15話・不穏な影
「いらっしゃい! て、何だ兄ちゃんか」
大きな声が店内に響く。
ドウジマ店主は相変わらず快活だ。
着ているエプロンが最高に似合ってない。
しかし本人はオシャレだと思ってる節がある。
何を着ようと公序良俗に反しない限り個人の自由なので、直接なにか言うつもりは無い。
「今日は俺だけじゃない」
「ん、そうなのか?」
そう言うと、俺の背中からぴょこりと現れる人影。
言うまでもなく琴音だ。
今日の彼女は白いワンピースを着ている。
着物よりかは目立たずに済む、かな?
「ダンジョン攻略の仲間だ」
「へえ、お嬢ちゃんが?」
「庭園琴音です、以後お見知り置きを」
一挙一動研ぎ澄まされた礼をする琴音。
そんな彼女にドウジマ店主は若干たじろぐ。
如何にもお嬢様って雰囲気の子だからな。
とても冒険者とは思えない。
「お、おう、よろしくな!」
「はい、こちらこそ」
「それでドウジマさん、今朝の事なんだが」
「––––ああ、そのことか」
今朝の事。
それだけでドウジマ店主には伝わったようだ。
冒険者同士なら、あの話題しかない。
「どう思う?」
「これまた、大雑把な質問だな」
「純粋な感想が知りたくて」
ドウジマ店主は真剣な顔つきで考える。
そして、自分自身の答えを出してくれた。
「遂に来たかって気持ち半分に、ようやくかって気持ちが半分ずつだな、俺は」
声音は真剣だが、最後の方は何処か呆れていた。
遂に来た、という気持ちは俺も同じである。
しかしようやくとは、どういう意味だ?
直ぐ本人に聞いてみる。
すると、目を細めながら彼は言った。
「対応が少しばかり、遅すぎたな。外国の殆どは既にダンジョン産の資源を調べて、生活は勿論……軍事関連の技術に応用出来ると結論付けている」
「それは、つまり?」
「奴さんは戦争仕掛けるつもりなんだよ、他国に」
戦争。
ドウジマ店主からまたこのワードが出て来た。
彼は海外の事情に相当詳しいようである。
「少し考えれば分かる事さ。ダンジョンでレベルを上げれば強くなるし、魔法も覚えられる。それこそ弾丸やミサイルが意味を失くすくらいに」
「けどこんな時代に戦争なんて、あるのか?」
俺は訝しげに問う。
ドウジマ店主の理屈も分かる。
だがしかし、この時代に先進国の面々がおおっぴらに戦争なんて始めたら、どうなるのか。
激しい戦闘が起こるのは、子供でも分かる。
それに戦争はやたらと金が掛かるものだ。
時間と金、信用を捨ててまで起こすだろうか。
「こんな時代だからさ。キッカケと戦力さえあれば、どの国もおっぱじめる……小さなコミュニティの中で暴力を使って物事を解決するのは愚策だが、それが国家単位になれば話は変わる。国家同士の拗れの行き着く先が戦争なのは、歴史が証明してる」
「……」
俺は何も言えなくなる。
そして、日本が戦場になる未来を想像した。
通常の人間の身体能力を大きく上回るレベル持ちの兵士が、範囲攻撃の魔法で攻めてくる。
しかも彼らに銃器の類は効かない。
恐るべき人間兵器だ。
「何処とは言えないが、人口世界一のあの国はとっくにダンジョンの一般開放をしている。それどころかレベル上げを法律で義務付けるとか」
「……ドウジマさん、あんた何者だ?」
ドウジマ店主の全てを信じる訳じゃない。
だがしかし、もしそれが全て本当なら。
彼は余りにも情報を知りすぎている。
とても一般人とは思えない。
「なに、俺はただのリサイクルショップの店主だ」
「どうだかな」
ニヤリと笑うドウジマ店主。
しかし、次の瞬間には笑みが消えた。
手招きしてくるので、近くに寄る。
彼は耳元近くで小さく囁いた。
「……レベルの高い冒険者に目を付ける、それが俺に与えられた役目なのさ。あんたは面白い奴だから、忠告しておくぞ? もう二度と、この店には来るな––––所詮俺も『鼠』だ、飼い主には逆らえない」
