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厳密には違うのもありますが、そこは目をつぶってください。ご都合主義というか……そういうものだと思ってください。

 オババの診断は早かった。早かったが、体調を崩していない人も疲れがたまっているようで、滋養強壮の薬も調合すると言って、夜中までゴリゴリと……。パワフルなオババだった。まだ2・3日様子を見ないといけないらしく、今朝は俺とルイでソルトの街へ向かっている。

 ルイの尻尾が左肩に当たり振り向いたら何もない……。「ふっ-」というルイの鼻息が右耳に掛かりくすぐったい。

 何でこんな遊びをしているというと、昨日オババと薬を届けた報酬とは別に山椒の鉢植えを先行してもらった物が足元にあるのだが、ルイが嫌って右肩に乗り途中から遊びだして止めるタイミングを失った。たまにフェイントをかけると抗議の声が右肩から聞こえるのが可愛い。


 報酬とは別に山椒の実に唐辛子を少し貰い、ニッキ(シナモン)の根と樹皮とウコン(ターメリック)の根を手持ちの塩と小麦粉で交換した。シナモンとターメリックはもっと欲しかったが、薬師に優先的に渡す事になっているので少なかったが、自然界で見つける方法を教わった。加工された状態なら知っているんだが、自生状態は知らない物が多い。それでも、ターメリックは花の咲いている季節ではないと判断つかないだろう。


「今日はギルドよってお金受け取ったら、偽装して帰ろうねー。その前に木の実買って帰ろうねー」


 もう木の実という言葉は覚えたらしく、首筋に擦りつけて喜んでいるようだ。


「ホントお前は食いしん坊……だな。俺に似たんだよなー」


 わかってるよ! 貰ったものもそうだけど、安全の為だからって、昨日川魚食えなくて悲しくなったさッ!

 代わりと言っては何だがピリ辛ソースも教わってきた。生の唐辛子と山椒を少量を野菜のソースで炒めて裏漉しし、煮詰めるだけの簡単ソースなのだが、鶏肉を炙ったヤツにピッタリだった。

 今回はトマトベースのチリソースのようだが、あくまで家庭料理。決まったレシピは無く、ベースが何なのかわからない味がある。ただ共通しているのは、生の唐辛子を使う事で辛味だけでなく野菜特有の青臭さが僅かに入り、もう一度かぶりつきたくなる肉料理のソースが出来る事だ。


「流石に生は使った事なかったなー。生産地ならではだろうな。アレに柑橘系が少し入った方が好みだったかも? 後で試してみるか」


 そうなると、ムーラン(裏漉し器)が欲しい。火の通った野菜ならハンドル回せば大体漉せる。安いの売ってないかな?


  ガツンッ


 熱っ!


「きゅ!」


 視界の隅で矢が現れたと思ったら、左手の中を熱い物が通りすぐに痛みが響いた。


「―――!」


 屋根のない車体の中に隠れる時にも突き刺さった矢がぶつかり激痛が走る。


 チクショウ!しくじった。なんで襲われた振りの事ばかり考えてまともに対処しなかったんだよ。チクショウ!矢を固定して抜いてルイを安全確保して自分を守る?相手は何人でどこまで欲しがる?ゼロの援護はいつ?クソッタレ!


「んー。ごめんねー。痛かったよねー。でも、お兄さんもお仕事だから、聞かなくちゃいけない事があるんだ」


 へらへらとした若い声がかけられた。うるせぇ! 今、手当てしてんだよ。


「聞こえてるはずだよねー。無視はちょっと酷いと思うな。お兄さんは話せるように当てたんだけどね。もしかして骨に当たっちゃった?」


 左手を貫通した矢は痺れと共に痛みを伝えてくる。指も動かせるし骨もかすってはいるが無事だ。矢は威力と貫通力を出す為に鏃のない金属製の矢。トビトカゲや体毛に魔力を纏って防御する魔物によく使われる。森に近い場所で人を狙うのをためらわない猟師寄りの冒険者だ。

 鉄矢を引き抜き腰ベルトから水筒を取り出しぶっかける。痺れと力を籠めれば痛いが問題ない。圧迫止血する物は……ない。


「おい! 仕事って言ったよな? 俺を殺してコレを奪うのが目的じゃないよな?」


 話せるように当てたと言ったんだから、命以外が目的だろう。となると情報以外に何がある?

