24話・任務
ある日のこと。
俺と琴音は冒険者協会から呼び出しを受けた。
頼みたい事があるらしい。
他の冒険者も何名か来るそうだ。
そういえば、本格的な呼び出しは初めてだな。
そんな訳で今日は朝から冒険者協会に居る。
戦闘準備は整えてくれとメールに書いてあったので、俺も琴音もいつもの冒険者スタイルだ。
「すまない、呼び出しを受けた冒険者だ」
冒険者協会の受付で冒険者カードを見せる。
「笹木さんと庭園さんですね、お話しは伺っております。三階の第二会議室にてお待ちください」
言われた通りの場所へ向かう。
冒険者協会はキャンパスを再利用した建物だ。
なのでそこそこ広いし複雑である。
「しかし、今日は何をやらされるんだろうな」
「モンスターの、討伐などでは?」
「よっぽど強いモンスターでも出たのかもな」
それならば腕がなる。
今は少しでも強くなりたい。
強いモンスターと戦うのが手っ取り早い方法なので、その手の協力依頼なら喜んで受けよう。
だが、現実はそんなに甘くないだろうな。
ただの雑用って事もある。
協会はずっと人手不足のようだし。
あとは……犯罪者関係か。
暴力団を潰せとか言われたらどうしよう。
とは言え断るワケにもいかない。
琴音の事もあるしな。
「着いたぞ、ここだ」
「参りましょう」
三階の第二会議室へと辿り着く。
廊下に人の姿は見えない。
昼間なのに真夜中の学校のように静かだ。
扉を開ける。
既に何人もの人達が席に着いていた。
どうやら俺達がラストだったらしい。
申し訳ない事をしたな。
さっさと適当な席に座ろう。
「これで全員、揃ったようだ」
会議室は中央に長方形の机が置いてあった。
右側にホワイトボード、左側には何もない。
ホワイトボード側のお誕生日席に、毎度お馴染みの目黒自衛官が陣取って座っている。
空いている席は……あそこしかないな。
目黒自衛官とは反対側のお誕生席とその右隣。
そこしか空いてなかったので、仕方なく座る。
琴音は何も言わずにお誕生席の隣に腰掛けた。
それが当たり前だと言わんばかりに。
「今日皆さんを呼んだのは、千葉ダンジョン内に逃げ込んだある犯罪者を捕まえてほしいからだ」
目黒自衛官はハッキリと告げる。
犯罪者の捕縛。
それは俺が予想していた事だ。
出来れば外れてほしかったけど。
それから目黒自衛官は事の始まり話す。
二日前、刑務所から一人の男が脱獄した。
名前は村上清四郎。
三十五歳で、四年前に捕まった。
何人もの人を殺めた、凶悪な殺人犯だ。
そんな奴を逃すなんて刑務所の警備はどうなっている、まずはそこを追求したいが、話が進まなくなるので今は一旦置いておく。
どうやら何者かの手引きがあったらしい。
詳しい脱獄方法は目黒自衛官にも分からないとか。
それから警察は全力で村上を探したが、どういうワケか奴は煙のように姿を消した。
最後に目撃情報があったのは、ここ千葉ダンジョンの付近らしい。
それでダンジョンに逃げ込んだ可能性があると。
「質問いいですか?」
「ああ、構わない」
とある冒険者が挙手する。
眼鏡を掛けた、三十代前半の男性だ。
背中に槍を背負っている。
槍使いか、武器持ちとは珍しい。
「村上はどうやってダンジョンに潜ったのですか?」
それは俺も知りたいことだ。
ダンジョンの出入り口は一つしかない。
そして、その出入り口の警備は厳重だ。
何人もの自衛官が見張り、出入りの際には必ず冒険者カードの提示を求められる。
村上のような犯罪者を受け入れるとは考えづらい。
「それが我々にも分かっていない」
「はあ?」
眼鏡の男性が思わずといった感じで声を漏らす。
しかしその反応は最もだ。
脱獄方法は不明、ダンジョン侵入経路も不明。
それで犯人を探し出せと、協会は言っている。
幾ら何でも無茶苦茶だ。
そもそも本当に潜伏しているのかすら分からない。
「すまない……我々協会にも、立場があってな」
目黒自衛官は疲れた顔を見せる。
心なしか、以前見た時より痩せていた。
