20話・ウォーターフォール
仕方なく売り物の片手剣を手に取る。
カーバンクルジュエルソードに劣るので売りに出していたが、まさかこんな形で使うハメになるとは。
琴音も杖は無いが体術を習得している。
こいつら全員がレベル15付近なら危ないが、そんな事は絶対あり得ないのでまあ勝てるだろう。
それに良い大義名分も出来た。
魔法の試し撃ちの、な。
「さっさと金を置きな、今なら許してやるよ」
「いや、もう遅いぞ?」
「ああん?」
筋骨隆々の男は悠長にもそんな事を言う。
お前達は武器を持ち、俺らを取り囲んだ。
その時点で戦いは始まってんだよ。
俺は無意味な争いは起こさない。
何故なら戦いは基本的に資源の無駄だからだ。
しかし、それも時と場合による。
このように敵意を持って絡まれた場合––––
こちらもしっかりと、敵意を持って反撃する。
「寝てろ」
「ぐふっ!?」
一足で男の目前に飛び出る。
男は一切反応出来ていなかった。
そのまま腹を思い切り殴る。
片手剣で傷付けるのは流石にやり過ぎだからな。
男は面白いくらいに吹っ飛ぶ。
ついでに後ろに居た数人の仲間を巻き込んで。
ボーリングのピンのように倒れていく。
幾ら何でも耐久力が無さすぎる。
あいつらレベル幾つだ?
「この女……!」
「……」
隣では琴音が二人の冒険者を相手取る。
一人は剣、一人は斧を武器に琴音へと振り下ろすが、彼女はそれを最小限の動きで避け続け、カウンターの掌打を二人の顎に打ち付けた。
今回の琴音はとても冷静である。
怒りに囚われず、無駄を排していた。
さて、残りの奴らも適当に片付けよう。
「お、お前ら、タダで済むと思うな……!」
「もう、そういうのいいから」
「っこの!」
残った仲間達が一度に襲い掛かってくる。
あーあ、逃げれば追わなかったのに。
後の事を考えられない馬鹿な奴らだ。
挑んで来るのなら、容赦はしない。
俺は覚えたての魔法を使う。
これは琴音に聞いた事だが、魔法は習得したと同時にその使い方も直感的に分かるそうだ。
そしてそれは、事実だった。
「––––ウォーターフォール」
冒険者達へ向けて水属性の魔法を放つ。
途端、彼らの頭上と真下に魔法陣が現れた。
魔法陣はゆっくりと円運動をしている。
その真上の魔法陣から、勢い良く水が流れた。
勢いだけなら滝とほぼ同じ。
実際名前からして、そういう事なんだろう。
ウォーターフォールは英語で滝を意味する。
さて、ここで問題だ。
ある日突然、真上から巨大な滝と同じ勢いの水量が降ってきたら、人間はどうなるのか。
答えは目の前で繰り広げられていた。
「がぼぼぼぼばばば!?」
答え、溺れる。
冒険者達は地面に突っ伏し、溺れていた。
ジタバタしても勢いが強過ぎて立てない。
格ゲーのハメ技みたいだ。
流れ出た水は真下の魔法陣に吸い込まれる。
なので辺り一面は綺麗なままだ。
「ごはっ……がふっ、たす……ごぼぼぼ!」
「そろそろ許してやるか」
殺すのはマズイので魔法を消す。
冒険者達は地べたに倒れ込む。
喉を抑えながら呼吸に勤しんでいた。
そんな彼らに歩み寄る。
抵抗する気力も無いのか、片手剣をチラつかせても反応は鈍く、蹲るだけだった。
「一体何の騒ぎだ!」
ようやく警備の自衛官が現場にやって来た。
少し遅いが、バザー会場は広いから仕方ないか。
実害は無かったから文句を言うつもりもない。
「実は––––」
起こった事を包み隠さず全て話す。
筋骨隆々の男に槍を売ったこと。
その後イチャモンを付けられ争いに発展したこと。
男とその冒険者仲間にも自衛官は事情を聞いたが、俺の圧倒的な強さに恐れをなしたのか、ペラペラと聞いてもないのに罪を告白して命乞いをする。
水責めが想像以上に効いたようだ。
なら最初から詐欺、恐喝なんてしなければいい。
話を聞くと、この男達は集団で詐欺や恐喝などを行う危険なギルドのようだ。