余りの内容にギョッとする。
一瞬何かの冗談かと思う。
だが、店主の顔と声は真剣そのもの。
嘘を言っているとは思えない。
「今この国は、本当に危険な奴らに狙われてる。兄ちゃんの想像以上にヤバイ状況になっているぞ」
「……ああ、分かった」
こくりと頷く。
秘密の話しはそれで終わった。
ドウジマ店主はいつもの調子に戻る。
俺も平静を装う。
「総司さま、お加減が優れないのでは?」
「いや、そんな事無いぞ?」
「それなら安心なのですが……」
琴音には後で説明しよう。
今は自分の中で与えられた情報を整理したい。
これは言わば、チャンスだ。
ドウジマ店主がくれた、一度限りのチャンス。
ダンジョン。
この謎の地下空洞の所為で、何もかも変わった。
一般人でしかなかった俺が陰謀に巻き込まれるなんて……利をもたらすだけなら良かったのに。
物事はそう簡単に上手くいかない。
ならきっと、今回もそうなのだろう。
過去の記憶が蘇る。
全てを失ったあの日を。
だが、前回と違う事も沢山ある。
俺は強くなった。
情報も持っている。
心強い仲間も出来た。
なら、何を恐れる必要がある。
理不尽なんてぶっ壊せ。
人の想いなど吐いて捨てろ。
自分のまま、自分優先で生きる。
俺はそう誓ったのだから。
まずは、もっと強くなろう。
今日店に来たのはその為だ。
俺も琴音も、そろそろ武器を新調したい。
いつまでも下位のアイテムじゃな。
「琴音、良さそうなのがらあったら言えよ」
「はい。心得ています」
「ダンジョンでの武器は命綱みたいなものだからな、変な遠慮とかは必要無いぞ?」
「琴音の身を案じてくださり、ありがとうございます、総司さま」
そう言って、俺も自分の武器を探す。
欲しいのは勿論片手剣だ。
出来るだけ良い物が欲しい。
この店には、もう二度と来ないのだから。
「お、これなんて良さそうだな」
持ち手と刃の間に青色の宝石が埋め込まれた剣だ。
片手で扱える長さと重さのように見える。
実際に手に取って、ランクを確認した。
カーバンクルジュエルソード
ランク:C+
カーバンクルの力が込められた剣。
精神攻撃に耐性を得る。
ランクもまあまあだ。
値段は十五万円と値札に書かれている。
手が出せる範囲なので、これを買う。
「琴音、俺はこれにするけど、お前は?」
「琴音はこの品物を……」
「へえ、良いじゃないか」
サンダーロッド
ランク:C
雷魔法の威力を上昇させる杖。
闘魂グローブ
ランク:C
素手を覆う手袋。
MPを消費すると鋼鉄のように硬くなる。
スリリングブーツ
ランク:C
つま先と踵に刃が仕込まれた靴。
どれも琴音の戦闘スタイルに合ったものだ。
金額は合計で……四十万か。
想像よりも安かった。
サンダーロッドが二十万。
グローブとブーツが一つずつ十万円。
魔法は人気があるから、杖は高めなのだろう。
対して近接武器はそこまで需要は高くない。
それでも十万円もするのだが。
「ドウジマさん、これ全部買うよ」
「あいよ、毎度あり!」
ピッタリの額を渡す。
そのまま持ち歩くと確実に職質を受けるので、グローブとブーツは紙袋に、剣と杖はバイオリンケースのように見える箱に入れて持ち帰る。
ケースはドウジマ店主がおまけでくれた。
映画とかでよく見るな、バイオリンケースにスナイパーライフルが収納されているとか。
「じゃあ、俺達はこれで」
「おう! またな!」
「……ああ、またいつか」
荷物を背負い、リサイクルショップを後にする。
ドウジマ店主は最後まで笑っていた。
一体、彼の身に何が起こっているのか。
知る由もないし、知ったところで何も出来ない。
ただ、気をつけよう。
俺達の知らないところで、悪意は成長している。
もっと視野を広げよう。
自分の自由を、守る為にも。