5話・少女––––庭園琴音
ダンジョン発生から一週間が経とうとしていた。
俺は相変わらず戦っている。
「っ、はっ!」
舞うように片手剣を振るう。
俺の周囲を囲んでいたリザードマンは、突然の反撃に戸惑い得意の連携が取れなくなっている。
その隙に一匹ずつ確実に仕留めていく。
まずはリーダー格のリザードマン。
鋼鉄の盾と槍を装備しているが、実際リザードマン本体の戦闘力はさして高く無く、寧ろ低い部類だ。
リザードマンの強みは統率力。
リーダー格の個体が数匹の配下を引き連れ、狩りを行うように巧みな集団戦法を用いてくる。
最初遭遇した時は本当に危なかった。
偶然ゴブリンの群れとはちあったので、そいつらに上手くリザードマンを擦りつけて逃げた。
無論、ただ逃走した訳じゃあない。
影からリザードマンの戦いを観察していた。
リザードマンは緑色の鱗を持つ人型のトカゲ。
鋼鉄の盾と槍を装備している。
瞳は黄色で細長い舌が特徴的。
これが通常のリザードマン。
だが、リーダー格の個体は目が赤色なのだ。
そして戦闘の指揮は全てそいつ任せ。
リザードマンという種族全体が統率能力に優れているのではなく、単に優れた個体が偶に居るだけ。
それに気づいた俺はある作戦を思い付く。
まず、弱ったフリをして奴らを誘い込む。
次に油断しているところを狙い、リーダー格のリザードマンを真っ先に倒し制圧する。
するとどうなるか?
答えはこうだ。
「シュルルルルッ!?」
「シュッ、シャーッ!?」
赤目のリザードマンの首を斬る。
細長い首から血を吹き出し、赤目は倒れた。
途端、他のリザードマンが動きを止める。
動揺か、焦燥か。
とにかく焦りのようなものを強く感じ取れる。
……やっぱりな。
こいつらは赤目のリザードマンが居ないと何もできない、ドラゴンなんてちゃんちゃらおかしい雛ども……要するにただの烏合の衆だ。
包囲網を突破し、外から集団を観察する。
数は残り五匹か……楽勝だな。
俺は片手剣を構え、斬りかかる。
そこから先は作業に近い。
鈍い攻撃を避け、首を斬る。
それを五回繰り返した。
計六匹のリザードマンが塵になる。
ドロップアイテムは……お、鋼鉄の盾が出た。
奴らが装備していた物と同じである。
試しに左腕に付けてみるが、丁度良い。
片手剣の長所は盾を装備出来ること。
盾を探していたので運が良かった。
あとは魔石が六つ、いつものドロップだ。
レベルは……上がってないな。
この前レベル10に到達したばかりだし、当然か。
今日はこの辺にしておくかあ。
くるりと踵を返す。
ダンジョン攻略は順調に進んでいた。
◆
人間は慣れる生き物だ。
一週間もあれば、それなりに慣れる。
ダンジョンの話題も世間では風化していた。
だが、世界は違う。
俺が魔石と呼んでいる宝石や小石。
あれに眠るエネルギーを抽出する事に成功してる国は、我先にとダンジョン攻略に乗り出している。
エネルギー問題の解消は勿論、軍事転用で強力な兵器を作り出す事も可能であると判明したからだ。
日本もそんな国々の中の一つである。
二日前、遂に政府が調査隊では無い、ダンジョンの攻略を目的とする部隊を編成し、送り込んだ。
決死隊のように喪失感で溢れていた気がする。
結果は全部隊、五体満足で帰って来れた。
やはり情報は何よりも重要である。
深く潜らず、比較的入り口に近い浅い所でレベルを上げてから半日間の攻略に乗り込んだようだ。
隊員達は皆、ゲームのようだと口を揃えて言う。
当然、世間の中では信じない国民も居る。
しかし少なくとも、日本政府はダンジョン攻略に積極的な姿勢を見せ始めていると言っていい。
その内ダンジョンの一般開放もあり得る。
今はその準備段階で、自衛隊員や関係者のレベルを出来る限り上げている最中だとか。
自衛隊関係者と思しき者が、ネットでの個人売買に手を出しているくらいには盛り上がっている。
エネルギー革命か。
生きてる内に、こんな体験するなんてなあ。
魔石なら大量に持ってるし、ダンジョンが一般開放されたら国が買い取ってくれたりしないかな。
「いらっしゃいませー」
なんて思いながら深夜のコンビニ入る。
店員のやる気のない挨拶が気楽で良い。
適当に品物を買って、店を出る。
もう夜も遅いし、早く帰って寝よう……
「ん?」
帰路に着く途中。
公園の前で立ち止まる。
この公園は不良の溜まり場で有名だ。
昼間にもガラの悪い連中が居るので、本来の利用者である子供達が遊んでいる姿は見た事が無い。
だからそんな公園に人が集まっていてもおかしくないが、何だが危なそうな雰囲気が漂っていた。
レベルが上がったおかげか、聴力も強化されているので、意識すれば常人より耳が良くなる。
「だからさあお嬢ちゃん、俺らと一緒に行こうよ」
「しかし……」
「行くところ無いんでしょ? ならいいじゃん!」
「そーそー、ね、悪いようにはしないから」
……穏やかな雰囲気では無い。
大方、家出の少女を狙った犯行か。
若い数人の男達が、一人の少女を囲んでいる。
派手な見た目に見覚えがあるな。
確かこの辺りが縄張りのカラーギャングだ。
時代錯誤も甚だしい、暇なのか?
