49話・始まりの祝砲
作戦決行、当日。
俺達冒険者は北海道ダンジョンの入り口に集まり、各々気持ちを落ち着かせながら待機していた。
ダンジョン突入の合図はまだ来ない。
任務中は、周辺地域を完全に封鎖するようだ。
万が一対象に逃げられた場合の保険だとか。
しかし……よくこれだけの冒険者が集まったな。
冒険者は基本的に金にうるさい。
そんな彼らがここまで集まっている。
無論、集まったのは冒険者だけではない。
協会に属する自衛隊員も大勢居た。
各支部からかき集められたそうだ。
作戦指揮を取るのは目黒さん。
この作戦、表向きは千葉支部が主導だ。
とは言え作戦そのものを立案したのは向上である。
何かあった時は、彼の責任になるだろう。
実際、俺達に押し付けたのは事実だ。
それくらいはしてもらはないと。
……向上、か。
脳内でその名前がリフレインする。
やはりというか、奴は向上の息子だった。
奴とは勿論、向上輝人のことである。
そして千葉ダンジョンの二階層を突破したのは奴とか……にわかには信じられないが、少なくとも協会本部ではそういう事になっているらしい。
奴の父親がそう言ったとか。
そして今日は、その向上輝人もここへ来る。
正直言えば会いたくない。
琴音も同じようで、余り落ち着けていなかった。
「大丈夫だ」
「総司さま……」
不安な表情で俺を見る琴音。
俺は平常心を保ちながら、言葉を紡ぐ。
「今日はただの仕事だ、態々こっちから行かなければ、会話する事も無いだろうぜ」
「けれど」
「向こうから来たら、ぶっ飛ばす。問答無用でな」
「そ、それは少し、やりすぎでは……?」
「そうかあ?」
彼女は若干、引いていた。
あれ、励ましてるつもりなのに。
ああいう手合いに話し合いは通用しない。
やられる前に、やる。
さっさと攻撃して黙らせるのが一番だ。
……自分で言っておいてなんだが、物騒だな。
場合によっちゃ俺が悪者になる。
いや、絶対そうなるな。
直ぐに手を出すのは控えよう。
逮捕されるのは御免だ。
「まあ、そんくらいの気概ってだけだよ」
「それなら、安心しました」
ホッとする琴音。
いつの間にか、彼女の心配事は俺に変わっていた。
悪い事をした気分になる。
「すまん……なんか、逆に気を使わせたな」
「いえ、そんな事はありません、総司さま」
琴音はそう言って、にっこりと微笑んだ。
「二人とも、今日はよろしく頼むぞ」
「目黒さん」
ゴツい鎧を身に付けた目黒さんがやって来る。
最近ダンジョンで手に入れた物だとか。
見た目に反して、重さを全く感じないらしい。
魔法的な力が働いているのは明らかだ。
防具か……余り意識した事は無かった。
俺は攻撃と速度に特化してる節はある。
「前金は貰ったんで、ばっちり働きますよ」
「琴音も、出来る限り、お力を貸します」
「はは。これ以上無いほど頼もしいな」
「目黒さん、ちょっと……」
一人の協会員が目黒さんに話しかける。
「どうかしたか?」
「いえ、集合時間はとっくに過ぎているのに、何人かの冒険者と協会員が未だに来て居ません」
「……協会員もか?」
「はい」
奇妙な会話を聞いてしまった。
冒険者が時間を守らないのは、まだ分かる。
全体的に粗暴な性格の奴が多いからな。
だが、協会員までもが遅刻と言うのは、妙だ。
「このままでは、作戦に支障をきたします」
「むう……」
悩む目黒さん。
さて、どうしたものかな。
俺に何か出来ることは––––そう思った時。
空に突然、巨大な影が現れた。
「……何だ?」
「何でしょうか?」
琴音と二人で、首を傾げる。
それまで燦々と輝いていた日光。
その光が今は遮断されている。
地上に落ちている、大きな影。
雲……では無い。
それは雲と言うには、余りにも金属質すぎた。
「船、なのか?」
例えるなら、巨大な船。
全体的なカラーは黒、紫、銀の三色。
骨を連想させる装飾だ。
外見は生物的だが、質は機械的な翼が生えている。
左右に一本ずつ、対になるような形で。
翼には飛行機にあるようなエンジンも付いている。
そして注目すべきは、船の前方と後方。
後方には尻尾のような物が付いている。
前方には、巨大な竜の顔が設置されていた。
大顎を開き、見るものを威圧させるその風貌。
俺はその顔を知っていた。
「……ファブニール、なのか?」
邪竜ファブニール。
顔も、尻尾も、その竜に酷似していた。
いやでも、まさか、そんな筈は……
脳裏によぎる最悪の事態。
だが、それを確かめる術は無い。
全ては予想、憶測、机上の空論。
しかして現実は、常に最悪の事態……その一歩先の最低最悪を招くものだ。
『日本国民達よ、聴こえているか?』
突然男の声が響き渡る。
何処かにスピーカーでもあるのか、男の声はやけに聴き取りやすくてハッキリと耳に伝わってきた。
『我々は破壊結社・鼠。端的に言えば、テロリストだ。今日より鼠は、日本政府転覆を目標に、破壊活動を日夜行う事にした』
ざわざわと、周囲の人々が騒めく。
そんな馬鹿なとか、アホなのか? とか。
少なくとも全員信じていない。
『平和ボケした君達の事だ。恐らく、私の言葉を信用していない者が殆どだろう。そこで今日は手始めに、この空中戦艦で北海道を攻撃する。その後、国会議事堂を爆撃し、占拠してみせよう』
は……?