 父さんが持たせたポーラで手首を縛り、少しでも失う血液を止める。こんな状況じゃなかったら魔法を使うんだが、圧倒的不利過ぎて魔法に気をやってる余裕はない。手がしびれて骨も無事かわからない。

 だらだらと落ちる血にルイがおろおろとしているが、背中を叩いて落ち着かせてい入るが駄目のようだ。


「あははは、もちろんそんな事受けてないよ。ただ、僕に依頼してくるってのは、そういう事を期待してくるって事だからね。期待に応えないと」

「なるほど、アンタがヤバいヤツだってのがわかったヨッ!」


 山椒の植木鉢を滑らせるように蹴りだしても追撃は来ない。声と矢の方向で1人、他にもいれば動きがあるかと思ったが、本当に一人なのか対処できる自信があるのかさっぱりわからない。


「んー、残念だけど無駄に矢を消費しないよ。それに次からは普通の矢だからね。刺さったら(あと)が残るよ? せっかく綺麗なんだからもったいないと思うんだ。だから、無駄な抵抗はしないでくれると嬉しいな」

「そんなんで、ハイ、そうですか……。なんて言う訳ないだろが! アンタだってそうだろ?」


 手元にある武器は手斧と山刀にポーラ1組。後は水筒に小さなナイフに植物油と塩に木の実。運転席の下に偽装用の塩や小麦粉のソルトの食料品店で買った物を小分けにした物。後は荷台に置きっぱなしか……。

 くっそ……。荷台の荷物はゼロに渡して、小分けの小麦で偽装予定だったのに……。諦めるしかない。


 ふはは。今命がヤバいっていうのに、こんな事考えてるなんて、今まで命の危機ってのを経験してなかったからかな?


「うーん。僕だったら絶対信用しないね。いつ後ろからぶすりとやられるかわかったモノじゃないからね。ははは」

「アンタはそれを強要してるんだよ」

「僕が? 僕はいきなりはやらないから大丈夫だよ」

「なんなんだよアンタは!」

「その自動荷台?がどうしても欲しい人がいるんだよね。だけど、話し合いしようとしてもすぐ逃げちゃうから足止め役なんだ」

「そうかよ! どうせ、ちょっと手が滑ったとかなんだろ」

「ちょっと違うな。依頼主に確認しようとしてる時に逃げちゃうからそれを止める為に……。ってな感じかな? 君も逃げないなら何もしないから顔出してよ」


 こいつダメなヤツだ。相手が逃げるから……、自分は大丈夫……、ナチュラルに自分本位で悪いのは相手って思考するヤバいヤツだ。


 相手が警戒しないよう手を上げゆっくりと上げ、体を起こし相手を見る。森を背に大弓を構えてすらしていないスラリとした20代の若い男。邪気を感じさせないニコニコ笑顔に歪さを感じる。


「なぁ? このルイ()が怖がってるから放してもいいか?」

「ん? いいよ。僕の仕事は乗り物(ソレ)を譲ってもらう事だからね」

「どうも。ルイ、行っておいで」


 伝わるかわからないが、心の中でゼロの所にと呼びかける。人は言葉と共に僅かな魔力変化を起こし、ルイはその魔力を感知するとのゼロの説が正しければ、これで向かうはずだ。現にルイは、俺をチラチラ見ながら目の前の男から離れるように走っていった。


「それで、アンタの要求は?」

「僕の要求じゃなくて、依頼主の要求なんだけど……。それを置いて5・6年顔を出さなければいいよ。って事」

「渡すのはともかく、何年もってのは無理だと言ったら?」

「襲われたことにして僕が回収したって事になるね」


 出方を見る為しゃがんで車体を盾に、目潰しに小麦と塩をついでに掴んだところで、足音が車体横から……。


「思い切りよすぎだろ!」

「君だって外に出る判断が早いねッ! 若い冒険者や商人だと籠る人が多いのに!」


 小麦の袋に矢が突き刺さり、森に逃げながら空中へと振り撒く。こっちは何とか森へと入ったのだが、野郎のんきに矢を回収してやがる。

 木の幹に隠れて一息入れる。


 さて、どうやって逃げるか?

