その瞬間。公平の視界を真っ赤な光が包んだ。円盤から放たれる超極太の破壊光線である。
「うわああああ!?……あれ?」
「そんな慌てなくてもいいのに」
上空千メートルの地点。エックスの魔法が創り出した光の壁が、円盤から放たれた光線を防ぎきる。
いつのまにやらエックスは元の大きさに戻っていた。身長100mの巨大な魔女の姿に。自信満々に胸を叩く。公平のいる胸ポケットが小さく揺れた。
「このボクがいるんだ。UFOの一つや二つ恐くもなんともないよ」
「そ、そっか。あ、そうだよね。エックスがいれば……」
「そうそう」
顔を上げた先にあるエックスの笑顔に安心する。足元を逃げ惑う街の人々も、彼女の姿を認めた瞬間に何処かホッとした。エックスさえいればきっと大丈夫だと──。
『アレー?なんか妙に大きいヒューマノイドじゃない?』
その直後に街全体を揺らすような轟音が轟く。足元では突然のことに悲鳴が上がった。円盤の真下にある建物のガラスが砕け散る。
「う、嘘だろ……」
そして。それを引き落した音が『声』であることが分かって、公平は戦慄した。円盤の赤色のボールが開いている。
『よおっと』
そこから。降ってきたのは。エックスが小人に見えてしまうほどに巨大な。巨大な女の子だった。
「あ。ちょっとよくないな」
「えっ!?」
そのどこか弱気な言葉に公平はぎょっとする。あれだけ巨大な存在が相手では、エックスでも太刀打ちできないのかと。
次の瞬間、世界の終わりと見紛うほどの大地震が街を襲った。円盤に乗ってやってきた宇宙人が着地したのである。そのつま先ほどもない建物が次々に粉砕され、乗り捨てられた車が吹き飛んだ。平気なのはエックスと咄嗟に胸ポケットの中に身を潜めた公平だけである。
「う……。一体……」
恐る恐る顔を出し、絶句する。街は壊滅していた。建物らしい建物は、宇宙人の半径数キロメートルには存在しない。はっきりと見えるのは落ちてきただけでこれを引き起こした超巨大宇宙人だけ。
全身真っ赤なスーツに身を包んだ、美しい巨人が赤毛をかきあげて、その真っ赤な瞳でエックスを見つめた。彼女にしてみればエックスはただの小人でしかない。そんなに大きな存在が本格的に動き出したら一体どうなるのだろう。
「あ……!スーパー小枝が……!」
視線の先にはスーパー小枝があった『はず』の場所。今そこに在るのは瓦礫の山だけである。超巨大宇宙人の着地が引き起こした大災害から逃れることは出来なかったのだ。思わず、涙が落ちる。こんな理不尽があっていいものか。
「こんな……ひどすぎるだろ……」
公平の言葉に釣られるように、エックスも小枝のあった場所に目を向ける。
「ありゃー。ホントに酷いねこりゃ。あとで直しておかなきゃ」
「なに言ってんだよ!建物だけ直したってしょうがないだろ!」
「え?」
エックスは怪訝な表情で胸ポケットの公平に視線を落とす。
「いやいや。街の人はみんな『箱庭』に避難させたけど……」
「……え?」
「流石のあんなのが落ちてきたらみんなひとたまりもないからね。ボクはともかく」
「え?」
「さ。やっつけに行こうか」
ずんずんと歩いていく。足元を気にする必要はもうない。人はいないし建物ももうない。つまり。心おきなく戦えるという事だ。
「なあ」
「ん?なに?」
「これ。エックスだけで街中纏めて逃がせるんならさ。この前の特訓必要かな?」
「ボクがいないときには公平が頑張るんだよ。必要に決まってる」
「……そっかあ」
--------------〇--------------
レレットは少しだけ驚いていた。地球に身長0.1キロメートルサイズのヒューマノイドがいたことはいい。そういうこともあるだろう。問題なのはその小人がレレットの着地による衝撃波を平然と耐えたことだ。
「へえー……。小人にしては結構強いんだね」
妙に自信満々な表情で近付いてくる気味の悪い小人は、レレットの言葉にムッとしたようだ。
「そっちが大きいんだろ。人のことを小人呼ばわりするのは気に入らないな」
「ふんっ」
生意気な小人だ。ただでさえ長旅でイライラしているのに。これは立場の違いというヤツをしっかり分からせてやらなければならない。
レレットは小人の数倍の歩幅で近付いていく。微生物の地球人が築き、一瞬で塵芥と化した街が大きく揺れる。それでも小人は平然としていた。本当に生意気だ。
「小人は小人らしく!」
思い切り足を振り上げて。
