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『クリスは練習してください』
「いやだよ。何が悲しくて女性パートばかり歌わせようとするんだ」
『ですから、街での情報収集で喜ばれる音楽は、一般的に女性歌手の歌声が好まれます。男性歌手は気分を高揚するのが多く不向きです』
前に時間稼ぎのつもりで言った事をゼロが採用しようとしている。洗濯や料理なんかはゼロのおかげで楽になったが、空いた時間は計画と拠点整備に回される。俺って働き過ぎじゃね?
木を退かす作業は思ったより簡単で、手間のかかる作業だった。
一部の木以外はそんなに太く育たず、ロープを括り付ける事が出来た。だが、ゼロのウインチに繋げて退かすのに無秩序に育った木が邪魔をする。
実家近くの山は、ここまで曲がって木が育ってないところを考えると、木材として使うのに人の手は必要なんだと実感できた。
何はともあれトンネルの出入口を見つけ、ゼロを中に停車して仮拠点に出来た。
ゼロに入れば雨風は気にならないが、外気に触れられるのはやはり違う。
「あのねー。俺の事はギノス種族に乗り移った男だと思ってくれ。演技なら出来なくはないけど、精神的にすっごくイヤだ! そんなの練習したいと思わないから上達しないぞ」
『周囲の地形なら私が把握しますが、旅をする人からどのように情報を集めるつもりですか?』
くっ……。俺だけ嫌な目に合わせられるのは、気に食わん。
「……なぁ? ゼロって材料あれば何とか回路持ってる自動車作れる?」
『人工精霊回路です。人工精霊回路を作り出すことは禁止されております。また、現物を修理するのならともかく制御装置を作り出すのは、それに見合う操縦者や開発者がいないと危険なので推奨されません。現在のクリスの立場ですと、私に命じても拒否します』
やっぱりダメか……。こんな事最初からなぜ聞かなかったかと、やっぱり特別って言う言葉に弱いからだろうな。なんだかんだ言って俺も清廉潔白ではないようだ。
「ちょっと気分転換に奥行ってくる。ゼロはアーム製作優先していて。それがあるだけで作業効率上がるんでしょ?」
自分の嫌な面が見えてきた為、やらなきゃいけない事して頭を切り替えよう。
トンネルの入り口は入り込んだ土や岩が多く、100mほどかけて緩い上り坂になり、後はソルトの街近くに向かって下っていくよう掘り進められているらしい。やっとトンネル入り口に入れたゼロは瓦礫を退かさないとどんな事故にあうかわからないと安全策を押している。
ソルト側は見ていないが、場所と方向から鉱山の入り口として使われているとゼロは予測している。出入り口が丈夫というのは、それだけで価値があるらしい。
ハンドアックス片手にライトの魔法で明かりをつけて先に進む。道具大好き人間だけど、光だけは魔法でつけた方が扱いやすい。これだけは触媒使わないで発動できるまでかなり訓練した。触媒は不安定な魔力を触媒を核にして安定する魔力に変化させるのだが、安定する魔力を自分で制御できれば触媒は必要ない。ただ、これには個人の才能がモノを言うので、所謂得意・不得意属性と言われている。
「魔力の性質を変える制御と魔力を集める制御。ゼロにどんな訓練していたか聞いてみるか?」
瓦礫を避け上り坂の半分まで行くと小さな魔力反応を捉えた。魔力制御の事を考えてなかったら捉えていなかった……とまでは言わないが、もう少し接近していなかったら気が付かなかっただろう。そして、緩やかな魔力が漂ってる自然界の中に不自然な魔力を感じると言う事は、魔物か現在も稼働している遺物などがそばにある事になる。
「ん?」
場所が場所だけに遺物だと思ったが、魔力の動きが不安定。……魔物にしては弱すぎるか?
「フー……」
ゆっくりと息を吐き、ハンドアックスを構えてから、足元のあった石を土ごと正体不明の魔力持ちへ向かって蹴り飛ばす。
バチバチバチっと広い範囲で土が地面に当たったが、相手の魔力に反応はあったがそれほど動かず、物音は小さく鋭いだけの反応だった。
小型の魔物? イタチ系の魔物か?
明かりをもう一つ生み出し、音のなった方へと飛ばすと、少し大きな石の下から光を追うように影が動いていた。
刺激しないようにゆっくりと光を近づけていくと、小さく丸い頭の小動物が光の匂いを件名に嗅いで「キュキュキュ」と鳴きだした。
「やっべ。可愛い」
リスかそれに似たような動物。それの強力な魔力持ち。所謂賢獣の赤ちゃんだ。賢獣にはもう一つ、魔物の中で共存をする個体も賢獣と呼ばれるが、どちらにせよ放置か保護対象だ。
「んなもん。とーぜん保護だよな」
近くに座って、指を出し、細かく動かすと頭が指の動きに付いて行くように動いている。ゆっくりとすこーしづつ座ったまますり足で近づき、指先を上下に動かしたまま腕を上げたり左右に振ったりして警戒心を無くさせ、保護という名の確保に移る。
所々動きを止めたりしてこの小動物が飛び掛かりやすいように動かしていたら、バッと立ち上がり指に飛びついて来た。
このまま掴んで持ち帰りたくなる衝動を抑え、相手の頬を擦るように動かし、慣れさせるために欲望を抑える。
1分いや30秒ほど指先で遊んでいると、拳に抱き着き登って指を押さえ込む動きになった。
勝った!
そのまま指先で遊びながら、ゆっくり立ち上がり、ゼロの所へ帰る。
『皮膜があるリス科の動物ですね。雑食で木の実や昆虫を食べるのがほとんどでしょう』
「って事はムササビかモモンガみたいに滑空するって事か……。他に気を付ける事は?」
『知りません。なにぶん長い間水中にいたので情報がありません』
非常食のナッツを手の平に乗せていると、手首に尻尾を絡ませてバランスを取り両手でむしゃむしゃ食べている。疲れるのに降りろと言えないほど可愛いのは罪だと思う。
「あ゛ー。食べ方は凶悪だけど可愛いー! ゼロ、この子が必要な環境は何がある?」
『飼うのですか? 私は車内をウロウロされたくないのですが』
「普通の動物だって賢いのに魔力持ちの賢獣だぞ。声だけじゃなく、魔力で伝える事出来るから、かなり賢いって話だ。問題ないだろ」
『残念ながら賢獣のデータを持っていないので判断がつきません』
魔物もそうだが、賢獣は五感の他に魔力を使って判断する。つまり、生まれつき判断する材料が1つ多く、その判断を総合的に下す為、脳が賢い下地が出来ている。とされている。
では、魔物と賢獣・魔力を行使する人間の何が違うのか?となると、魔力の質らしい。魔物は一定の広さの土地がないと同族の魔力以外を排除するのが本能らしく、自然界では力関係で使役されている魔物でも小さな檻に入れると全滅するのがわかっていても対立する様子を見せる。これはホフゴブリン10体にゴブリン5体でも、ゴブリン全員が攻撃的な行動をしたので定説となっている。
「って事を父さんが言ってた。で、この子が手に乗って餌を食べてる時点で賢獣ってのが判断つく訳よ。まぁ、賢いかどうかは個体差だから、何とも言えないけど平気なんじゃね? それに、情報集めているんだろ? 身近で観察した方が良いと思うぞ」
何とかこの可愛い子を手元に置く為に、それらしい理由を引っ張り出してきたが、ゼロは無言なのが消極的許可が出たと思う。
さて、どんな名前を付けようか?