16
とりあえず、土下座していた男の子を連れてギルドへ戻った。
俺は滅多に使う事が無いが、ギルドには交渉用の部屋がある。
少し前の俺みたいに安全を確保して、長期の探索する人がいて、そこの魔物や植物を欲しがる依頼人がいるからだ。その部屋でギルド職員立ち合いの元、有料で契約を交わすこともある。今回は契約ありきの使用なので、最初からギルド職員がついてきてもらってる。
「依頼の内容は、薬の輸送でいいんだよね?」
一応、ギルド職員がいるので、話しの元になった話題から出した。
「うん。イヤ、ああそうだ」
「あっ、口調変えなくてもいいよ。そのくらいの年で対等の交渉を使用と思わないでいいと思う」
「どちらにしても、やる事になるから、頑張る」
さっそく口調が崩れているのが可愛らしい。立ち合いに頼んだ先ほどの女性職員も口元が柔らかくなっている。壊れた運搬車の代金を金銭の代わりにギルドの紹介などで安く済ませようとした人と同じに見えない。ちなみに今回の立ち合いと助言や契約なども運搬車の代金から引かれる事になっている。
「それじゃ、確認しないといけない事がある。と言っても、俺は冒険者ギルドの中でトレジャーハンターやってるから輸送とか初めてだから、ヌケはギルド職員さんにアドバイスをもらう事になっているから、一方的に不利な契約じゃない。いいね?」
男の子が小さく頷いて、話しを始めた。
男の子の名前はリオン。ソルトから北東に2つ目の集落だそうだ。
ソルトの領主は長い時間かけて実行する計画が得意のようで、一つ目の村は食料確保の為、二つ目のリオンの村はいわゆる山椒やワサビなど薬味になる香辛料を栽培している。
人が生きていく上で絶対に必要なのが食料。食料が十分にいきわたると、味にこだわるようになっていく。当然一度味わった美味しい食事のランクを落とすのは難しく、香辛料の栽培のノウハウを持つ人物は家族を権力者に狙われる事があり、守られるものでもあった。
そしてリオンの村は、香辛料を栽培する為のノウハウを守り逃がさない為に、馬車だと時間がかかる道しかないそうだ。
「ちなみに馬車だとどうして時間がかかるんだ?」
「馬に括り付けられて連れ去られないように、天井の低い岩の下を何度も通るんだ。馬車なんかで来たら何度も付けたり外したりするしかないんだ」
もう少し詳しく聞くと、天井の低い場所があり、馬は通れなくなっている。馬で食料を運ぶときは、岩の下を通る箇所は、馬がギリギリ通れる細く急な脇を通る事になる。
「食べ物なんかは、何頭も馬を引き連れてくるんだけど、ウチはそんなお金ないし……」
リオンの住む村で必要な薬は簡単に言うと虫下しの薬。虫を追い出す植物の樹液と薬草の他に内臓の働きを助けるのが必要で、人数分揃えたのはいいが運ぶには馬を数頭必要な量だとわかった。リオンを含め、子供達が何人か症状が出ていない中、リオンが来たのは買い出しのお供によく出ていた為だった。
お金も無いし、リオンは馬を引く技術もなく、ましてや数頭引き連れて難所を渡る事ができないのに気が付いた。
「領主主体の村なんだろ? 領主に訴えれば運んでくれるんじゃないのか?」
「それは難しいと思います。まずは本当に薬が必要なのかを派遣しなくてはいけません。その間に虫の毒素で手遅れになる事もあります。診断さえ間違えていなければ、後日改めて領主に報告するという判断も間違いではないと思います」
ギルドでも状況判断は間違っていない。ただ、相手を信じきれないだけらしい。領主なら税金を充てて違う病気だったら金銭と人材の損失になる。リオンの村までの往復で約一日。この一日の間に毒素に耐えられるかの時間制限さえなければ問題になるような事ではなかった。
「一番いい案ってのは、俺とリオンが薬と薬師連れて行って、症状があっていたら万々歳。あってなかったら薬師連れ帰って、薬持ってもう一度行く……。これがベストだよね?」
「そうですね。薬師が必要な分、依頼量が増えますが、領主様から補助金が出る事を考えれば良い案でしょうね」
ギルドの立場上、貴族や村の代表相手ならまだしも、報酬を前払いされていない子供の依頼者を冒険者に紹介したくないらしく、歯切れが悪い。
リオンなんかは村の薬師の話しをそのまま信じていたようだが、子供が持って行ける量を失念しているようでは、まともな判断が出来ていないと思われても仕方がないと言うと、渋々ながら納得してくれた。
本来よくない事だが、ギルドお抱えの薬師の派遣などリオンの足りない依頼料は俺が売る事にした運搬車の代金に充て、緊急事態という事でギルドから領主に連絡を入れてもらう事にしてもらった。
そこまでやらなくてもいいのにと思いつつ、どうせあぶく銭だし、この依頼を受けた方がギルドにいい印象を与えられると無理に納得して、ギルド手配してもらった。
「リオン! 薬の準備と一つ目の村の目印おしえて!!」
「カッカカカ。まさか噂の乗り物に乗るとはなー。ええ風じゃ」
「オババうっさい」
助手席にギルド紹介の薬師の老人、荷台にリオンを乗せ、ひとまず昼の一番暑い時間を川に沿って北に走る。ルイは暗くなってからが本番のようで、足元に布を置いてその中にくるまってお昼寝中。
場合によっては俺一人でこの道を走り、もう一度いく事になるので出来るだけ目印があるルートを選んだ。って事にしてあるけど、途中でゼロとの合流地点近くを通るからだ。ゼロと連絡取れないのも問題なんだが、普通のパーティはどうやって連絡を取っているのだろうか?
