9話・買い物
その後、俺達は昼前にダンジョンを出た。
俺はともかく琴音は初陣。
長居する理由も無いので早めに切り上げる。
琴音のレベル上げもちゃんと出来たしな。
今日はこの後、買い物に行く。
目的は二つ。
一つは琴音の生活必需品を買うこと。
正直言って失念していた。
本来なら真っ先に気付かなければならない。
早めに切り上げたのはそういう理由もある。
もう一つはリサイクルショップに行く事。
ただのリサイクルショップでは無い。
ダンジョンに関する物を売買する店だ。
つい先日オープンしたばかりらしい。
オープンしたと言うよりも、元々普通のリサイクルショップだったが、店主がダンジョンに潜ってダンジョン産の武器やらアイテムやらを取り扱い始めた。
という話をネットで聞いたのである。
距離もそう遠くないし、一度見ておきたい。
そういう事情で今日は買い物に行く。
琴音には既に話し終え、了承も貰っている。
まあ半分は彼女の物を購入するのだから、当の本人がその場に居なくてはお話しにならない。
「琴音、準備出来たか?」
「はい。ただいま参ります」
身体は風呂に入って綺麗にしてある。
問題だったのは衣服だ。
乾燥機を待ってたらいつになるか分からない。
なので、俺の母の物を着る事にしてもらった。
母が他界してから、部屋はそのままの筈。
サイズに関しては……母も小柄だったので、奇跡的に合ってくれている事を祈るしかない。
今から買いに行くんだ、最悪は我慢してもらう。
ネットで注文するって手もあるな。
というか、普通にその方がよかったのでは?
「お待たせしました」
「いや、別にかまわ––––」
言葉が止まる。
理由は琴音の姿を見たからだ。
「……どうして、着物をきている?」
「如何でしょうか?」
「いや、似合ってはいるが……」
琴音は母の着物をきていた。
母の趣味の一つに、着物があった気がする。
まさかそれを持ち出してくるなんて。
普通の服では駄目だったのだろうか?
いや、個人の趣味に口出しするつもりは無いが。
「ふふ、ありがとうございます」
「その……どうして、着物なんだ?」
「いえ、こちらの方が着慣れているもので、つい」
着物を着慣れている?
ますます琴音の実家が分からなくなる。
いや、考えるのはよそう。
そんな事、どうでもいいことじゃないか。
「まあいい、行こう」
「はい、お供させて頂きます」
家を出る。
心なしか、琴音は楽しそうだ。
着物を気に入ってるのだろうか?
秋の紅葉をイメージしている着物だ。
綺麗なのは間違いないが。
そんな琴音と二人で歩く。
歩くと言ってもタクシー乗り場までだが。
目指すのは大型ショッピングモール。
大抵の物はそこで揃う。
例のリサイクルショップもその周辺にある。
平日の昼間なのもあって、人通りが少ない。
当たり前だが何のアクシデントも起きず、無事にタクシー乗り場へ着いてタクシーに乗り込む。
数十分後には目的地へ辿り着いた。
「ここが……ショッピングモール……」
何故か琴音が目を輝かせている。
まるで初めて来たかのような反応だ。
面倒なので、触れないでおく。
流石に買い物くらいは経験した事があるだろう。
「じゃ、ここから先は別れて行動しよう。ほい」
俺は琴音にある物を渡す。
「これは?」
「俺のカードだよ、あと暗証番号。好きに使っていいから生活に必要な物を揃えてくれ、男が一緒に居ると買いづらい物もあるんだろ?」
「そんな……受け取れません……」
「俺にも事情があってな、金は気にしなくていい」
金にはとある理由で困ってない。
なので気兼ねなく必要な物を揃えてほしい。
「無理に我慢しても意味無いからな……ああそうだ、連絡用のスマートフォンも渡しておく」
「……何から何まで、申し訳ございません」
