13
「ルイ。おいで」
賢獣の名前はルイに決めた。顔に涙のように白い模様があり、名前におかしくない響きを考えて涙腺のルイにした。
名前を考えるのが苦手だということを知った俺でも、なかなかいい案だと思う。
俺がゼスチャーと言葉で教え、ゼロが魔力の質と言葉で教える事になった。
正直、ゼロの言う魔力の質というのがいまいちわからないのだが、そこは正確さを求める人工精霊回路を持つゼロ。拒絶する時などの僅かな揺らぎを再現するらしい。
ルイは親とはぐれたらしく、体長のわりに食欲旺盛で暇があったらよく食べる。そして、ゼロもびっくりの魔力感知を持つらしい。ゼロがサンブル室でアームを動かすのを感知している様子で判断した結果だ。
ルイの一家近くに魔物が近づいたのを感じて逃げたのか、異質だったルイを拒絶してただ一人トンネルに入り込む事になったのか知らないが、俺にとっては珍しくて可愛いペットが出来ただけの事になる。
「はいはーい。お風呂に入ろうねー」
この子は俺によく懐く。ただ、がれきの除去の時は危険なので「ダメ」という言葉と俺が無意識に変化する拒絶の魔力で邪魔にならない瓦礫の穴を見つけて入り込む為、やたらと汚れる。
毛繕いして汚れを落とそうとしているので、簡易キッチンで洗ってあげる事数回。お風呂の単語と意味を理解したようだ。
どうやら俺の前世でペットを飼っていて、小さい頃から汚れたら洗ってあげるとお風呂を嫌がらないペットに育つ経験をしていたみたいだ。もっとも、個体差があるので絶対ではないというのも記憶から引き出されたのだが、ルイは大丈夫そうだ。
「ゼロ。掘削機と運搬車は使える?」
ルイをタオルで拭きながら、ここ五日の成果を聞いてみる。と言っても、三日はルイに掛かりっきりで、ほとんどやっていない。
掘りながら壁を固める掘削機が2台に、瓦礫に押しつぶされて壊れた運搬車1台も含めて5台発見した。ゼロと技術が同じなのかゼロが遠隔操作が出来るのだそうだ。
運搬車の寸法は全長3m・幅1.5m・高さが運転席で1.5mほどの4輪で、後部は低く屋根は無し。トンネル内部の運搬用という感じだが、かなりの重量を運ぶことが出来るそうだ。元の速度は駆け足より早いが、今はマラソンほどのスピードに落としている。掘削機はワームのような外見だが、掘るときは円柱が膨らみ円の中央から後ろに土砂を輩出するようになっている。
『両方とも使用可能です。掘削機はこのまま使い、運搬車4台は指示通りリミッターを付けて速度を出さない。これでいいのですね?』
「そう。ゼロの兄弟機が率先して動いているのなら、本人が作らなくても、構造を教えて車が走ってるだろ? 発掘したのなら対象外だろうけど、俺達の優位性を失いたくない。壊れたやつも修理して分解したら壊れるようにできる?」
『回路を分解するような場所に配線するのは可能です』
修理が終わったら、ソルト側の山中に掘削機で横穴をあけ、そこから発掘したように偽装したい。
ソルトの街に掘削機と運搬車が出てないのは水害の時に避難して、この山中にあるのは人だけが移動した方が早かったのではないか?とゼロが予想したからだ。もっとも、誰かが運搬車などを隠蔽している可能性があるので、そこら辺のつじつまはきっと誰か偉い人が勝手に理由をつけるだろう。
「一台は俺が動かして、もう一台動くけど走行できない状態で運ぶ。穴の中にもう一台くらい入れとけば、街に行ったときに案内で手は出せないだろうしね……。後はルイがそこに隠れていた事にすれば発見した理由になると思う」
ただ発見場所は気をつけなきゃいけない。岩盤が固くて水没しやすそうな場所。又は、ここのように山に囲まれて移動が大変な場所がいいが、この場所を2~3年はたどり着けないようにする。まぁ、ここはソルトから直線距離で50kmでそう簡単に来れないし、運搬車1台使って入りに岩でも置いておくようにすればいいか? トンネルの高さは4m入り口が埋まっていたから3mの大岩があれば隠れるけど、それは流石に無理だろう。むしろ、土砂崩れを起こさせて近づけなくさせた方がいいか?
それにしても、よくこんな長いトンネルを計画したもんだ。ちょっと技術の差があり過ぎじゃないの?