「リオン?荷物は大丈夫か?」
「網で抑えてるけど、新品でしょ? いいの?」
「元々岩を持ち上げるのに使う予定だったんだよ。もし破れたらギルドに文句言ってやる」
「小僧、ワシの道具は大事に扱えよ。間違いないとは思うが念のためじゃ」
「うん!」
「ええ子じゃええ子じゃ。バカ者と違ってホントにええ子じゃ」
「こっちは慣れない運転してんだよ。オババはだまってろ」
どうもこのオババには、悪口を言わせられてる気がする。ギルドからの紹介だと、大勢の弟子を育てあげた立派な人らしい。今は店をたたみ、近所の奥様達にアカギレや子供の怪我に効く野草を教えて、のんびり余生を過ごしているとの事だ。
オババという呼び名も本人から言い出した呼び名で、ソルトに長い間住んでいる人に聞けばそれで通じるらしい。
「クリス。もう少し走れば小さな滝があるから、西に行けば南に村! 北に行けばボクの村」
「了解。一旦そこで休憩するぞ」
「え! 急ぐんじゃ……?」
「そりゃそうだけど、こっちはずっと動かしてんだよ。そろそろ集中力も切れる。リオンの村までは道が厳しいんだろ? 今の道なら無理すれば動かしながら食えるかもしれないけど、そっちに入ったら無理だね」
「うむ。このバカ者が言ってるのも一理あるぞ小僧」
珍しくオババが俺の肩を持つ。リオンが不満気に声を上げた。
「言っちゃ悪いが、疲れるんじゃ」
「……おい、オババ。それだけか?」
「お前さんの悪いとこは、回りくどいんじゃよ。人に理解してもらおうとして、余計な事ばかり言い過ぎじゃ。だから、バカ者だと言うとるんじゃ。
小僧。確かにコヤツは腰かけてそんなに疲れてない。じゃが、勉強は疲れるじゃろ? まして、ワシらを乗せて動かしてる。命を乗せているんじゃ。ワシらに出来る事は邪魔をしない。調薬中にあれこれ言われたら、ワシじゃって怒るもんじゃ」
悪戯で邪魔した経験があるのか、静かになった。椅子に座ってハンドル握ってるだけにしか見えないだろうから、こっちでは車の運転が疲れるなんて、想像しにくい事だろうに……。
ゼロとの合流地点を越え、木々が多い茂り岩が多くなって、川辺を走れなくなってしばらくしたら、顔に水滴がぶつかるようになってきた。そろそろ滝か?と思い始めると、リオンが肩をたたき、休憩にちょうど良い場所を教えてくれた。
下に落ちるよな直瀑ではなく、いくつもの子供の頭くらいの岩肌を滑り落ちるような渓流瀑を対岸から見る位置に広い空き地があった。
「ここはじいちゃんのとおちゃんが一つ目の村に住んで、栽培するのにいい水か調べていた場所なんだ。滝壺くらいしか広い場所がなくて、この滝も勢いがあり過ぎるから石を積んだんだって……。鉱山があるから無理だと思われていたんだけどね。じいちゃんが言ってた」
滝の幅を広くして流れを緩やかにし、落ちた先もよどみが出来ないように囲っている。持ち上げられる石の大きさも考えればすさまじい労働力が必要になる。人が少なければ魔物も出るし、何より準備が終わっても育つかどうかわからない。作業し始めた頃は大変だったろう。
「ワサビ栽培じゃな。夏場でも食料が傷みにくくなるんじゃ。他にも少量なら体から毒を出すと言われているんじゃが、似たようなモンはいくらでもある。鼻にツンとするのが苦手なヤツが多いのー」
「ワサビ塩だったっけかな? 焼いた肉にアレかけて食べると、脂っこくなくてなかなか美味だった」
「なんじゃそれは? ちと試してみたい」
すりおろしたワサビに塩を混ぜるペーストの物と、乾燥させて粉末状のワサビと塩を混ぜた物の二種類。他にも魚に使ったりと色々思い出したが、オババの食材が傷みにくいの一言で魚のあれこれも思い出したので考えるのを止めた。
