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義兄宅で弱火でやっても美味しい鶏の煮込み料理をみんなで作り、居住区に人が帰ってくる前にクリスは町を離れる事にした。
個人的に鶏肉は弱火でじっくりが合う。残念な事に、昆虫食の料理方法は前世であまり広まっておらず、多めの油でカリカリに炒めるのが間違いないようだ。
「今更だけどアンタも変に拘らずに町で暮らした方が便利でしょうに。好きな人もいないんでしょ?」
「何度も言うけど、無意識に行動が変わるのが嫌なんだって……。
罠にかかった獣見て、ラッキーと思ったり可哀そうだと思ったり、不安定の時はそれが交互に来るの体験したでしょ?」
「子供の頃はあったと思うわね。でもそれが普通よ。それに、私は強くないからあまり覚えていないわ。
アンタならなんとかできるだろうけど、怪我したら帰って来なさい。好き勝手していいのは健康だからよ。お父さんもお母さんも怪我する前に帰ってきて欲しいって思ってるんだから」
煮込んでいる間に義兄に頼んで買ってきてもらった調味料と拠点に少なくなってきた主食の豆を手渡され、餞別代りの小言を姉に貰い町を出た。
「馬車とか竜車は高価てデカし、収納倉庫は高すぎる。やっぱりネコ車は欲しいよなー」
背負子の肩ひもの位置を直し愚痴がでる。いつもより疲れるのは左右の手それぞれで転がす二つの車輪。義兄の家の納屋にあったヤツだ。愚痴ったらもらえた。
独り暮らしをする時には荷物が必要になる。当時早く町を出たかった俺はそれなりの準備をして廃棄された中継基地を目指した。過去の知識と現代魔法を組み合わせれば、ナイフ一本でも5日は生きていける。そう思っていた時期がありました。寝床が固い。中華鍋一つだけだったから2品どころか、お茶を淹れるのも同時進行しにくい。前世の知識でキャンプなんかは、不自由を満喫する知識はあっても、アレは生活が充実している人がやるもんだ。生きてはいけるが、生活は出来ない。という事を思い知らされ、3日で帰るはめになった。
準備段階で過去の知識があったせいで失敗したのなら、過去の知識で補えばいい。そう思い実家で思い出していたら、そのほとんどが道が悪くて使えない。車輪は言わば摩擦を軽減するために使うが、自動車だと動く車輪に物を乗せるのだから似ているようで違う物だ。何よりすごいのは馬車が岩に乗り上げて止まったら、動かすのには岩の斜面に沿って斜め上に力を向けないと効率が悪いが、自動車なら車輪が岩の傾斜に沿って力が働いているので、馬車よりも少ない力で動くことができる。本当に自動車作った人は天才だと思う。
そんなこんなで、自動車か自動二輪が欲しいところだが、魔力から現象への変換は数多くあるが魔力から力への変換の基礎技術が実用レベルに達していないこの世界では手に入れられない。
それなら前世では空想の世界で異空間収納と呼ばれた物の技術は確立されているが、核・魔法の触媒・設備などが高くて手が出せない。
なぜ仮想の世界かと言うと、前世は魔法がない。空気の外見を説明できないように、魔力というのは上手く説明できないが、何となく圧力が違う。この世に個体差が激しいのは、この魔力が関係していると言われているが、魔力を利用することはできるが完全に解明されていないのが現状だ。
「自転車くらい欲しいけど、作れるほどの技術がないな。アレってラジェットを歯車みたいにするんだっけ? でも、そこまで器用じゃないしなー」
現に今目の前を転がしている車輪もバランスとか改めて見ると、補強は出来ても一から作れない。と思う。加工の簡単な木製でも木目を上手く使わないと乾燥したとき割れそうだけど、その答えが合っているのか知らないし、何より接着面が外れそうで怖い。
太陽が傾き夕方と言っていい時間になった頃に渓谷に到着し、車輪の近くの木に立てかけて野営の準備をする。不用心だがこの渓谷はトレジャーハンターにはあまり旨味がない。
トレジャーハンターが活躍する場所は、過去に人類が逃げる前の遺跡や逃げる途中で放棄された場所が多い。