自衛官は闇ギルドって呼んでたっけ。
とにかくその闇ギルドが最近沢山出来てて、このバザー会場にも現れて市場を荒らしているとか。
冒険者は普通にやっても、意外に稼げない。
いや、当たれば大きいというのは事実だ。
宝くじで一等を当てる確率よりかは高い。
その代償に命を賭ける事になるが。
その事実を知った彼らは楽な方法で稼げる方法を探し、結果闇ギルドと言う名の詐欺グループに堕ちた。
同情の余地は無い。
彼らには独房の中で反省してもらおう。
そんな感じで、慌ただしい一日が終わる。
そして次の日––––
俺と琴音は早速千葉のダンジョンに来ていた。
冒険者カードは既に発行してもらっている。
途中、協会支部に寄って受け取った。
「物凄い人の数だな……」
「確かに少々、多すぎるような」
現在、俺達は千葉ダンジョンの入り口付近に居る。
千葉のダンジョンを一言で表すなら、クレーター。
真上から見たら巨大な穴が空いているだろう。
ネットで誰かが書き込んでいたな。
ダンジョン発生はあくまで副産物。
神が地上に楔を打ち込んだ余波でしかないと。
想像力豊かな陰謀論だ。
この場合はただの妄想だが。
しかし、直接この目で見ると––––あながち間違いでは無いのかもと思ってしまう自分もいる。
それ程に、自然現象と言い切るには巨大すぎた。
そんな様子の千葉ダンジョン。
本来ならモンスターが巣食う地獄の入り口。
……なのだが何故か陽気な雰囲気に包まれている。
まるでお祭りだ。
観光のように来ている家族連れも居る。
悪いとは言わないが、危機管理が無さすぎる。
モンスターがダンジョンから現れない保証など、誰にも何処にも無いのだから。
おまけにテレビ局の取材もあちこちに来ていた。
前言撤回しよう。
まるでではなく、これは完全にただの祭りだ。
どうやら俺は来る時期を間違えたらしい。
「一般開放の、翌日ですから。注目もされます」
「それはそうだが……」
「入ってしまえば、いつもの、ダンジョンですよ」
「確かに、それもそうだな」
琴音の言葉に従い、さっさと受付へ向かう。
ダンジョンの出入り口は管理されている。
巨大な穴なので何処からでも入れるが、協会は出入り口を一つに限定して出入りを制限しているようだ。
奥の方に進むに連れ、自衛官の数が多くなる。
当然のように武装していた。
少し前までだったら考えられない光景だ。
今でも自衛隊の派遣に意を唱える団体は存在し、抗議活動を日夜続けているらしいが、その団体に本物の日本人が何人いるのかは怪しいところだな。
受付に辿り着き、冒険者カードを提示する。
本来ならここで武器庫……武装を預ける部屋に通されるが、俺達は協会に協力する見返りとして、普段から武器を持ち歩いてもいい事になっている。
なので今日も自宅から武器を持ってきた。
無論、使用が許されるのはダンジョン内のみ。
街中などで暴れたら、通常よりも遥かに重い罪を背負う事になるのだか、まあそんな事はしない。
「協力、感謝致します」
受付の人からこんな事を言われて送り出された。
そして千葉ダンジョンへと足を踏み入れる。
プライベートダンジョンと違い、階段があった。
その階段を降りて行く。
ここにも光る石が至る所にくっ付いている。
モンスターの気配は……無いな。
「琴音、何か感じるか?」
「いえ……特には、何も」
「そうか、俺も同じだ。ぱっと見変わりは無いな」
プライベートダンジョンを思い出す。
あそこも最初は何もない。
––––階段を降りて数分後。
ようやく広い空間に出る。
プライベートダンジョンとは違い、通路ではなく体育館のように広いホールのような形だ。
それがずっと先まで続いている。
さあ攻略開始だ……と思っていたのだが。
「このっ、逃げるなっ!
「きゃっ!? 何こいつ、キモッ!?」
「おい! そいつは俺の獲物だぞ!」
琴音の予想は外れる。
なんと、ダンジョン内も人で溢れ返っていた。