火の通った味付き肉をもう一度温め、薄く焼かれたパンに包むというお手軽昼飯の準備中に、オババにワサビ塩の説明をしていると、ルイが起きだし一度俺を見て森の中へ入っていった。
リオンの村への薬の輸送だが、当然二人の安全も入っているので一応声を掛けてルイの後をつける。
俺は言葉と態度、ゼロが言葉と魔力でルイに話しかけることで、ルイは学習し、ゼロの魔力がルイを呼んだから一度俺を見て移動したようだ。
ルイの後をつけて川を下る事1分。予想以上にルイの魔力感知が高いのに驚いてると、ゼロが偽装を解除した。一応ゼロに古代人がやっていた訓練方法を聞いてはいたが、今だ芽は出ていない。
「あー、ゼロ。ごめん」
『私は説明を求めます』
「ギルドに行くまではよかった。襲われた偽装の時にばら撒く食料も買った。……その後、この近くの村で衣料品が必要になった。依頼を受けた」
事実だけを言って余計な事を入れない。聞かれたら状況を説明するのが、話の流れを理解しやすい……と思う。
『そうですか……。確認したいのですが、何故クリスが受けたのですか?』
「道が悪くて馬車では行けないが運搬車なら行けるからだ」
『運搬車の使用可能でしたら、クリスが受ける必要はありませんか?』
判断は間違っていないはずだ。ちょっとばかり手間がかかるが、ギルドへ良い印象を与えられたし、金も入る。何より香辛料の伝手が手に入る。もしかしたら、2・3ヵ月分の香辛料くらい貰えるかもしれない。
「どういうことだ?」
『単純に人数を集めればいいのです』
「金がないらしい」
『お金を借りる方法などいくらでもあるのではないですか? 信用が無くても貸すことができるから契約なのでしょ?』
「そう……だな。ゼロは俺が依頼を受けたのに反対か?」
『いえ、むしろ賛成です。ですが、契約の事まで考えた上で、借りる選択をさせない事をするのがクリスの行動です』
そこまで言われてやっと気が付いた。緊急事態の時、ギルドは独自の判断で対応する。もし、魔物が原因で村一つ犠牲があったなら、何らかの行動を起こすだろう。当然それには損失なり利益が絡んでくるはずだ。そしてその請求はおそらく領主。
今回のコレが病だとしたら? 今回、リオンの持ってきた情報が間違っていて、未知の病気の可能性は無かったのか? 場合によってリオンの村を隔離する必要があるような病だったなら、緊急事態に入るのでは?
「ヤバいな。あの時のリオンが金が無くても運んだりできる可能性がゼロの言う事以外も考え付いた。あ゛ーー、もうっ。自分がうかつすぎて嫌になる。
なぁ、ゼロ。できるだけ早く小型の通信機作れないか? あの時に思いついたのが一番いいやり方だって思っちゃったんだ。勢いをリセットしてくれる助言が欲しい」
『性能と安全性を無視すれば、装備品の中にあります。ただ調査が目的の為、携帯性より性能性を重視しています。クリスに必要なのは、秘匿性も必要になるほか、私が把握していない動物や魔物への影響を考えると開発に時間がかかります』
大丈夫だろう。対応できるだろう。何とかなるだろう。この「だろう」ってのが、ひどく厄介。直接命に関わる前段階の判断で思い込み。
父さんに連れられて狩りを手伝った時に、天気は持つだろうなど「だろう」は危険だと教わっていたのだが、実際に体感すると身に染みる。だから……
「一先ず安全性を無視して、携帯性を重視。秘匿性はファッションで押し通す。変に見られようが、重要な時に判断間違えたくない」
『了解しました。装備品の分解を始めます。今回の事が終わったら改めて組み直します』
「ん。それでお願い」
その後、早ければ明日に改めて合流するなど話して、別れた。
話は聞いているが、どの程度の悪路か想像しにくい道を速度を落とさずに進められるか、まったくわからなかった。
クリスは脳内でよく話が飛ぶのに、説明になるとくどいです。そのまま私です。