「琴音、お前はこれからのダンジョン攻略に必要だ。その為の対価だと思ってくれていい」
俺は真剣に言う。
実際、琴音の才能は計り知れない。
物怖じしない心に魔法の才。
何度も言ってるが、ダンジョン攻略は命懸けだ。
彼女はとても優秀である。
そんな彼女を引き止めておくのなら、衣食住を揃えるくらい、どうって事無い。
「……買いかぶりすぎです」
「そうかな、まあ今は買い被らせてくれ。じゃあな、また後で連絡するから」
そう言って琴音と別れる。
さて、俺は俺の目的を果たすかな。
◆
「いらっしゃい」
扉に付いた鈴が鳴ると同時に、店主のどこかぶっきらぼうな出迎えの挨拶が聴こえてくる。
ここが件のリサイクルショップだ。
外観はボロいが、内装はキチンとしている。
様々な品物が無造作に置かれていた。
統一性の無い商品ラインナップである。
とは言え今回の目的はダンジョン関連の物だ。
店にそのまま置いてあるとは考えずらい。
なので直接店主に聞いてみる。
「すまない、ダンジョン関連の品物はあるか?」
「……何だ、兄ちゃんも冒険者か」
「冒険者?」
店主は聞き慣れない単語を言う。
ゲームや漫画なら親しみのある単語だが、そうではない現実の社会ではまず使われない言葉だ。
それを、店主はさも当然と言った風に使っている。
「知らないのか? ダンジョンを攻略してる連中は、冒険者って呼ばれてるぜ」
「初耳だ……」
「何だ、兄ちゃん冒険者じゃねえのか?」
どうやら俺の知らないところで普及してるらしい。
他のダンジョン攻略者と一切関わってないからな。
ここからで世間の情報をもう一度入れ直そう。
「ダンジョンに潜ってはいるぞ」
「ま、言い出してんのは一部の奴らだしな。知らない奴が居てもおかしくねーか」
無知だからと門前払いを受ける事も無さそうだ。
改めてダンジョン関連の品物について聞く。
「それならそこら辺にあるだろ?」
「え?」
「中途半端に隠すから、目をつけられるのさ」
店主は大胆な男だった。
ダンジョン産の品物が、普通の品物に紛れている。
けど、一見すれば分からないからな。
武器も模型と言い張ればいい。
「で、今日は何をお求めだ?」
「噂を聞いたから、見に来た」
「おいおい、冷やかしなら帰ってくれ」
「いや、ちゃんと売り買いするつもりだ」
俺は一包みの袋をカウンターに置く。
ドサリと重みのある袋だ。
今日持って来た物である。
中にはこれまで集めた一部の魔石が入っている。
「魔石だ、見てくれ」
「ちゃんと持ってるじゃねーか、どれどれ」
店主は袋を開け、魔石を取り出す。
その際に彼の瞳が若干光った。
何らのかのスキルを発動させたのだろう。
店主が魔石を見てる間、俺は品物を見る。
色々置いてあるな。
ダンジョン産の武器や防具が多い。
だが、どれもかなり高い。
最低額が十万円だ。
良さそうな片手剣があればと思ったが……
「ん? 店主、これは何だ?」
「そりゃあスキルストーンだ、知らねえのか?」
「名前からして、スキルを取得するアイテムか?」
「ご名答。今一番人気の商品さ」
スキルストーンを手に取る。
すると、視界の端にアイコンが浮かぶ。
ステータスの文字と同じだ。
タッチすると、ウインドウが現れる。
弓術のスキルストーン
ランク:C
弓術の力が込められた魔石。
使用すると弓術を習得する。
こんな画面初めてだ。
何か仕掛けでもあるのか?
「店主、ウインドウが現れたぞ」
「そりゃそうだろ、ランクC以上のアイテムは特定のスキルが無くても勝手に表示される。兄ちゃん本当に冒険者か? 常識だぞ」
なんてこった、俺は冒険者界隈でも非常識らしい。
となると、俺が今まで手に入れたアイテムは全てランクC以下という事なのか?
特に損をしてる訳じゃないが、妙に悲しい。
「兄ちゃん、魔石の鑑定が終わったぞ」
買取査定が終わったようだ、気を取り直そう。