ルイを肩に乗せ運搬車の操縦を練習している間に、ゼロに偽装横穴を準備してもらって数日。向こう側にちょうど良い場所の準備が出来たと掘削機1台をお供に帰ってきた。
「一台は埋めてある?」
『壊れかけも含めて2台埋めました。実際に掘り起こした形跡があった方が案内したとき疑われる事はないと判断しました』
「ちょっと待て! それを掘り起こすのって?」
『もちろんクリスです』
しれっと酷い事をするのだが、それくらいは仕方がないだろう。
ソルトまでの道は山を迂回して10kmほどで、かなり前に崖崩れが起きたであろう場所だそうだ。都合よく川もあるらしい。横穴から出るのは大変だが、道中は楽に進められるとの事。
「とにかく、2台は渡して1台は持ち帰る予定。最悪襲われたら放棄してゼロと合流後、ソルトに近寄らず行方不明になる。ギルドも近寄らないで1年後くらいにゼロと街に入り、襲われたことを話して今度は詳しい事を話さない。って事でいいね?」
『そうですね。今なら私を発見されても信じられないかも知れませんが、目撃情報が多くなれば何かが『ある』というのが知られます。その状態で私が出ても不審がられますが、襲われた人が所持していたのなら、話さなくて当然と世間は見るでしょう』
「襲われなかったら良いけど、襲われた方が都合が良いってのも嫌な世の中だねー。最初の段階で横穴と壊れたの渡すときにギルドに吹っ掛けて大金せしめないとな。1年はまとにも収入ない状態か……」
ちょっと名を上げるのが急ぎすぎだと思うが、ゼロに乗って自由に生きるのには隠しきれるものではなく仕方がない。今は組織に所属するつもりがない以上、大金と情報を組織に売った結果誰かに襲われる方が負い目を負わせて所属しないのがいい。これが運搬車を発見した当初からゼロと話し合った結果だ。
掘削機をトンネルの中に収め、ゼロが遠隔操作で岩を乗せた運搬車を入り口に置き適当に瓦礫でカモフラージュして現場に向かう。時間があればもう少しまともな偽装したいところだ。
偽の発掘現場で一夜を明かし、地形と合流地点の打ち合わせを確認した後、運搬車に壊れた運搬車の前輪を乗せてソルトに運ぶ。
ゼロが2台を埋めたと言っても、木の根が折れかなりバランスが悪く、俺の不注意で崩れたと言われるんじゃないか?と、そんな現場だった。ギルドには情報をありがたがる前に怒られそうだ。
ソルト近くまでたどり着いたら、ゼロには偽発掘現場近くで待機してもらい俺とルイで川に沿って運搬車を運転する。偽発掘現場近くには何もない為道がない。そういう所を選んだんだろうけど、運転がしにくい。
運搬車の移動で近くの虫が飛び立つのをルイが狙っているが、動いてから構えているので当分狩るのは出来そうもない。あれは場所を決めて構え、タイミングよく動いているのがほとんどで、今のルイには集中力が足りない。そのうち悟ってくれればいいのだが……。
ソルトまで2~3kmになると人もたまに見かけるようなる。近づかない奴らには何もしないが、凝視している人には手を振って自慢する。持ち込んだ噂を広めてもらう為だ。
門近くになると道があり、人も多くなっている。この頃になるとチキンレースをやってるんじゃないか?となるくらい誰が最初に声を掛けるか周囲をうかがっているのがわかる。尤も俺が動いているからチャンスを逃す人が大多数だ。
「待て待て! お前は何をしている」
「何をしてるって、遺跡と言うか遺物見つけたからギルドに報告するとこですよ。現物持って行けば、嫌でも動くでしょ?」
門兵の別動隊らしき人達がわざわざ出てきた。当然だろうな。人も含め動物が引かない物を動かしていれば「何しに来た?」となる。
「これの危険性は?」
「それを調べてもらうのにギルドに行くんですけど……。馬車とかと同じなんじゃないですか? 便利だけど傷つけようとすれば出来るってもんでしょ?」
「確かにな。それより見ない顔だが、どこから来た?」
「ステアとフロートの間からずっと西の小さな村です。まぁ、二つとも行った事ないんですけどね」
「随分と南から来たな。何が目的でソルトに来たんだ?」
「あの~。このやり取りをまた入り口でやるんですか? 目立つのは仕方がないんですけど、流石に二度手間は勘弁してほしいんですけど」
まだ門についていない。計画上目立つ分には丁度いいけど、警戒されることが目的じゃないんだよね。
「とりあえず乗ってみませんか? ここまで安全に来てますし、実際に動かしているのを見た方が早いでしょ?」
ハンドルは一つだが、助手席はある。こういった作業車は一人が運転と進行方向、一人が周囲確認と二人いればその分事故が減るのは共通で、作りは同じなんだろう。
「その赤いのは押さないでくださいね。止まりますから」
「何故そんな事になってるんだ?」
「さぁ? でも、こうして動かしていると死角がありますから、何かあった時止めるんじゃないんですか? 昔の人は慎重なんですねー」
適当な感じで言うが、間違いではない。運搬車の元となるのを知っているゼロがそう言っていた。結局人はどんな状態でもミスする箇所は同じなんだ。
門兵の中でちょっと格上の人を乗せて門に向かった。
これにて連続投稿は終了です。