48話・北海道
「––––という訳だ」
「琴音が居ない間、そのような事が」
「ああ、大変な事になっちまったよ」
協会本部で起きた事を、俺は全て彼女に話した。
琴音にも協力要請が来るだろう。
だったら遅いか早いかの違いだ。
今回選ばれるメンバーは、協会本部が決めた信頼出来る冒険者のみがピックアップされる。
何せ敵である冒険者狩りも、普段は普通に冒険者として各協会を出入りしているからな。
全ての冒険者に通達したら、作戦が筒抜けだ。
行動には慎重さが求められる。
当日の作戦内容はこうだ。
場所は北海道のダンジョン。
ここは他に比べて冒険者狩りの被害が大きい。
まずはここから叩こうと決まった。
何故北海道のダンジョンは被害が大きいのか?
それはダンジョン内の広さに由来する。
北海道のダンジョンは、それはもう大きいらしい。
迷ったら最後、無事に帰還するのは不可能だとか。
逆に言えば、内部構造を理解していれば、追っ手を撒くのにこれ以上ない程適した環境と言える。
閑話休題。
作戦内容について説明する。
集められる冒険者は、大体百人前後。
表向きは大規模なダンジョン攻略で通っている。
冒険者狩りの目的はレベル上げだ。
協会主導の大規模な攻略、きっと冒険者狩り達は、絶好のチャンスと思い何かしら仕掛けてくるだろう。
俺達はそれを迎え撃つ。
何が起きても良いように、万全の準備を施して。
「少々、雑な作戦ですね」
「俺もそう思う、だけど一番手っ取り早い」
要するに真正面から叩き潰すだけだ。
腕利きの冒険者が約百人。
冒険者狩りがどれだけの規模と実力を持ってるか分からないが、これでダメならどの道対処出来ない。
割り切った作戦だと、俺は思う。
「それに移動費や滞在費は、全部協会持ちだってさ。どうせなら少し早く北海道に行って、観光でもしようぜ、旅行みたいにさ」
「旅行……!」
琴音の目がキラキラと輝く。
そういえば、旅行とかはまだした事無いな。
良い機会……なのか? キッカケが少し物騒だけど。
「是非、参りましょう」
「お、おう」
琴音が俺の両手を包み込みながら、ぐっと握る。
それなりに長い付き合いだから分かった。
彼女は今、とても興奮している。
まるで遠足前の小学生だ。
小学校の遠足……なんか、懐かしいな。
あの頃は何もかもが無邪気になれて楽しかった。
「よし、じゃあ早速準備するか」
「はい。喜んで」
こうして、俺と琴音の北海道旅行が決まった。
いや、目的は旅行じゃないけど。
今度はちゃんとした旅行に行こうと決意した。
◆
「流石に寒いな……」
作戦決行日、二日前。
俺と琴音は一足早く北海道に来ていた。
到着早々寒波に襲われたが、それがより一層、普段住んでいる所とは違うという事実を認識させてくれる。
旅行気分を味わえるってもんだ。
「総司さま、お寒いのでしたら、こちらを」
「カイロか、ありがとうな」
琴音からカイロを貰う。
相応に厚着はしてきたが、それでも寒いものは寒い。
カイロで両手を温めると少しはマシになった。
時刻は午前十時前後。
時間はたっぷりとある。
峰打達には既に伝えてあるので、気にしなくていい。
土産でも買ってやるか。
「とりあえず、今晩泊まる宿に行くか」
「はい、荷物もありますし、それが良いかと」
適当にタクシーを拾い、予約した旅館に向かう。
明日と明後日は完全に観光だ。
とりあえず洞爺湖には行きたい。
前からあの景色を生で見たかった。
「琴音、洞爺湖行こうぜ、洞爺湖」
「ですが総司さま、ガイドブックには、午前中に行くのは余りオススメ出来ないと、記されております」
「え、マジで?」
琴音からガイドブックを借りる。
そこには確かに書かれていた。
場所にもよるが、どうやら午前中は日光が反射し、あの青い湖が逆光で見えにくいだとか。
「それなら、時間ズラすか」
「先に、峰打さん達のお土産を、買ってはどうでしょう?」
「それもそうだな、荷物は旅館に置けばいいし」
突貫工事のように飛び出して来たからか、予定などは一切決まっておらず、その場の判断に任さている。
何度も言うけど、ちゃんとした旅行じゃないからな。
