7話・コンビ結成
翌朝。
俺はダンジョンに潜る準備を進めていた。
防具はモンスター相手には意味を成さないので、動きやすくて汚れても構わない衣服を選ぶ。
ドロップした盾は防具として使えるが、俺は素早く立ち回って敵を撹乱させながら戦う為、装備品としては見送らせてもらった。
武器はドロップアイテムの片手剣と拾った小石。
小石はポーチに詰めてベルトに吊るす。
片手剣は常に抜き身で持ち歩く事にした。
ダンジョン内はいつ敵が現れてもおかしくない。
抜刀の達人なら鞘に入れたままでも良いのだろうが、生憎そこまでの技術をスキルは授けてくれなかった。
もしかしたら、そういうスキルがあるのかも。
あとは懐中電灯や飲み水を鞄に詰めて背負う。
戦闘中邪魔になるので、リュックサックではなく直ぐに投げ捨てられるショルダーバッグに変えた。
ドロップアイテムを仕舞うスペースが減ってしまうが、今回の目的は琴音のレベル上げ。
そこまで深い所には潜らないつもりだ。
浅い箇所のモンスターならもう倒し尽くした。
欲しいドロップアイテムは特にないからな。
一応痛み止めなんかも持っていく。
ただこれは本当に気休めだ。
モンスターは基本的にこちらを殺しにくるので、薬を付ける暇なんて与えてくれないし、傷を負う前に素早く撤退するのが俺の攻略方針でもある。
ダンジョン攻略の資本は己の肉体だ。
骨折なんてしたら致命的である。
引き際を見極める観察眼も大事だ。
と、前置きはここまでにして……
そろそろ琴音に事情を説明するか。
ダンジョン攻略の、な。
「ダンジョン、ですか」
「ああ、お前も聞いたことくらいはあるだろ?」
「はい。噂を耳にしたことはあります」
琴音と共に庭へ出る。
彼女の服装は昨日と同じで制服だ。
夜洗濯機に入れて、直ぐに乾かした。
彼女の衣服も揃えないとな。
今日の攻略が終わったら買い物に行こう。
琴音に一から説明する。
ダンジョンの事、そして俺の家の地下室に、そのダンジョンが現れ攻略をしてる最中だと。
「琴音には、ダンジョンを手伝ってもらう」
「それが総司さまのお望みなら、ついて行きます」
「良い心がけだ、説得の手間が省けたよ」
琴音は顔色ひとつ変えずに答えた。
拒絶される事も考えていた。
その時は強引に説明するつもりだったが。
でもまあ、本人もやる気のようだし。
さっさと潜ってしまうか。
「ダンジョンについては道中話す。危険性もな」
「はい、総司さま」
「よし。行こう」
地下室の扉を開ける。
何度も見た、緩やかな斜面。
地味に登り下りが面倒だ。
いつか階段や手すりでも作ろうかな。
琴音は木製の杖を上手く使いながら降りていた。
以前ドロップした物である。
護身用に渡しておいた。
流石ダンジョン産で、木刀よりも頑丈そうだ。
それに、素手でモンスターを殺すのも苦労する。
刃物よりも杖で殴る方が、最初は簡単だろう。
「いいか? ここから先はいつどんな時、モンスターが現れてもおかしくない」
「はい。確かに雰囲気が違いますね」
外の世界とダンジョンの空気は違う。
冷たく尖った刃のように張り詰めている。
命のやり取りが日常的に行われている証拠だ。
琴音の歩幅に合わせて進む。
モンスターはまだ出て来ない。
「まず琴音には、モンスターを一匹倒してもらう。そうするとステータスってモノが見られるようになる」
「すてーたす、とは?」
「見た方が早いから、今は気にしなくていい。それを手に入れないとスタートラインにすら立てない」
「成る程、とにかく重要なもの、と」
「ああ、そうだ」
通路を琴音と二人で歩く。
いつとは一人分の足音が、倍に。
近くに居るので呼吸音も分かる。
彼女の様子は至って冷静だ。
正直、驚いた。
高校生とは思えない程に落ち着いている。
将来はさぞ、大物になっていた事だろう。
その道を実の父によって絶たれたのは皮肉だが。
それから歩き始めて数分。
遂にモンスターが現れた。
「……モンスターが来たぞ」
「……はい」
現れたのはウッドデビル。
細長い枝を纏めて一本の木にした、そんな奴。
全身の何処からでも手足となる枝を伸ばせる。
しかし枝そのものは脆いので倒すのは楽だ。
初戦の相手としては丁度良い。
