13話・彗星剣
この光は……!?
眩い光を放つ片手剣。
俺の動揺を置き去りに、ウインドウが現れた。
必殺技解放
対象:片手剣術
解放技・彗星剣
必殺技、だと?
そんな情報聞いた事無いぞ。
だが今は何でもいい。
この状況を打破出来るなら!
「う、おおおおおおおおおおっ!」
右腕に力がみなぎる。
全く別の世界から力を注がれるような感覚。
同時に青白い輝きも一段と増していく。
溢れんばかりのエネルギーを、俺は解放した。
「––––彗星剣!」
瞬間、小さな星が輝いた。
青白い閃光は弧を描き、何往復もする。
身体が勝手に動いた気がした。
自動的に最適解な動きを強要される。
だが、それでいい。
彗星の如き輝きと速度。
一振りの内に蔓は斬り裂かれていく。
遠慮も加減も無い。
成る程、これは確かに必殺技だ。
使えば最後、必ず敵を屠る。
気付けば俺は普通に立っていた。
周りには無数の蔓の残骸が転がっている。
ヘルフォレストの猛攻もピタリと止まった。
俺の強さを図りかねてるようだ。
いいぞ、このまま作戦を実行に移せる。
俺は小さく微笑みながら–––力尽きて、倒れた。
それはもう、パタリと。
糸が切れた人形のように。
地面とぶつかった衝撃が、脳に響く。
ああ、痛いな。
だけどこれで……誘い出せる。
ザワ、ザワ、ザワ。
徐々にヘルフォレストが動き始める。
木の葉を揺らし、枝葉を伸ばす。
それは俺の奮闘を嘲笑っているかのよう。
しゅるりと片足に蔓が巻き付く。
俺はそのまま引き摺られた。
顔の皮膚が次第に汚れていく。
汚れだけでなく、傷も付いている。
けれど、俺は内心で笑っていた。
何故なら既に、俺の勝利は決まっていたからだ。
数分後、とある所に投げ出される。
どかっと地面に叩きつけられた。
力が入らないので立てない。
首だけを動かし、辺りの様子を伺う。
そこには様々なモンスターの死骸が転がっていた。
どれもこれも見た事のあるモンスターばかり。
特に目を引いたのはオオトカゲだ。
皮膚と骨だけの萎んだ遺体である。
もしかして、あの時のオオトカゲはヘルフォレストから逃げる為に階層を乗り越えていたのかも。
同じモンスターでも、規模が違いすぎる。
例えそうだったとしても不思議では無い。
よく見れば、他の死骸もやたらと萎んでいる。
中身をごっそり吸われたような最期だ。
嫌な悪寒が、背中を震わせる。
「……きたか」
真上から何かが降りてくる。
それは一つの大きな果実だ。
赤黒く、ドクドクと脈打っている。
その果実から何本もの管が生えていた。
恐らくここに連れてこられたモンスターは、全てあの管に刺され中身を吸われて死んだのだろう。
蚊の何倍もあるスケールだ。
中身を吸われるなんて、想像するだけで恐ろしい。
だがヘルフォレストには関係無い。
ゆっくりと管が伸ばされる。
管は二本で、それぞれ頭と心臓近くに伸ばされた。
あれが突き刺されば、文字通り終わりだ。
地獄の苦しみを味わいながらゆっくりと死ぬ。
だから生きたまま連れて来たのだろう。
恐怖に歪む獲物の顔を見る為に。
本当、性根まで歪なモンスターだ。
意思や感情を持っていてもおかしくない。
擬態している辺り、知性はあるのだろう。
だからこそ、ヘルフォレストは負けるのだ。
「彗星剣!」
覚えたばかりの必殺技を放つ。
リキャストタイムが終わっていたので使った。
ナイフを投擲するつもりだったが、今ならこの方法の方が確実に仕留められるので問題無い。
彗星剣は高速の剣技だ。
魔力と体力を失うが、素早く敵に接近出来る。
そして目にも止まらぬ速さで斬撃を浴びせるのだ。
眩い閃光が何度も煌めく。
抵抗する時間なんて与えない。
最速、最小の動きでダメージを与える。
ヘルフォレストの果実が微塵切りにされた。
同時に、周りの植物が見るみる内に枯れていく。
そう、あの果実こそがヘルフォレストの核である。
俺は疑問に思っていた。