ある程度は仕方ない。
そんなこんなでタクシーが目的の旅館に着く。
協会が用意したホテルがあるのだが、折角なら良い所に泊まりたいと思い、結局自分で払った。
旅館の外観は和風だが、自宅の古い屋敷とはまた違った、煌びやかだが派手ではない、落ち着きがあって品のある厳格な建物……のように見える。
建物の美醜に関しては、よく分からない。
キチンと清掃されているのは伝わってくる。
俺としては、それだけで高評価だ。
「ふー……初めて飛行機に乗ったが、意外に窮屈で少し疲れちゃったよ」
「琴音も、同じです」
「まあ、ソラに比べたら、快適だったけど」
青いワイバーンを思い出す。
ソラは移動速度は速いが、乗り心地が不安定だ。
長時間の飛行は確実に危険であると言える。
「お土産買うにしても、何処で買う?」
「これから町に出るのが、良いかと」
「それもそうだな」
そんな訳で旅館を後にし、町へ向かう。
ここら一体は観光地のようで人の行き交いも盛んだ。
栄えている町なんだろう。
人の波をかき分けながら進む。
「琴音、はぐれないようにどっか掴んどけ」
「それなら……」
琴音が掴んだのは、俺の右手。
思わぬ形で手を握る形になる。
そんなつもりでは無かったんだけどな。
これじゃあ手を握る為に言った口実みたいだ。
だけどまあ、それでもいいか。
白く繊細な細指を握り返す。
彼女はピクッと反応した。
握り返されるとは思っていなかったのだろう。
そのまま二人で歩く。
とりあえず、目に入った店に入る事に。
そこは洋菓子店だった。
ショーケースに様々なケーキが並んでいる。
琴音の瞳があからさまに見開かれる。
その後、じーっとケーキを凝視し始めた。
「折角だ、少し食べて行くか」
「え……よいのですか?」
「良いも何も、そんな顔されちゃあな」
「あ、いえ、その……申し訳、ありません……」
頰を赤らめ、一歩下がる琴音。
「何も謝る事なんて無いだろ?」
「す、すみません……」
「また謝ってる……まあ、少しずつ変えていけばいいか。ほら、ケーキ選ぼうぜ」
「は、はい……!」
これでも彼女は以前に比べ、自分の意思を全面に押し出すようになってきている。
出会ったばかりの頃ならば、多分、一切表情を変えずに俺の三歩後ろ辺りで待機していた事だろう。
それが今はどうだ。
満面の笑み……ではないが、口元は笑っている。
笑顔でケーキを選ぶ姿は年相応の少女だ。
「何かお探しですか?」
定員に話しかけられる。
折角なので、お勧めを聞いてみた。
「友人と知り合いに渡すお土産を探してる」
「それでしたら、こちらはどうでしょう?」
定員が指を指したのは、ロールケーキ。
クリームの代わりに赤紫色のジャムが使われている。
全体的に赤色で、美味しそうだ。
「当店一番の人気なんです、お土産にもぴったりかと」
「じゃあ、持ち帰り用に……三つくれ。まだ帰るのは先だから、予約か? 帰る時に取りに来る。あと店内で食べる用に一切れだけ欲しい」
「かしこまりました〜」
二つは峰打達に、もう一つは目黒さん用だ。
「……では、琴音は、これを……」
「梨のケーキか? それも美味しそうだな」
「はい。見た目も麗しく、惹かれてしまいました」
琴音も自分のケーキを買う。
店の奥の方には机と椅子が並んでいる。
カフェのような雰囲気だ。
数名しか居なかったので、席取りには苦労しない。
少し待つと、頼んだケーキが目前に出された。
ショーケース越しではない、肉眼でそのままで見る。
ガラス一枚の差だ。
それでも数段美味しそうに見える。
錯覚でも、良い方向に転がるなら、構わない。
「いただきます」
「……頂きます」
二人ほぼ同時に、フォークの先端をケーキに刺す。
一口サイズに切って、すぐさま口へ放り込む。
ふんわりと苺の風味が口内に広がる。
それを柔らかいスポンジケーキが包み込み、若干果肉が残っているジャムがまた良いアクセントだ。
美味い、文句なしに美味いぞ。
目線だけで、チラリと琴音を見る。
彼女も微笑みながらケーキを食べていた。
ここは当たりの店だったようだ。
そうして暫く、二人で甘味を楽しんだ。