「あれが、モンスター……」
琴音の声が僅かに震える。
ジッと、モンスターの挙動を見つめていた。
「よし、やってみろ」
「はい。しかし、どのようにすれば……」
「まずは俺が手本を見せる」
俺は片手剣を前に構えた。
そのまま走り、上段に構えて振り下ろす。
ウッドデビルの右手を斬り落とした。
ヒットアンドアウェイの要領で元に位置に戻る。
「あのモンスターは弱い、倒すのに特別な技術は必要無いからな。その杖を振り下ろすだけでいい」
「……やって、みます」
琴音は木製の杖を強く握り締める。
そして真っ直ぐ、ウッドデビルの元へ向かう。
動きは意外にも俊敏だ。
ただ、ウッドデビルの方も反撃の姿勢を取る。
斬られた右腕を枝で再生しよう試みているが……再生スピードが遅すぎるので、恐らく間に合わない。
「これも……総司さまの、ためっ!」
謎の掛け声と共に杖を振り下ろす。
杖の先端は、ウッドデビルの顔を叩き潰した。
容赦無く急所を狙ったな……
「ギゲゲゲゲッ!?」
「もう、一発……!」
「ギギャッ!?」
更に杖を振り下ろす琴音。
一心不乱に攻撃している。
反撃の隙も与えない。
攻撃は最大の防御を体現していた。
やがて、ウッドデビルがただの木屑と化す。
つまり琴音の勝利だ。
「はあっ……はあっ……やり、ました」
「お疲れ、初戦にしては良い勢いだ。凄いぞ」
「ふう……お褒め頂き……ありがとう、ございます……」
呼吸を整える琴音。
相当体力を使ったようだ。
全力で杖を振り回していたからな。
とにかく、これでステータスを見れる。
早速確認しよう。
「琴音、初戦の後に悪いが、いいか?」
「はい……何なりと、ご命令を」
「いや、命令って訳じゃないが……」
彼女は姿勢を正して俺の前に立つ。
真面目なのは良いが、少し大袈裟だな。
彼女なりのやり方なのかもしれないが。
まあ、そこは本人の自由だ、好きにやらせよう。
「ステータスと、心中で念じてみてくれ」
「すてーたす、ですか。はい、やってみます」
ここで一つ、疑問が出来る。
他人のステータスを見る事はできるのだろうか?
失念していたな。
「わっ……これは、一体……?」
「文字や数字の羅列が見えるか?」
「はい、見えます」
「それがステータスだ、覚えとけ」
俺はステータスについて琴音に説明した。
彼女は頭が良いのか、直ぐに理解する。
物事への適応力も随分と高い。
普通、もっと驚いたり疑ったりするものだが。
その旨を彼女へ伝えると。
「琴音は、ずっと狭い世界で生きてきました。ですので、私程度が知らない事は山程あると心得ています」
と、返ってきた。
狭い世界……
また一つ、琴音の過去が分かった気がする。
相変わらず興味は無いが。
今はとにかくステータスだ。
「琴音、ステータスを俺に見せる事は可能か?」
「試してみます」
すると、琴音の前にステータスが現れた。
他人にも見せる事が出来るのか。
「どうぞ、ご確認ください」
「ああ」
琴音のステータスを確認する。
[テイエンコトネ]
Lv1
HP 50/50
MP 50/50
体力 5
筋力 5
耐久 5
敏捷 5
魔力 5
技能 【治癒魔法】
SP 0
何……治癒魔法、だと!?
俺は自分の目を疑った。
もう一度、しっかりと確認する。
やはり治癒魔法と記されていた。
「これは……」
ちらりと琴音を見る。
彼女は至って平穏だ。
治癒魔法の衝撃に気づいていない。
ダンジョンで傷を癒す事が出来る。
これは相当なアドバンテージだ。
何せ、ゲームではお決まりの回復アイテムが、このダンジョンには存在しない。
俺が知らないだけかもしれないが、ネットでのやり取りを見てもその手のアイテムを手に入れた、なんて話は一度足りとも聞いた事がない。
そんな中で現れた、治癒魔法。
もちろん治癒魔法も確認された事がない。
これは、革命だ。
下手をすれば、琴音を巡って争いが起きる。
「琴音」
「はい、総司さま」
「お前のステータスは、誰にも言うなよ、絶対」
釘を刺しておく。
いつかはバレるだろう。
だけど、それまでは隠しておきたい。
「それが、総司さまのお望みならば」
––––今だけは。
彼女が従順な性格で、良かったと思う。