「踏みつぶされちゃいなよ!」
思い切り振り下ろす。
星を揺らすほどの大きな一撃。地球人という名の微生物どもが住み着いた程度の小さな星にとっては、レレットは存在するだけでその存亡を揺るがす存在である。そんな彼女の踏みつけにたった身長0.1キロメートルの小人では耐えられるはずがない。
「ちびちび小人のくせに逆らうから──」
──はずなのだが。
「……あれ?」
思ったような手ごたえではない。ちゃんと地面に足がついていないような。
「だから」
足下から声が聞こえる。
「ウソ」
レレットの身体が僅かに浮かび上がる。
「ウソウソウソウソ」
「人のことを……!」
そのまま持ち上げられて。
「小人呼ばわりすんなー!」
「ウソー!?」
そのまま投げ飛ばされる。小石が転がる無人の街並みに落っこちて、また街が揺れた。大の字に転がって天を仰ぎ、状況を確認する。今、自分は100分の1の大きさしかない小人に投げ飛ばされた。
「ウソだあ」
「こらこの宇宙人!」
いつの間にやら自分を投げ飛ばした小人が胸元に居る。
「ボクの名前はエックスだ!小人じゃない!よく覚えておけ!」
ぷんぷん怒りながら何か言っている。それを見ていると、レレットの苛立ちが一層強くなった。
「怒ってんのはこっちよ!」
思い切り握りしめる。少しずつ力を籠める。
「なんかの間違いに決まってる。小人のくせに私を投げ飛ばせるわけが……」
と、そこで。
「……あれ?」
またおかしなことに気付く。どうしてこの手の中の小人はまだ潰れていないのだろうか。どうしてこんなに平気そうな顔をしているのだろうか。
「だから」
ちょっとずつ手が広げられていく。レレットの背筋が凍った。
「ボクは小人じゃなくて!エックスだって!」
「いったああい!?」
無理やり手を広げられたことでじいんと痛みが広がる。
「なにすんの!」
今度はエックスと名乗る小人を叩き潰そうとするけれど。
「とおっ!」
逆に殴り返されて弾かれる。絶対におかしい。質量の差が大きすぎてこんな事起こるはずが無いのだ。見たところそんなに筋肉があるようにも見えない。というかこれは筋肉がどうとか言う話じゃない。
レレットは恐くなった。慌てて立ち上がって走りだす。
「あ、アッカー?きょ、脅威レベルの再測定を……」
「アッカーってなに?」
「え?」
声のした方に目を落とす。
「うわああああ!?」
エックスがレレットのバトルスーツにしがみ付いていた。てっきり振り落としたと思っていた。慌てて彼女を掴んで、後ろに放り投げる。そうして円盤の真下へと走る。
「アッカー早く!」
『脅威レベル再測定完了。レベル50』
「50!?聞いたことないわよそんなの!?」
『対レベル50用兵器生成完了。支給します』
「早くして!」
ちらちらとエックスの方を見ながら円盤に手を伸ばす。武器を取る前にアイツが来たら終わりだ。
「あ、よし!きた!」
送られてきた銃をエックスに向ける。彼女は既に立ち上がって、レレットを見上げていた。
「なにその鉄砲」
「素粒子崩壊光線銃よ!これでアンタなんかバラバラにしてやる!」
引き金を引く。光線が真っ直ぐにエックスに向かって伸びていく。そして、彼女は平気な顔をしてそれを拳で弾いた。
「……ん?」
素粒子崩壊光線銃?故障したのかしら素粒子崩壊光線銃。確かに当たったはずのあの小人。平気な顔で歩いてくるけど。
「ウソよ!流石にこれはなにかのマチガイ!」
震える手で何度も何度も引き金を引く。エックスが歩みを止めることは無かった。放たれる光線を先ほど同様にはじき返して、平気な顔で進んでくる。
そのうち。レレットは引き金を引くことすら出来なくなった。武器が壊れていないのが分かったからだ。エックスによって返された光線は、レレットが落ちてきたときに崩壊した建物の瓦礫に命中し、そのまま素粒子以下のレベルに分解されたからだ。
「あ、あ、アッカー!脅威レベルの再測定を……!」
『脅威レベル再測定。100。200。300。1000。10000。……び、びび』
「アッカー!もういい!私をのせて!ここから逃がして!」
『びび……了解しました』
円盤から赤い光が伸びて、レレットを内部に回収する。操縦席に座った彼女は急いで帰還の用意をする。これなら流石にワープの使用許可も出る。
「逃げるよアッカー!」
『ワープ航路開始。目標:ビルー星』
