2-飛行機雲
夏季休業明けの学校は、寂しげな匂いがする。
秋の淡い太陽を背にした校舎はモノトーンに彩られ、夏の光に疲れたのか、今は静かに眠っているようだ。
眠ってはいけないから、私は校舎と自分に言い聞かせる。
そろそろ起きる時間だぞ。また騒がしい日々が続くんだ。
心の中で唱えると、言葉が小さくこだまのように螺旋を描いて心の中を駆け巡った。
軽い眩暈を覚えて、心臓の奥のほうがキュンと縮まる。
夏の光の名残が、まだ私のどこかにしがみついている。
早く切り替えなくては。
小さく頭を振ると、校舎の入り口へと歩き出した。
少しずつ、懐かしい校舎の内面が見えてくる。二ヶ月ぶりの再会だ。
ふと、妙な感触を足に感じてたちどまると、足元が濡れていた。
陰と光の狭間で、小さな水面が鏡のように空を映し出し、枯葉が一枚空に浮かんでいる。
校舎の影に入ると、校舎からの言葉にならない圧迫感を感じた。
陰を跨いでいる足。そこを境に別れた身体は、半身が影に黒く彩られ、半身は光に白く溶けている。
白と黒のモノトーン。呼吸と心臓の鼓動が早まる。
やっぱり前とは違う。空も校舎も何もかもがチグハグだ。
自分の部屋の決まった配置を勝手に動かされた時のような違和感と、やり場の無い、やるせない怒りが沸々と湧いてくる。掌が汗ばむ。
空と校舎を仰ぎ見る。太陽の眩しさに目を細めていると、不意に涙が零れでそうになった。
別に嬉しくも無いのだが不思議だ。
やがて、銀色の雲が光を遮ると、涙も急速に乾いていった。雲の陰に校舎が隠される。
もう一度空を見渡すと、急速に身体の内側が冷えていく感じがした。
やがて雲が過ぎ去った。
後に残った青空には、一本線の飛行機雲が描かれていた。
真っ直ぐに潔い飛行機雲を見るのは好きだ。底のない空に、路を作ってくれる。
消えてしまうまで眺めていたかったのだが、そうもいかないのでまた歩き始めた。
こんなことをしている場合ではない。
今日は荷物を運ばなくてはいけないんだ。
新しく建て直された校舎に、部室の荷物を運び込むのが今日の私の任務だ。
硝子のドアから透けて見える玄関口は酷く寒そうに思えた。
早く終わらせて家に帰ろう。
腕を軽くさすって、静まり返った入り口へと駆け出した。
何気なく背後を振り返ると、光と影の境界線。ちょうど私がさっきまでいた場所に、蝉の死骸が落ちていた。
ギクリとして目を凝らすがなんてことはない、それはただの枯葉だった。