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『待って下さい。これはどういうことですか?』
ゼロを三日月湖から脱出させ、狩りもしている暇がなかったクリスの食糧は、予定の三倍の勢いで消費していて町に行く必要が出た。
クリスは食に拘るタイプで、当然前世の知識を調べつくそうとしたのだが、手に入る食材で狩猟による食材が野菜や穀物の割合が圧倒的に大きく、肉や魚はシンプルに食べたいクリスは、活かす工夫はしても料理の幅を広げてはいなかった。
そもそも、食事の主食が肉というのが多く、パンや粥などはクリスの感覚からしたら箸休めに降格されてしまったのだ。
手には入るが店を回るのが面倒。そこに時間を掛けるのなら、環境によって変わる性別を何とかしたいのがクリスの考えだった。
そんなこんなで買出しが必要なクリスは、町から徒歩で1時間ほど歩く森の側でセロを停め、一人足取り軽く進むところを止められたのだ。
移動手段どころか二頭立て馬車などよりもはるかに広い空間を持つゼロを手に入れ、浮足立っていたクリスには新たな門出を邪魔する障害にしか思えなかった。
「なんだよ? 出来るだけ簡潔にしてよ」
『道の劣化とクリスの行動です』
「ん。もうちょ~と詳しく言って」
『三日月湖からこの地点までは、水害の恐れがあるので、開発が進んでいないのは仕方ないでしょう。ですが、この先の道が整っていません。
そして、発進前にクリスはシートベルトを締めました。このような道でシートベルトが必要なほど速度を出すのは危険すぎます。解答を』
一瞬ゼロに倣って「機密事項です」なんて言おうかと思ったが、いまだ運転席に座っている状態。ないとは思うがドアのロック何かがあるのかもしれない……。
「ある意味機密事項だけど、触り程度なら話せる。それでも裏切られたくない。命令権とまでは行かなくても、それに準じたのを用意したら話す。
そてと、目立つだろうから履帯の跡って隠せるか?」
『……。ぬかるみ以外ならば可能です。特別臨時指揮官ではどうでしょうか?』
「うーん。正直言って、階級とか?とにかくそういったのって、あんま詳しくないんだよね。ざっくりでいいから教えて」
ゼロの話によると、第一弾の無人広域調査車両が作られた命題は文字通り調査になる。兄弟機同士で何かしらトラブルがあった場合、最も情報を持っている人工精霊が指揮を執ることになっていた。それでも「調査する」というのが第一の目的で、それに反する命令は基本受け付けなくてもよかったが、人工精霊及び一般人の命に関係することがあった場合は調査より優先される事になっている。
今回のような場合は、情報があまりに少ない事と、クリスが警戒したようにゼロの情報を広めるとどう情勢が動くのかはっきりしていない特殊な状態の為に、指揮権をクリスが持つ資格があった。
「つまり、ゼロは俺より世間知らず?」
『悪意のある言い回しですが、返答は?』
「良いけど、そんなに生きてない俺でも足を引っ張られたりとかあったからさ、裏切らない保証が欲しい。いや違うな。ゼロは裏切っても利益はないんだから、その指揮権が無くなるときは言ってくれ。できれば目的地の途中とかじゃなくて、区切りがいいところまで行ってから別れてくれ」
『緊急時以外なら……。という条件ですがよろしいですか?』
改めて運転席に座り直し「最初は幻覚とか夢だと思ったんだけど」と前置きして、前世の知識を引き出せる事を話した。
『そういった事例は少数ではありますが、報告されていると記録されています』
「あははは、ゼロは信じないか……。俺も最初は煮込み料理食べながら、マスタード欲しいなーとか、バッタ捕まえたら野蒜見つけて食べてたら親に怒られたとか、最初はアレ?って思う事ばかりだけど、関連事項を引き出しやすくなってきたんだ。
そこで知った知識を色々試してみたら、魔力に関わらなければ大体合ってるって事がわかった」
『運転技術もその時の物ですか?』
「あー、うん。そうかもだったかも」
クリスは無意識だったが、初めは曲がるときもサイドミラーある位置に目線を向け、室内に表示された映像を確認していた。その行動を確認していたゼロは、ここから目視できる範囲の道ですら運転に適していないのに何故?と疑問が出てきたようだった。
「見た目は放牧的な景色だけど、時速30キロでも跳ねそうな道だもんなー」
そんじゃ! っとゼロから出て町へ向かう。
