表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

4-蝉

 この狭い階段を上り下りするうちに、不意に此処がどこだかわからなくなる。


 今、私は何階にいるのだろう。


 右も左も、上も下も同じ構造の世界では、方角と自分を見失うときがある。

 軽い眩暈を憶えて、閉まりきった窓を開ける。

 そうすると、呼吸を止めていた世界は動き始めるのだ。

 通り抜ける風の匂いがとても高価なものに思えた。

 窓を閉じる。


 帰路に着くべく階段を下りていくと、少し開いた窓の隙間からヒューヒューという喉の音が、私を追いかけてきた。

 怖くなって急いで階段を駆け下りる。一段抜かしだ。足をくじく。

 バランスを失って手すりにつかまろうとするが、いつの間にか手すりが消えている。

 掴んだものは、パリパリとした樹木の枝だった。ぼろぼろと皮が剥がれ落ちる。

 どうしようもないので、剥がれ落ちる枝につかまっていると急に階段の段差が消えた。

 ツルツルとした階段を滑り落ちてゆく。皮がパリパリ剥がれ落ちる音がする。床は百日紅の木のように滑らかで暖かい。

 階段は螺旋状に下へ下へと伸びていき、目がぐるぐると回ってくる。

 そして、時折楽しげな話し声が聞こえてくる。

 どこか懐かしいざわめき。

 まだ学校に誰か残っているのかな。

 声の主を探して、辺りを見渡してみても、途切れることの無い木の壁が続くばかりで、声の主を確かめることはできなかった。

 どこまで行くのだろう。

 不思議と恐怖を感じない。

 しばらくの間、こうやって滑り落ちていくのもいいかもしれない。


 パリパリ。ツルツル。ザワザワ。

 喧騒が遠ざかる。


 しばらくボーっとしていると、ふいに白い光が目を突き刺した。

 眼球の奥をじりじりと痛めつける眩しさ。

 瞼を閉じて、じっと耐えていると風の音が聞こえた。

 耳を凝らすと、風の音は私を追いかけてきた、喉の音のようだった。

 それは時折途絶えながらも、ヒューヒューと悲しげに泣いている。

 何で私は風を怖がったのだろう。こんなにも泣き叫んでいるではないか

 自分の愚かさに気づき、可愛そうになったので目をそっと開くと、風が髪をさらって螺旋の階段を駆けていった。


 風が過ぎ去り、音が止むとやがて出口が見えてきた。

 強烈な白い光が、真四角に切り取られた出口から差し込んでいる。

 無機質な冷たさを感じて、左手を見ると、掴んでいたはずの樹木は金属の手すりに変わり、階段はいつものこれまた無表情な階段に変わっていた。

 お尻と足がひりひりと痛む。

 わけがわからない。ここはどこなのだろう。学校じゃないのか。


 そっと足首に手をやると、手首のすそから無数の蝉の死骸が転がり落ちてきた。


 とたんに、射し込んでいたた光がすっと引き、変わりに上空へと移動していった。

 上を向くと、強烈な光に目がくらむ。何も見えない。


 見えない白だけの世界。


 足元では無数の蝉の死骸が鳴き声をあげている。

 その鳴き声はヒグラシのようでもあり、誰か知っている人の声のようでもあった。


 私は蝉の死骸に知り合いなどいないはずなのだが。


 冷静にそんなことを考えていると、目の前が暗くなった。

 暗い、いや、これは白? 真っ白で何も見えない。白、白、白。

 

 そしてヒグラシの声は遠く、どこかへ行ってしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