 相手はプロ。しかも、ルイが気にも留められなかったほど自然に同化し、気配を殺して待機していた所謂(いわゆる)スナイパー。左手を射抜いたのは外したからじゃなさそうだ。そんな奴が自分から接近戦望んで、苦手なわけないだろう。今から隠れても近づいても一射はくらう。命のやり取りには見つかった時点で圧倒的不利。

 手から流れ落ちる血が不愉快だ。

 アイツが追う事に集中すれば、走って逃げながら傷を治すくらいはできる。隠れて相手を警戒し、逃走経路を考えながらタイミングを計っている状況で魔法使えるほど器用じゃない。一度は仕掛けてみて反応を見るか?


「おい! アレを渡してここに来るなってのが俺が生きる条件だよな」

「そうだねー。先に言っとくけど、君から仕事受けたとしても、この仕事が終わったのを確認されてからかな? そうじゃないと次の仕事もらえなくなっちゃう」

「あっそ……。アンタならまともに仕事しても稼げると思うんだがな?」

「同じ手間なら多くもらえる方が良いと思わない? お金に綺麗とか汚いとかないと思うんだよねー。ッと」


 答えを考える一瞬に飛び出したが、矢を打たれてしまった。射られたじゃなく、打たれた。

 弓を構えなかったのも当然で、腰に括り付けた矢筒から右手で後ろの方に引き抜いて、流れるようにアンダースローで投げやがった。


「へー。向かってくるんだ。ちょっと対応変えないとね」

「なんだよそれ。よくそんなんで投げられるな!」

弦に掛ける所(矢筈)に指を掛けて最後に押し出すと、すっごく早いよー。ただ、練習しないとブレちゃって、あっちこっち行っちゃうんだけどね」


 至近距離なら組み付けばいいと思っていたが、相手が後退して8mほどの距離で弓を構えて円を描くように警戒されしまった。最悪だ。こんな事なら様子を見るんじゃなく、山刀でもポーラでも投げつければよかった。


「ところで君、クリス……君?ちゃん?どっちかな?」


 一定の距離があるので左手の調子を気に掛ける事が出来たのだが、こんな時に一番ムカつく事聞かれた。散々言ってきたせいで俺の中ではテンプレートの答えが出来ている。


「ギノス種だよ! 気が付いたら男になったり女になったりする、あのギノス種族だ。後、俺は基本男だ」


 同じギノス種族には通じないが、性別が固定されている相手にはコレで察してくれてくれる。特に男相手だと本当にすまなそうな顔をしてくれる人がほとんどだ。

 ……なんで命のやり取りしてるのにこんな事やってるんだろう?


 山刀を投げつけ地面に刺さっている鉄の矢を蹴り飛ばし、川の近くの木が多くなっている場所に移動する。少しでもゼロと合流しやすい場所で、見慣れない森だから基準になる川がある方がいい。蹴った時に「あっ!」と言ったので、もしかしたら取りに行くのだろう。使いやすい武器は作るのに時間がかかるだろうしな。嫌がらせは戦場の基本だよ。

 まぁ、少し余裕が出てきたのは、完全に命を奪いに来ているわけじゃないってのがわかってきたからだ。それでも、一つ間違えれば命は失う事になりそうだけど……。


 鉄矢が運搬車の近くに落ちたからか、それを拾いに行った。高価で愛着のある物なら目印があるのに拾わない手はない。その隙に山刀の鞘に巻かれていた布を解き、鞘を縦に二つに分けて、片一方をへし折る。もう一度鞘を合わせて、布を巻きつけて鞘に水を入れる。