この渓谷は、過去の水害で遺物が流れ着いた物が溜まった場所と結論が出され、今ではここに留まってまで発掘する人はいないのだが、町から近くて魔物から取れる触媒もある為に定期的に冒険者は訪れる。そして定期的と言う事は、大体顔見知りで悪行なんてしたらほのぼ特定される。
実はクリスにとって辛い事だが、ギノス種は特定の男性に人気がある。男女両方になれるせいか、いわゆる男らしいさや女らしさは無いが、その種族特性もあって危うさのある中性さが一定の支持を集めている。しかもクリスはトレジャーハンターで冒険者の仕事にも理解がある為、パートナーとして欲しい人がほとんどで無理を強要する人がいなかった。
「うぅっ、あー。腰痛て~! 整体だっけ?アレ専門でやれば農家とか行列できるんじゃない? でも、店なのか医療なのかどっちだ?」
滑舌が悪くならないように意識して独り言を言っていたのだが、最近その独り言がダメな方向に進んでいる気がする。
腰に手を置いてひねっても腰骨から一つ二つ上の背骨が固まっているようで、他の場所がほぐれたせいで違和感が酷い。丁度いいのはないかな?と思い周囲を見回すと、使えそうなのは持ってきた車輪だけ。少々不安定だが車輪を腰に当てのけぞると、ゴキッンといい音が響いて可動領域が広がる感じ……。
「うっ、おおう。うがあっ!」
ほんのちょっと。詰まっていた物が剥がれ落ちた気になって、ほんのちょっと左右に伸ばしただけでバランスが取れなくなり車輪に轢かれた。
そんなに慌てなかったのは、轢かれる事より伸びた腰の方が重要で、なんとなく予想できたからだ。ただ、予想外だったのは、車輪が転がりすぎて、小さな三日月湖へと沈んだことだった。
「あれって沈むんだ。てっきり普通の木だと思ってたけど、特別なヤツだったんだ」
密度が濃い木は水に沈むモノだとちょっとした雑学を思い出した。近くに生えているか知らんけど、無かったら車輪の形だけでも作れるようにしたい。
服を脱いで肺の中の空気を半分ほど吐き出し、浮かぶのでも沈むのでもなく揺蕩うと、水草をかき分けながらゆっくりと底へ転がっていく車輪が見えた。湖底の元が川だったせいか緩やかな傾斜を転がっていくのを何故かじっと見ていたい気持ちになる。
息を止めるときに力を入れるとすぐに苦しくなる。重い物をずっと持ってる状態だ。そんなんじゃ、筋肉が疲労しておそらく一分も持たないが、力を抜けば酸素が足りなくなるまで持つ。こういった考えを得るのに前世の知識は便利だが、元の種族が違うのだから考えが固まるのは良い事なのか悪い事なのかいまいち良くわからない。
ちょっとばかりどうでもいい事を考えてしまったが、こういう風に意識しないでも前世の知識を引きずり出す事もある。そのせいで変わった子供と言われていたが、性別がコロコロ変わるよりはましだと思うんだけどな?
苦しくなったので水面で呼吸をしてみたら、思ったより冷え込んでいたのでいい加減車輪を確保しに潜りに行くと、履帯が沈んでいるのを見つけた。
(いや、おかしいだろ?! 履帯が動くから前に進むんだろ? 前に進んだ結果、履帯が動くのなら別に履帯の形じゃなくてもいいのに。こんなもんがあるって事は古代文明のヤツか?)
車輪の事を頭の隅に追い払ったクリスは、履帯を発見した場所の調査計画を練っていたら、野営が遅れて暗い寒い空腹状態で手間がかかった。
中世魔法ファンタジーで転生モノじゃなかった場合、履帯はどうやって表現するか?
形状だったら何枚もの板が連なるでいいけど、利点となると説明しにくいです。
接触面積が大きい。って言葉だけだと現代に生きている人だから納得できるんですけど、これって「駆動力ありき」の考えなんですよね。
駆動力が無い場合だと、ぬかるみや大きな砂利道にしか役に立たないですし、ちょっと大回りすればいいだけで、履帯は必要ない。
現代にある物をそのまま持って行っても、何でそういうのが生まれたか?って考えるのも、私は面倒だけど楽しいと思ってしまう厄介な性格です。