初めてのワープが侵略に失敗して逃げ帰るためなんて。情けない気持ちが胸の中に確かにあった。が、それよりもあの恐ろしい小人から逃げられる安堵の方が強かった。
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「あ。いなくなった」
「そうだね」
空を覆うほどの宇宙船はどこかに消えてしまった。中から現れた超巨大宇宙人もエックスが魔法も使わずにあっさりやっつけてしまった。
「よかったよかった。めでたしめでたし……。ん?どうしたの。俺を降ろしたりして」
「まだ終わってない」
「え」
「だって見てよ。この街を」
立ち上がって手を広げて言う。公平は周囲を見回した。街、と言われても。もうこの辺りには何もない。ただの災害の後。瓦礫の山だ。
「こんなにしたのにアイツは『ごめんなさい』も言ってないんだ。流石に許せない」
「いやでも。どっか行っちゃったよ?」
「さっきあの子の身体にボクの魔力を帯びさせた。それを追いかければすぐに見つけられるよ」
エックスはにっこり笑って言った。公平は末恐ろしくなった。彼女を怒らせるのは絶対にやめておいた方がいい。とんでもなく執念深い。地の果てまで追いかけられて落とし前を付けさせられそうだ。
「と、言うわけで。行ってくるね」
そう言い残して。地面を思い切り蹴って、エックスは空の彼方、星の海へと旅立っていった。
「……行ってらっしゃい」
公平に出来ることと言えば、こう言って送り出すことくらいだった。
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「あんなしょうもない星の侵略に失敗するなんて!レレット!いくら研修とは言っても真面目にやらないと」
「だって隊長!あの星おかしな小人が!」
レレットは自身が所属する部隊の隊長に、今回逃げ帰ってきた経緯を話した。が、到底聞き入れられることは無かった。
「しかもワープまで使って……。一体どうやって脅威レベルを改ざんしたの!?」
「本当なんです!本当に脅威レベル最低でも10000のバケモノが」
『酷いなあ。バケモノなんて』
ぞくっと。レレットの背筋が凍った。さっき地球で聞いたのと全く同じ声。それがずっとずっと大きくなって、響くような感じで聞こえてきた。身体が震える。
「なにかしら。今の声」
隊長が怪訝な表情で窓から外を見て、そして固まった。
「な、な、なんでアイツここまで追ってこられるのよ……」
『レレットちゃんって言うんだ。ふうん。可愛い名前だね』
名前までバレてる。レレットは泣きたくなった。
「レレットこれは一体」
「多分それが」
と。言い切るよりも先にレレットの視界がパッと切り替わった。
『やっほ。また会ったね、レレット』
「いやあああああ!?」
地球で散々酷い目に遭わせてくれた小人が。地球の時とは比べ物にならないほどの巨体になって目の前にいる。自分はエックスによってワープさせられて、彼女の手に載せられているのだと理解した。
『ふっふーん。キミの6000倍の大きさだ』
「あ、あわ。あわわわ」
『さあて。どうしてくれようか……。ん?うっとおしいなあ。この星の軍隊?』
エックスが軽く手を振ると炎が爆ぜた。彼女を止めようと必死で攻撃を加えていた空軍の最後の輝きはあっけなく散った。
『さて、と。まあキミ一人と遊んでも仕方ないよね。この星の人で何をしようか。足をマッサージしてもらおうか。それとも胸を登らせてみようかなー?』
どこかで聞いたようなことを言うエックスに、レレットはその場でひれ伏した。
「ごめんなさい!もう許してください!」
『……二度と地球を襲わない?』
「絶対に襲いません!絶対絶対!」
震えながら言うと、巨大な指先が迫ってきてレレットをそっと起こす。怯える彼女にエックスは優しく微笑んだ。
『絶対だぞ?嘘吐いたら許さないからね。もっともっと大きくなって、星ごと握りつぶしちゃうかも』
「絶対にしないですぅ……」
『よろしい。ごめんねー。イジワルして』
レレットはエックスに慎重に摘まみ上げられて足元に降ろされた。周りを見ると、先ほど撃墜させられた戦闘機のパイロットたちが気を失っている。
よかった、と顔を上げると、エックスはすうっと息を吸いこんで、それから星全体に響くような大声で叫んだ。
「いーい!?今回は!見逃してあげるけど!次はないからねー!」
冗談じゃないよと、レレットは思った。