「流石にちょっとムッと来たよ。曲がってなくて本当によかった。何をやってるのか知らないけど、ちょっと痛い目に合ってもらうよ」

「お断りだバーカ! だいたい、アンタの要求ばかりじゃないか? どうせ次は命助けてやるからアレよこせとか、妥協してくるんだろ? よくあるんだよ三下キャラが!!」


 ほぼ準備が終わり、ほぼ望み通りの物が出来た。水の入っている壊れた鞘を投げやすいように持って、手と穴の間に塩を盛る。後はゼロが来てくれれば勝ちだし、そうでなくても川に飛び込んで潜れば、ある程度安全になる。

 いかんな。テンション上がる。これじゃ俺の方が一流気取ってる三下キャラだよ。


 弓を構えたアイツをから視線を外さないように、塩をゆっくりと加熱していく。鞘に使っている木材が燃えないようにゆっくりとゆっくりと。


 魔法なんて分けようと思えば、いくつにも分け方がある。その中で「現象と効果」で分けて教わる方法がある。簡単に言えば、火を使って温めるか、物体を魔法で直接熱するという使い方だ。

 現象を出すは比較的多く使われているが、直接効果を出す方は魔法を使う薬師など特殊な職業の人しか使わない。クリスにとって幸いと言うべきか、解析するのが好きな事と、前世の知恵が合致してこういった小技が得意な魔法の使い方をするようになっていた。


「ふーん。三下は遠慮したいな。何か覚悟が決まったようだけど、それを受けて払拭したいかな?」

「へっへへ、たぶんビックリするぞ。正直、俺も知ってはいるけど、今まで使う機会無くてテンション上がってんだ。ぶっつけ本番だから失敗したら笑ってくれよ」


 木に隠れながら塩をさらに過熱。鞘に使っていた木材が焦げてきたが無視して加熱。すぐに焦げて凹んだところに木材から火を出しながら茶色の液体が溜まってきた。


 投げる瞬間まで液体の塩が水に入らないよう気を付けながらも、最後の瞬間は塩が混ざるように手首のスナップを利かせる。

 見える訳でもないのに、何となくわかる。液体の塩が鞘に入っていき水に触れて水蒸気を出していき、塩を包み込むように水が蓋をしていった。そして……


 バン!


 予想より早かったが、相手の手前5m上空で大爆発。

 爆発はしたけど水が少なかったせいか、想像より破裂の勢いは少なかったが、音だけは響いた。


「火薬か!」


 見当違い答えを無視。川に駆けながら残った塩も一気に過熱して、袋からばら撒いた。

 およそ800度の熱い液体をまとめて水に入れれば爆発するが、ばら撒いたのなら大きな爆発はない。


「悪いが逃げさせてもらうぞ!」


 よけいな一言いったせいで矢が射られたが、大した威力も無く太腿に軽く刺さっただけだった。バカな事を言ったと思うが、アイツの計画通りにならなかったと宣言したかっただけだ。カッコつかないが、急いで川に飛び込み逃げる。

 音も出したし運搬車も目的なら離れれば離れるほど安全になる。射られた太腿が痛くてしょうがない。


 初めての明確な殺意。生き残れる目が出てからの余計な事。自然の中なら生き残れる自信が出来ていたが、対人戦をやる前の心構えが全くできていなかった。



 痛くて涙が出たのか悔しかったのかわからないが、川の中にいても涙はわかる気がした。


注意:ニッキとシナモンは微妙に違います。(成分が半分だとか原産地が違うとか色々です……)

   

クリスはここまで狩りの経験だけだったのが、今回初めての戦闘。

狩りは失敗しても逃げられるだけで、魔物や動物が反撃しても逃げる事は出来るが、対人戦だと逃げ道を潰される戦闘に思考が支離滅裂になりました。

次の話はクリスの1年後の話になります。




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