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6話・過去

 

「なあ……本当について来るのか?」


 どうしてこうなったんだろう。

 やっぱり人助けなんて碌な事にならない。

 今更言っても仕方のない事だが。


「琴音は……それを望みます」

「いや、でも……うーん」


 俺は怪しい男達から彼女、庭園琴音を助けた。

 一応助言もしたし、これでおさらば。

 そのつもりだったんだが……

 どうも彼女はそうでは無いらしい。


「…… 他に行くところ、無いのか?」

「はい、あてはありません」


 そりゃそうか、だから絡まれていたんだ。

 ちらりと彼女を見る。

 どう考えても女子高生だ。

 つまりは未成年である。

 確か、家出少女を匿っても逮捕されるんだっけ。


 俺にはダンジョン攻略の夢がある。

 故にまだ捕まる訳にはいかない。

 それに俺が助ける義理なんて無いのだ。

 本来なら絡まれてるのだって見過ごしていた。

 ほんの気の迷いでしかない。


 よし、ハッキリと告げよう。

 そうしたら彼女も諦めてくれる筈だ。


「なあ––––」


 瞬間、昔の記憶がフラッシュバックした。

 理由は分からない。

 普段は思い出そうともしないのに。

 走馬灯のように、記憶が映像となって流れる。

 中学生の頃の記憶が、波のように押し寄せた。

 そして。


 ––––助けるなら、最後まで助けてよ……!


 ––––お前はいつもそうだ、全部中途半端で無責任


 ––––人でなし。あんたなんて最低のクズよ!


『あの時』の記憶が呼び起こされる。

 全てが変わってしまったあの日。

 奥底に封印してた筈の、忌まわしい日々。


 助けるなら最後まで助けろ?

 知るか、お礼の一つも言えないのかよ。


 全部中途半端で無責任?

 誰のせいでそうなったとおもってやがる。


 最低のクズ?

