19話・バザー
登録はとてもスムーズに終わった。
書類を書いただけで面接も無い。
これが自衛隊の便宜の力か。
勿論その内協力要請が来るんだろうけど。
そしてそれは、きっと断れない。
断ればこの関係は白紙になる。
まあ、やる気はあるから構わないが。
「バザーは……あの辺りか」
「……人の流れが、明らかに違いますね」
「とりあえず、最初は適当に見て回って、その後に俺達も出店しようぜ」
「総司さまのお心のままに」
バザー広場へと着く。
ここは本来自衛隊の演習場だ。
今日だけバザーを開く場所として開放している。
早速新人冒険者達が買い物をしていた。
しかしその値段を見て手ぶらで帰る者が殆ど。
買っているのは前から勝手にやってた者達だ。
さてと、どんな物が置いてあるかな?
「すまん、ちょっと見ていいか?」
「もちろん! よく見て選んでくれよ!」
スペースは一人につき学校の机二個分。
だから余り大きな物は置けない。
必然的に魔石系が多くなる。
目玉商品はやはり、スキルストーンだろう。
「ここのスキルストーンはあんたが出したのか?」
「ちょっと違うな。千葉のダンジョン産だ」
千葉のダンジョンと言うとまさに今居るここだ。
現在は四方八方を厳重な警備で固めているが、最初期の政府が把握し切れて無い時に潜ったのか?
それとも抜け道があるのかもしれない。
その時、脳裏に目黒自衛官がよぎる。
千葉ダンジョンの責任者は彼だ。
彼なら意図的に抜け道を作るかも……
根拠も何も無い、ただの勘。
だけど俺はそうに違いないと確信している。
あの人なら「冒険者の窓口を広げる為」とか言って権力を惜しみなく行使しそうだ。
「そんなに出るものなのか?」
「いや、俺一人じゃ無理だな。仲間が出した品もある、今日はギルドの代表で来てるんだ」
「ギルド?」
男が聞き慣れない言葉を発する。
いや、ギルド、という単語そのものは、ゲームで飽きる程聴いてきた馴染み深い単語だ。
日常会話ではほぼ聞かない言葉としてである。
「冒険者の集まりだよ、集団で攻略するんだ」
「そういう仕組みも既に出来上がってるのか」
「まあな、大人数なら安全だし、こうして余剰を売りに出せるくらい儲けられる」
にひひ、と笑う男。
よく見ると服装がブランド品だらけである。
相当稼いでるようだ。
ギルド、ね。
集団での攻略は考えた事もなかった。
確かにアイテムのドロップ率は高まるだろう。
とは言え、人が集まるからこそ、必ず何かしらのトラブルが起きる事は容易に想像出来る。
俺はそういうのは御免だ。
「手に取ってみていいか?」
「もちろん」
幾つか手に取ってウインドウを表示させる。
スピードアップのスキルストーン
ランク:C
スピードアップを習得する。
速度を一時的に上昇させる魔法。
盾術のスキルストーン
ランク:C
盾術を習得する。
フロストバレットのスキルストーン
ランク:B
フロストバレットを習得する。
氷の弾丸を射出する魔法。
ウォーターフォールのスキルストーン
ランク:C
ウォーターフォールを習得する。
流れる水のバリアを発生させる魔法。
どれも興味深い。
とくにフロストバレット。
ランクBの魔法……さぞ強力なのだろう。
それだけに値段もずば抜けて高い。
一千万とか、普通に書かれてる。
買えない事は無い。
だが俺はもう一つの魔法に注目していた。
「これを売ってくれ」
「ウォーターフォールのスキルストーンだな?」
「ああ」
五百万を支払う。
他のスキルストーンに比べたら安い。
勿論購入した理由はそれだけでは無い。
「総司さま、何故、そのスキルストーンを?」
「ん? まあ、応用が利きそうな魔法だったからな。折角なら色んな事に活用できるモノが良い」
スキルストーンを受け取り、早速習得した。
体にナニカが入り込む感覚。
不快では無いが、かと言って心地良くもない。
「これで俺も魔法を……」
「おめでとう、ございます」
隣で琴音が祝福してくれる。
遂に、念願の魔法を覚える事が出来た。
妙な感慨深さに暫く浸る。