男の声はそこで途切れた。
代わりに機械の駆動音が、やかましく鳴り響く。
ギギ……と、ファブニールに酷似したオブジェクトの大顎が開き、巨大な大砲が現れた。
まずい––––本能的な危険信号が鳴り響く。
「サモン! ライドワイバーン!」
「ぎゃお!」
「ソラ! 運べるだけ人を乗せて離脱しろ!」
俺自らも魔法を唱え、竜の翼をその身に宿す。
そして琴音を抱え––––
「お前が庭園琴音か?」
「……きゃっ!?」
「琴音!」
突然、黒衣の男が現れた。
今まで何処にも居なかったのに。
そいつは琴音の肩に触れた。
瞬間、彼女は影に吸い込まれる。
ぎゅるりと、一瞬で。
「お前……!」
「おっと、戦うつもりは無い。さらばだ、生き残ることが出来たら、また会おう」
「っ!?」
黒衣の男も自らの影に落ち、消えた。
瞬間移動系のスキルか!?
くそ、くそ、くそ!
頭が沸騰した水の如く熱しられていく。
ダメだ、冷静になれ。
今俺がすべき事は……ここから離脱することだ。
「……すまん!」
大勢の人を残し、俺はソラと共に高く飛翔する。
ソラは目黒さんを含めて四人、運んでいた。
「そ、総司くん! これは一体!」
「口を閉じてくれ! 最高速度で離脱する!」
鬼気迫るものを感じ取ったのか、目黒さんは黙った。
ソラが連れて来た他の人物達も同様におし黙る。
そして飛行開始から、数十秒後。
ガコンッ!
これは憶測だが、船の主砲が大地に向けられた。
直後、鼓膜が破れるかと思うほどの爆音と、目を覆いたくなるような閃光が放たれ……強大な爆風が、俺達の身に襲いかかってきた。
「ぐっ……!」
焼けるような痛みが全身を駆け回る。
実際焼かれているのだろう。
直撃してはいないから、かろうじて耐えられている。
だが、上手く飛ぶ事が出来ない。
俺とソラは揃って遥か遠くに吹き飛ばされた。
「……動ける者は、居るか……?」
聞き覚えのある声が、耳に届く。
目黒さんの声だ。
「目黒、さん?」
「総司くん……良かった、無事だったか……」
「目黒さん。あんた今、何処にいるんだ?」
彼の声は聴こえる。
しかし、肝心の姿が見えない。
重い身体に鞭打ち、起き上がる。
「なっ……!」
目の前の光景に絶句した。
穏やかだった北海道の大地。
その面影が一切無い。
巨大なクレーター。
どうやら俺は、その中で倒れていたようだ。
「目黒さん! 何処に居るんだ!」
「ここだ、総司くん……」
「目黒さん!」
彼は土の中に埋もれていた。
かろうじて、顔だけが外に出ている。
すぐに掘り起こして救出した。
「ごほっ……! 助かったよ、総司くん」
「……すまない。あの状況じゃ、数人を離脱させる事しか出来なかった」
「充分さ。助けられた私に、何か言う資格はない」
苦虫を噛み潰したような表情をする目黒さん。
拳を作り、地面に振り下ろしていた。
この惨状を防げなかった自分を責めているようだ。
「う……」
「おい、大丈夫か?」
その後、ソラが運んできた人達も助ける。
ソラは既に消えてしまったようだ。
契約の繋がりは残っているので、生きてはいる。
『どうだ、これが我々の力だ』
「この声……」
先程の声がまた響く。
酷く冷たくて、無機質な声。
声の質からして男だろう。
『北海道の三分の一は、死の大地と化した。国会議事堂の制圧も既に完了している。そして、これが最後通告だ。おとなしく我々に従え、そうすれば、新たな国家の国民として生き長らえる事も出来るだろう』
ふざけたことを……!
奥歯を噛み締める。
破壊結社・鼠。
奴らの目的がテロ行為なのは理解した。
それなら、何故琴音を攫った?
黒衣の男が鼠の一員だという証拠は無い。
だが、余りにもタイミングが良すぎる。
とてもじゃないが、無関係とは言えない。
この時、俺はかなり混乱していた。
そんな俺に声の主は、さらなる追い討ちを仕掛ける。
『今ここに、新たな国家の樹立を宣言する。私の名は庭園三門。新たな王の名だ、覚えておくといい』




