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「父さん居る~?」
「ん」
翌日の昼前に実家に行くと、猟に使っていた弓矢や山刀の整備に肉を包む油紙の補充など、床にまで広げて確認している寡黙過ぎる父親がいた。
「姉さんから話聞いてる?」
「いや」
相変わらずほとんど話さない人だが、母の話だとどんな時でも声を出さないという猟師の訓練の一つだそうだ。だが、訓練じゃなく天然モノの無口だと思う。
父・母・姉・俺の4人家族だと、ギノス種の3人で性別が変わるヤツがいそうだが、父親が猟師頭で駆け出しが入れ替わりで2・3人住んでいるから変わらないどころか、俺も女性化してくる。だからあまり実家に帰りたくない。
「そろそろ旅に出ようと思ってる」
「む……。武器は?」
たまに翻訳が必要になるんじゃないか?と思うんだが、そこは親子。言いたい事は大体わかる。たぶん「身を守る武器は?」なんだろう。
腰ベルトから柄を握ったら掌一つ分が出るほどの小さなハンドアックスを取り出し見せる。
野外活動でナイフ一本あればいい……と言う事を夢見ていたが、この周辺の木は太く、かなり大型の所謂山刀でないと時間がかかる。しかも、クリスは鍛えてはいるが筋肉がつきにくく、枝を抑え片手で自由自在に操る事の出来る範囲が掌2つ分くらいだった。
そんな訳で重さとサイズの丁度良い、麺切包丁を振り回しやすいのようにしたハンドアックスを愛用している。
「これの他に杖だよ。両手で手をくっつけないで構えるから操りしやすい」
「遠距離は?」
「それは魔法。どうも武器を消費するってのが不安なんだよね。消耗はしょうがないけどさ」
遠距離武器は荷物になる。自分の手を離れる武器だし、一撃で仕留められるなら少なくても良いが、そんな腕はない。しかも、相手が襲ってきて複数だった場合などを考えたら、いくらあってもたりると言う事は無い。
その点、飛ばすだけの簡単な魔法なら、触媒を使わず魔力を消費するが、ほぼ気力勝負だし武器の持ち換えも無い。だから、遠距離武器自体を切り捨てた。
「持ってけ」
「ポーラ?」
「魔弦草に沼田魚の分泌液をしみこませた。寿命は短いが切れん」
魔弦草は植物性の弱い魔物の中で、弓の弦に丁度よい繊維が採れる魔物全般。
沼田魚はウナギやドジョウのように表皮を粘膜で覆う魚。その分泌液を集め、一部の植物のしぼり汁と煮込み、外壁に塗ると撥水性が高くなる。植物の分量や種類を変えると布など柔らかい素材にも応用でき、旅のマントにも使われている。ただ、処理が甘いと乾燥した糊のようにポロポロに剥がれ落ちてしまうので、熟練の技が必要だ。
素材の優劣はあるが、旅支度が揃えられる道具屋に行けば大抵置いてあるような物で作れる。
「魔法より武器の方が邪魔になる。囮にしやすい」
「ん? あー、なるほど。逃げてるとき適当な獲物絡ませて、囮にしろって事ね。2・3個なら持ってもいいかな」
石礫を魔法で全てを魔法に任せるよりも、周りの石を操作して使った方が消費は少ない……気がする。探す手間をはぶいたと考えればいいし、ちょっと縛るような紐の代わりにすればいいか。
何よりそれで父親が安心すれば安いものだ。
「4つは持て。骨を折った時の固定で2つ。投げと予備で1つずつだ」
「魔法袋買ってからでいい?」
「駄目だ」
荷物を持ちたくないのだが、却下された。
魔法袋は魔物の中でも有袋類や頬袋を持つ魔物の中でも一部のから作られている。極偶に年単位で休眠する魔物の胃袋からでも大型の魔法袋が作られるが、腐る前までに処理をしなくてはならないし、そういった魔物は強く、国や一流と呼ばれる傭兵団にしか所持している事を公にしていない。後は同じ性質を持つ賢獣が死に際に使ってくれと言った場合らしい。