冒険者協会へのバッシングは未だにある。
中には徴兵だと声高に叫ぶ団体も。
その手の輩の対処に追われているのだろう。
少しばかり同情する。
報酬もしっかり出るみたいだし、手伝おう。
「今回の目的は厳密に言うと、捜索兼捕縛だ」
見つけたら捕縛。
そうじゃなかったら、それでいい。
案外緩い任務だ。
殺人犯が居るかもしれないダンジョンなんて正直行きたくないが、これも仕事だと割り切ろう。
「早速今から、捜索にあたってもらう」
こうして村上の捜索が始まった。
––––千葉ダンジョン・第一階層。
既に俺達はダンジョン内で活動を開始している。
村上捜索に集まった冒険者は十五人。
この十五人に加えて自衛官が十五人。
合わせて三十人で捜索は行われる。
千葉ダンジョンならこの人数で問題ない。
何せ一階層でもモンスターがそこそこ強い、つまりまだ見ぬ二階層に村上が逃げ込んだとしても生き残れる筈が無いのだ。
なお、捜索は必ず三人以上のグループで行う。
通信機器は持たされていない。
と言うより、ダンジョン内では通信が出来ないのだ。
詳しく理由は分かってない。
妨害電波のようなものが、常に漂っているだとか。
「小田三郎です、よろしくお願いします」
「笹木総司だ、よろしく」
「庭園、琴音で、ございます。お見知り置きを」
一人足りないので彼に声を掛けた。
眼鏡を掛けた男性、小田三郎。
理由は特に無い。
何となく目に付いたからだ。
「講習会以来ですね」
「ああ」
申し訳ないが、俺は覚えていない。
だけど彼は俺達の事を知っているようだ。
「それなりに有名ですよ、現在の千葉ダンジョンの最奥に到達している冒険者は僅かですから」
捻れた岩の柱があるあのエリア。
どうやらあそこが現在の最奥らしい。
道理でモンスターが強いワケだ。
「笹木さんは、どうして冒険者に?」
「楽しいからだ」
「はは、凄いですね。冒険者を楽しいなんて」
「あんたは違うのか?」
彼は自嘲気味に答える。
「儲ける為……人生の逆転を、狙ってるんです」
「普通に働いた方が早くないか?」
「それじゃあ、ダメなんです。私は満足出来ない、ここまで落ちたら、頂点に登らないと気が済みません」
小田さんの前職はなし。
つまり無職だったらしい。
人生の再起を賭けて冒険者になったようだ。
色んな人が、冒険者になる。
俺のような人間は勿論、学生や無職の人も。
皆それぞれの野望を抱いて。
人の欲望が渦巻く壺、それがダンジョンなのだ。
「幻滅しました? 三十代のおっさんがこんな事」
「幻滅も何も、俺はまだあんたの事を何も知らない。人それぞれ、生きる理由は違うんだ」
「……貴方は面白い人だ、本当に」
またそれか。
ドウジマさんからも同じ事を言われたな。
そういえば、あの人は今どうしてるかな?
「総司さま、小田さん。モンスターが現れました」
琴音が告げる。
少し話しに夢中になり過ぎたな。
現れたモンスターは土の塊みたいな奴。
土偶っぽい、人型のモンスター。
「ここは私が、つまらない話しをしたお詫びに」
小田さんが前に出る。
折角なので、戦い方を観察させてもらう。
「はっ!」
小田さんのスキルは【槍術】だろう。
巧みな槍捌きから見て、間違いない。
槍の強みはその長さ。
遠くから一方的に攻撃出来る。
土偶は土の塊を吐き出すが、全て叩き落とされる。
絶妙な距離を保ちながら小田さんは攻撃を続けた。
そして、トドメの一撃を浴びせる。
「スピアラッシュ!」
それは槍術の必殺技だった。
槍の先端が何度もなんども土偶に突き付けられる。
高速の突き技、スピアラッシュ。
初めて他人の必殺技を見れた。
土偶はボロボロなって崩れ落ちる。
「ざっとこんな感じです」
疲れた様子もなく、小田さんは言った。
戦力としてはまあ普通だ。
俺と同じで、一般開放前からこっそりダンジョンに潜っていたらしいので、必殺技が使えるとか。
そういう事をする人には見えない。
人は見かけによらないな。