魔法……魔法かあ。
自分が手にしてもう一度強く実感する。
この世界は、変わってしまったのだと。
魔法は俺に取って身近で、遠い存在だった。
様々な創作物で魔法は登場する。
しかし当たり前だが、現実には存在しない。
その力を、俺は手にしたのだ。
「……琴音」
「はい」
「ダンジョン攻略、進めて行くぞ……!」
この時の俺は、大層な笑顔だったらしい。
◆
午後二時過ぎ。
琴音の作った弁当を二人で食べ終えたあと、俺達は椅子と机を並べ道行く人々を眺めていた。
「セッティングはこんなもんか」
「問題、無いかと」
バザーはまだまだ続く。
今度は俺達も売る側に回る。
品物はドロップ産の武器が多い。
俺は片手剣しか使わないから、それ以外のドロップアイテムの武器を売るのが目的だ。
「あ、あの、これ見ていいですかっ!」
「どうぞ、ご覧になって、ください」
主に琴音が接客を担当する。
俺は品物の解説役だ。
だが、そんな事を聞く奴は一人も居ない。
「は、はい、ありがとうございます……!」
三十代後半くらいの男性は、今も品物を見るフリをしながら琴音へ熱い視線を向けていた。
本人は隠せてると思っているのがまた哀しい。
黙ってやるのが男の流儀か……
とまあ、このように。
来る奴全員が琴音目当てな現状である。
当然品物はちっとも売れない。
琴音は顔が良い、美少女って奴だ。
それも大和撫子然とした佇まいと雰囲気で、如何にも日本人男性が好きそうなタイプ。
ここまで人気が募るとは思ってもいなかった。
女性冒険者が珍しいのも、多少はあるだろう。
時折ジロジロと舐め回すような視線が送られてくるが、魔力を発すると大体ビビって散って行く。
「中々売れないなあ……」
「申し訳、ございません……総司さま……」
琴音が心底申し訳なさそうな感じで謝る。
いつも言ってるが、彼女は腰が低すぎる節がある。
もっと自分の我を通していいのに。
「別にお前が謝る事じゃないだろ」
「しかし……」
「ま、今日は講習会のついでに来たようなもんだ。売れなくても問題ないし、もう帰るか」
「総司さまが、そう仰るなら……」
「帰りに甘い物でも食べて帰ろう」
そう言って品物を片付け始めた、その時。
筋骨隆々の屈強な男が目前にやって来た。
俺と同じ目線だから身長は百八十センチメートルくらい。
如何にも冒険者って感じの男だ。
男は無言で幾つかの武器を見定める。
そして一本の槍を手に取った。
余談だが、武器の取り扱いには冒険者協会が正式に許可を取っているので、このバザーにおいては武器の携帯及び販売が認められている。
「これが欲しい、いくらだ?」
「それなら十万だな」
「……分かった、払おう」
懐からおもむろに札束を出す男。
そこから一万円札を十枚抜き、琴音に差し出す。
相当稼いでいるな。
彼はその後そそくさと行ってしまう。
「なんか、やたら急いでたな」
「他に、用事があるのでは?」
普通なら琴音の言う通りだ。
けれど、俺は妙な違和感を拭えずにいる。
きちんと売れたし、気にするような事では無い。
……だが、俺の嫌な予想は的中してしまった。
「おい、あんたら。ちょっといいか?」
「何だ……て、さっきの客か?」
全て片付け終え、帰ろうとした時。
先程の男が苛立ちながらやって来る。
直ぐ近くには仲間も待機していた。
全員槍や剣で武装している。
穏やかな雰囲気では無さそうだ。
「よくも騙しやがったな、金を返せ!」
「はあ?」
「惚けるな、見ろよこの槍の先」
それはさっき俺達が売った槍だった。
一度も使ってないので新品の筈。
なのに刃先がボロボロになっていた。
「魔法かなんかで騙しやがったな、詐欺師が!」
「言いがかりはやめてくれ、自分でやったんだろ」
「そんな証拠何処にある」
「逆に聞くが、俺達が詐欺を行った証拠はあるのか?」
「うるせえ、黙って金を返せ!」
それが合図なのか、男の仲間達が俺達を囲む。
全員ニヤニヤと笑っていた。
どうやら俺達は、面倒な奴らに絡まれたらしい。
全く、詐欺師はどっちだよ……勘弁してくれ。