「あーもう、じれってえなあっ!」
「あっ……!」
「おらっ、行くぞ!」
「……ら、乱暴はよしてください。私は……」
「おい、お前ら車用意しろ」
男達は先程まで親切心な空気を演出していたが、本性を現し少女の腕を強引に掴む。
彼女の意思を無視して、連れ去ろうとする。
……仕方ない。
少女が家出娘で、自分の意思で彼らについて行くのなら見過ごすつもりだったが––––
違うのなら話は別だ。
面倒だけど、介入させてもらう。
これは人助けでは無い。
単に、俺の自己満足だ。
寝覚めが悪いって理由のな。
「あ、お前、いつから見てた?」
都合の良い事に、向こうから絡んできてくれた。
公園の入り口に立っていたからな。
派手な男が二人居る。
どうして、一々喧嘩腰なのだろう。
「俺は何も見てないよ」
「へー、偉い心掛けだな。そのまま帰れや」
「ああ、そうさせてもらう」
俺はそう言いながら公園の中へ進む。
男達は一瞬ぽかんとするが、直ぐに怒り出した。
「お前、舐めてんのか?」
「舐めてるのはお前達の態度だろ? 笑わせんな」
「……殺すっ!」
派手な男二人が殴りかかってきた。
だが、遅すぎる。
俺は余裕で避け、足を引っ掛けて転ばせた。
そのまま少女の方へ向かう。
制服を着てるから、多分高校生だ。
栗色のカーディガンを羽織っている。
黒色のスカートからは、同じく黒色のストッキングに包まれた両足が見えていた。
彼女は困惑した表情を浮かべている。
「お前ら、犯罪は辞めとけ。今なら許すぞ」
「なに、こいつ?」
「勘違い野郎だろ、適当にボコせ」
男達は舐めきった態度でやって来る。
とくに語る事は無い。
全員瞬殺だ。
「がっ!?」
「ぐはっ!?」
「つ、強すぎ、だろ……!
勿論手加減はした。
気絶程度に収めている。
俺は少女と向き合った。
ふむ……改めて見ると、かなりの美少女だ。
色白で身体の線も細い。
髪は後ろの方に団子状に纏めている。
落ち着いた雰囲気もあり、大和撫子のようだ。
「ひとついいか?」
「……はい、どうぞ」
「この辺りは人気がすくない、だからこういうガラの悪い連中の溜まり場になってんだ。事情は知らないけど、こんな夜に一人で居るのは危ない。それじゃ」
伝える事は伝えた。
あとはさっさとこの場を去るだけ。
こいつらの仲間が近くに居るかもしれないし。
しかし、どういう訳か少女は俺の行く手を阻む。
「えーと、お嬢さん?」
「……」
少女は祈るように両手を形作る。
そして、頭を下げながら言った。
「……この度は、危ないところをお助け頂き、誠にありがとうございます。して、図々しい事この上ないのですが……勇気ある殿方の貴方に、お願いがあります––––どうか、貴方さまのお側に居させてください」
「––––は?」
開いた口が塞がらないとは、まさにこの事。
彼女の言葉が車輪のように脳内で回る。
「私の名は、庭園琴音––––です」
これが俺と彼女、庭園琴音の最初の出会いだった。