何故ヘルフォレストはさっさと殺さないのか。
その癖攻撃だけは必要に狙ってくる。
そこから考察した。
殺さないのではなく、殺せない。
命を奪えない何らかの理由があるのでは、と。
その答えがこの核と管である。
恐らく、ヘルフォレストは生きた生物でないと管から栄養を摂取する事が出来ない。
だから俺を殺さずに、生きたまま連れ去った。
俺はこうなる事を予見し力尽きたフリをしたのだ。
イチかバチかのギャンブルに等しい行為。
賭けるのは己の命そのもの。
だが俺は、賭けに勝った。
「お前がもっと機械的なら、負けずに済んだのにな。まあ、それならそれで他の対処法を考えたが」
植物が全て枯れていく。
やがては塵となり、森そのものが消え去った。
◆
「琴音!」
急いで琴音の元へ駆け寄る。
最後に見た彼女は満身創痍だった。
無事である事を祈る。
「……総司、さま」
「琴音、そこか!」
「ご無事で、何よりです……」
琴音は仰向けに倒れていた。
直ぐに駆け寄り、だき抱える。
どうやら傷は治癒魔法で癒したようだ。
しかし、失った体力までは戻せない。
だから倒れていたようだ。
「おい、意識はあるか?」
「はい……何とか」
「そうか……」
「お見苦しいところお見せして、申し訳ありません」
弱々しい声で琴音は言う。
こんな時まで、俺のことか。
「今は自分の心配をしろ」
「ありがたき、幸せ……琴音は、嬉しい、です」
「ほら、帰るぞ」
彼女を背負う。
驚く程に軽かった。
「ん……あれは、ドロップアイテムか?」
緑色のマントが無造作に置かれていた。
マントと言うより、フード付きのローブだ。
片手で軽く触れてみる。
深緑の衣
ランク:C+
意思持つ巨大植物の力が付与された衣。
装備すると魔力攻撃の威力が上昇する。
纏っている間は体力の消耗を抑える。
おお……C+ランクのドロップアイテムだ。
中々使えそうな効果を持っている。
折角なので羽織ってみる。
かなり大きく、背負っている琴音も覆ってしまう。
「総司さま、このアイテムは……?」
「今回のドロップアイテムだよ」
「何やら、私にも装備の影響があるようで」
「本当か? 触れていれば重複するのか」
なら体力消耗減少の効果は琴音にも現れる。
丁度良いアイテムだと言えよう。
あとはいつも通り魔石が出たので回収しておく。
かなり大きく純度が高い。
言い値で売れる事間違い無しだ。
アイテムも手に入れたし、今度こそ帰ろう。
なるべくモンスターとの戦闘は避けて行く。
二人共限界を超えたからな。
そういえば……琴音の新しい魔法。
あれはいつ覚えたんだろう?
「琴音、新しい魔法はいつ覚えたんだ?」
「プラズマレーザーの事、ですか?」
「ああ。あの時は本当に助かった、ありがとう」
諦めかけていたあの時。
琴音の魔法は、本当に『光』だった。
絶望に差し込む、ひとすじの光。
あの輝きにどれだけ救われたことか。
「プラズマショットを使っていたら、習得したんです。新しい魔法を解放した、という文字も現れて」
「琴音もか……」
新しい魔法、それに加えて必殺技。
俺は一つ仮説を立てる。
スキルは使い続ける程、練度が増していく。
そして一定の条件を満たせば、次の段階へ進む。
それが新しい魔法や必殺技だ。
熟練度とでも言おうか。
目には見えない数値が設定されているのかも。
確認出来ない数値は、ゲームではお馴染みだ。
全てをゲーム中心に考えるのは危険だが、ダンジョン関連の事象は余りにもゲームと酷似している。
ある程度は、ゲームと同じと考えていい筈。
それが危機を招く可能性もあるが……本人が己を戒めて行動すれば、きっと有益な情報源になる。
「少し走るから、舌を噛まないよう注意してくれ」
「はい、総司さま」
小走りでダンジョン内を駆け巡る。
帰還の最短ルートは既に組み上げられていた。
あとはどれだけモンスターと遭遇しないかだ。
俺は祈りながらも、歩みを早めた。