振り返ると、変形しなくて全長7m 幅3.5m 高さ2.5mの深緑の車体。魔法ありの世界でどうのこうの言うより、普通の道で邪魔をせずに走れるかどうかだろうな。
ゼロに乗って旅をすればどんな旅になるのかと妄想を膨らませていたら、あっという間に町に到着し義兄の家の前までついた。
今日ここに来たのは、義兄さんの伝手を紹介してもらう為だ。
「あら、今回はずいぶんと早いじゃないの?」
「義兄さん居る?」
「あーあ、アタシの顔見て第一声がソレ? ホント用事があるしか帰ってこないんだから。クリスが全然帰ってこないって母さん言ってたわよ」
両親との仲は悪くはないが、クリスは苦手としていた。父親は猟師で母親は道具のメンテナンスを担当していて、ギノス種族の特性に合っている典型的な夫婦だった。今でも仲が良く、ご近所からも頼りにされているが、その近所から頼りにされているのが夫婦の正しい関係だと責められているようで、クリスの一方的な苦手意識が生まれただけだった。
「ちょっと旅行に行ってくるから、おすすめの場所を……」
「はー……。昔っから旅に行きたいって言ってたけど、早過ぎじゃない? 18くらいにって言ってたんだから、あと1年半あるのに」
成人はコミュニティーを形成している中で獣人が15歳、竜人は150歳とまちまちだが、大人に武力で勝てる可能性が出てくる年齢+2歳が成人の基準となっており、15歳で体が整い始めるギノス種族は17が成人になっている。
何はともあれこの世は体が資本。生き残れるのが成人の証として最小限の武力を持てる可能性のある年齢までしっかりと教育し、その後の2年間で武力以外の知恵の組み立て方を体験して、社会的に成人と扱う。
また、両親や親しい人が成人の証として、腕輪を貰うのがこの地方の習慣である。
どんなにしっかりしていても、クリスは16と半年しか生きていない。知り合いからはチャッカリ生き残るタイプと言われようが、社会に出たらまだ未成年。
成人しても責任は一人前だが、信用なんて使い走りの小僧の方が遥かに高い。成人+1歳で前後の仕事を見て来ただろうから、自分本位じゃないはず、話くらいは聞いてやるか……という世の中。
そういった見方を緩和するのが紹介状である。
売るほどの価値はないが、かろうじて使える魔法の触媒を義兄に上げていたら、紹介状を書いてくれるとの事。未成年で紹介状がなければ宿に泊まっても衛兵が尋ねに来ることもありそうだが、紹介状を持っていて相手を探していると最初から言えば、半年くらいなら誤魔化せる……はず。
「予想より早く準備ができたから、欲しいモノがどんどん出てきて……」
「アンタなら何となくで自作していそうなのに?」
「ムリムリ。この前貰った車輪だって、木製だと思ったら、ただの木じゃなさそうだし、どこで手に入るのかも想像つかないんよ。買った方が出来がいいだけならともかく、俺が一生懸命に作った物が欠陥品だよ。泣きたくるわ」
「まぁいいわ。父さんと母さんには話しなさいよ」
「居なさそうだったんだけど、まだ猟の途中?」
「2日前に行ったから、今日明日にでも帰ってくると思うよ」
冒険者ギルドだけでなく猟師ギルドもあり、猟師ギルドでは町などを中心に近場を低ランク、森や山を高ランクに設定して狩りの制限を行っている。
猟師ギルドは基本的に肉を目的として計画的な町の食糧供給に貢献し、冒険者ギルドは危険排除や猟師ギルドで賄えない分の薬になる部位などを狩ったり、護衛などを受け持っている。
ギルド自体は同じ建物にあるのだが、『許可がないと狩りが出来ない猟師』『行き当たりばったりの冒険者』と構成員は仲が良くない人が一定人数いて、問題になっている。
二人の父親は猟師頭と呼ばれる立場の人間で、狩りの標的しだいで5~10人の猟師をまとめ、3~5日かけて猟をしている。
母は猟師小屋での整備や薬師として働いている。しかも、群れを活かすというギノス種族の特技の一つで、猟師よりも天候に敏感で工程の責任者らしい。
「了解。明日また来る」
「ん。ダンナに紹介状の事言っとく」
この後ゼロの事もあり、いったん出直すつもりだったが、夕食作りを手伝わされる事になった。
丁度俺の食糧を買う事もあり、姉と一緒に買い物しに行ったが、その時は気が付かなかったが、人が多く居たことにより女性の意識が強くなったみたい。
何が悲しくて男を飾りたてる装飾品を一緒になって楽しんだのか……。そう、男の意識になった時『自分以外の男をカッコよく飾りたてよう』と思う事なんだ。
自分でも訳がわからないよ。