一時期乱獲されて少なくなったが、ギルドが動き、最終処理の呪い師と協力して、街に無くはないがかなりの値段で大店が買いあさっている。他に持つのは運良く狩れた冒険者だが、魔物を狩った場所や状況をギルドに提出しないと呪い師を紹介しない事になっている。
また学び舎に通っていた頃、魔法袋は基礎となる魔物なしで作れないのか聞いたところ、現在も研究中で魔物の一部を利用するだけでそこまでの技術は無いそうだ。
「魔法は便利だが、個人の資質。仲間が使えない物に頼るな」
「しばらくソロの予定なんだけど……」
「見知らぬ狩場を一人でか? 森をなめるな。山を甘く見るな。人の手が入った場所ならいいが、むやみやたらに自然に足を踏み入れるならしっぺ返しを食らうぞ」
「……はい」
夜の闇は目印になる崖や川がないと居場所を見失わせる。現に今住んでいる拠点近くの森ですら、太陽の光と下から当てる松明の光で風景は違う。その事を思い出させた父親の忠告だった。
「あっ、父さんは旅に出る事に反対はしないの?」
「子供は巣立つもんだ」
「そう……」
俺もおしゃべりじゃない方だけど、この人ほどひどくない。一人だったり作業している時の無言ならまだしも、向かい合ってやることが無い時の無言はツライ。現に父は二度もナイフの柄を外し、血がこびりついていないか確かめている。
「母さんは?」
「出かけた」
「買い物?」
無口な人と話すときって、何で同じ口調になるんだろう?
「お前の顔を見ると泣きそうになる……らしい」
「はぁ?」
「セレスの時でさえ近所に引っ越すのに泣いたんだ。泣き顔で旅立させたくないと言って、セレスに抱き着いてる頃だろう」
こう言っては悪いが自分の母親ながら可愛らしい少女が捻くれずに大人になったような人で、話していると毒気を抜かれる。家事スキルがや生活に必要な事は人並みに出来るが、悪意がわからず騙されそうになる。ただ、騙されやすいと知っているから父にいつも相談し、相手にもそう言うから母だけをだまそうとする奴らは途中で逃げていく。
こう話を聞くと鬱陶しそうだと思うが、母は自分の行為が必ずしも相手の為にならない事を知っているから、聞いているのだという。現に「ご家族の為に~~」とかの詐欺師には引っかかっていない。
多少幼く頼りないかもしれないが、大切な事を間違わないのと、自分が擦れてしまっているせいで、良心を思い出させてくれる大切な存在だ。
「……この後、義兄さんに紹介状貰いに行くんだけど……」
それはそれとして、もう一つの目的を言うと、横に置いた道具箱から紹介状を2組取り出し渡された。
「アレンと俺からだ」
義兄さんの紹介状は、生徒として優秀な成績だったので紹介すると広く浅い紹介状。
父の方は猟師として一通り教えたので面倒を頼むという限定的な紹介だった。所謂、一定の能力を持った資格者……免許?いや、仮免許と言えばいいのだろうか? 最初に注意事項を教えれば、無茶な行動や乱獲はしないだろうと書いてある。
「それとこれだ」
深みのある飴色の年輪が美しい木製の腕輪。この時に渡されるとしたら一つしか意味がない。
「成人の腕輪? でもあと半年……」
父さんは何も言わずに左腕を掴み、付けてくれた。猟師頭で決まり事にはうるさい父親が、俺の腕だけを見つめ確かめるように付けてくれた。
「ありがとう。それじゃ、行ってくる」
何となくだが、言葉にすると安くなるような気がしてこれ以上何も言えなくなってしまった。
「おう」
手渡された後にゴツゴツした手と握手をすると、一人暮らしをしていたがまだまだ生活するのには未熟者なんだと思い知らされる。
背を向けてから涙が出そうになった。