 ああ、それは確かに……あってるな。


 人に優しくしなさい。

 母親からよく言われていた。

 だから、そうした。

 なのに全てを失った。

 おかしい、こんなの理不尽だ。


 だから決めたんだ。

 これからは自分優先で生きてやるって。

 それの何が悪い。

 そもそも善悪なんて個人の基準で幾らでも変わる。

 そんな不確かなモノで俺を測るな。


 やめろ、やめろ、やめろ。

 俺を善人にするな、悪人に仕立て上げるな。

 俺は俺のやりたいようにする。

 だから––––


『笹木くんって、時々意地悪で、時々優しいね』


「……あ」

「……貴方さま、具合が優れないのでは?」

「いや……大丈夫だ」


 記憶の本流から抜け出す。

 フルマラソンを走った後のように疲れた。

 嫌な汗が滝のように流れている。

 この様子じゃ直ぐに寝付けないな。


「……俺の側に居たいなら、好きにしろ」

「ほ、本当でございますか?」

「ああ。その代わり、色々手を貸してもらう」

「何なりと。琴音に出来る事なら何でも致します」


 そう言って、琴音は深々と頭を下げた。

 彼女にもダンジョン攻略を付き合ってもらう。

 一人だと厳しい場面も幾つかあった。

 だからそれを手伝わせる。

 これは善意じゃない、契約だ。


 使うモノと、使われるモノの。


「入れよ、ここが今日からお前の家だ」

「はい。お邪魔させて頂きます」

「ああ……俺は、笹木総司だ」

「はい、総司さま。そう呼ばせて頂きます」

「好きに呼んでくれ」


 こうして、俺と琴音の奇妙な生活は始まった。



 ◆



 一人息子が突然知らない少女を家に連れ込んだら、普通は誘拐だ何だと大騒ぎになるだろう。

 だか、幸い俺には両親が居なかった。

 中学生の頃に他界している。

 その時からずっと一人暮らしだ。


「空いてる部屋は沢山あるから、気に入った部屋を使ってくれて構わない」

「はい」

「あとは……いや、今日はもう寝るか」


 時計を見る。

 既に深夜の二時を回っていた。

 社会人の皆さんはもう眠っている頃合い。

 汗がひどいので、シャワーを浴びてからだな。


「琴音、俺はシャワーを浴びて寝る。本当はただの物盗りでしたってオチなら、何でも盗んでいいから直ぐに帰っていいぞ?」

「そんな不義理は致しません」

「そうか、じゃあまた明日。風呂に入りたいなら俺が終わるのを待っててくれ」


 返事を聞かずに風呂場へと向かう。

 少し雑だったかな。

 まあいいや、もう疲れた。


 それにしても、どうして思い出したんだろう。

 もう六年前か……

 俺の中でも風化したと思っていた。

 けど、そうでは無い。

 深い部分に突き刺さっていたのだ。


「……はあ」


 シャワーを浴びる。

 今日一日の疲れが洗い流されていく。

 そういえば何も食べていなかったな。

 コンビニへ行ったのも食料を買う為だっけ。

 そんな気分では無くなってしまったが。


 多分、これは帳尻合わせである。

 最近良い事が起きすぎていた。

 その分不幸もやってくる。


 神様がいるなら、俺を見て笑っているだろう。


「ふう……ん、何だこの匂い?」


 汗を流し、キチンと髭も剃って風呂場を出る。

 そこで違和感に気づく。

 何だか良い匂いが漂っている。

 久しく感じていない匂いだ。

 だから何なのかも忘れてしまった。


 匂いの元はリビングのキッチンからか。

 吸い込まれるように歩く。

 勿論服は着ている。


「琴音?」

「あ、総司さま」


 キッチンには琴音が居た。

 袖をまくって洗い物をしている。

 洗い物……? そんなのあったか?


 そう思いながらリビングのテーブルを見る。


「勝手をして、申し訳ありません」

「これ……お前が作ったのか?」


 そこには卵焼きが盛られた皿が置いてあった。


「はい。その……空腹なのかと思いまして」


 琴音はチラリと投げ出されたコンビニ袋を見る。

 中身は菓子パン類だ。

 お世辞にもバランスの良い食事とは言えない。

 彼女はそれを憂いで作ったのかもしれない。


「料理、出来るんだな」

「人並みには、学んでおります」


 テーブルの前に座る。

 しっかりと箸も用意されていた。

 こんなの、いつ以来だろう。

 気付けば卵焼きを口に運んでいた。


 優しい甘味が口内に広がる。

 砂糖が入ってるタイプの卵焼きだ。

 懐かしい、母さんも砂糖を入れてたっけ。

 何だか胸にじーんとくる。

 随分と単純な男だな、俺も。


「……ありがとう」


 素直に礼を言う。

 琴音は頭を下げながら言った。


「お味は、どうでしょう?」

「美味しいよ、本当に」

「ありがとう、ございます。ふふ」


 琴音は微笑んだ。

 僅かに上がった口角。

 上品な笑い方だ。

 彼女の実家は良い家なのだろう。


「琴音、お前も食えよ」

「よろしいのですか?」

「二人で食いたい気分なんだよ」

「では、お言葉に甘させて頂きます」


 そうして二人で食事をした。

 メニューは卵焼きだけ。

 だけど、最近の中では何よりも豪勢だった。


「なあ、琴音。お前、何でこんな事してんだ?」

「こんな事、とは?」

「ただの家出って訳じゃ無いんだろ?」


 食事を終えた後。

 琴音が淹れてくれたお茶を飲みながら問う。

 最初はただの家出娘かと思ったが、彼女の所作からは育ちの良い雰囲気を感じ取れる。


 琴音は逡巡の後、口を開く。


「父親から、勘当を言い渡されたのです」

「勘当だって? そんな馬鹿な……」

「琴音の父親は、そういう人なのです」


 まだ高校生の娘を勘当。

 とても正気とは思えない。

 司法機関に抗議すべき案件だ。

 しかし、それは出来ないと琴音は言う。


「非常に言いにくいのですが、その。私の父は、それなりに高い社会的地位を持っていまして……」

「権力で揉み消されるってか」

「恐らく、そうなるでしょう」


 徹底的だな、琴音の親父さんも。

 何故勘当なんて言い渡したんだろうか。

 余程の事がなければ、そんな事は言えない筈。


 まあ、俺にとってはどうでも良い事だが。


「よし、今度こそちゃんと寝るか」

「え……?」


 琴音がきょとんとする。


「その、聞かれないのですか?」

「何を?」

「私が勘当された理由を」


 何だ、そんな事か。


「別にどうでもいい、興味無いな。俺は俺の思惑で、お前をこの家に招き入れた、それだけだ」


 人の思いなんて知りたくない。

 知ったところで、どうにもならないのだから。

 俺の乱暴な言葉を聞いた琴音は、怒りを露わにすることも無ければ、悲しむ事も無かった。


 ただ、一言。


「総司さま。このご恩、一生忘れません」


 変わらぬ表情でそう言い切った。

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