1話・全ての始まり
朝起きたら、世界が一変していた。
どの放送局も同じ内容を放映している。
その内容は余りにも稚拙と言えよう。
二十歳を超えた大人達が、真面目な顔と震えた声で謎の地下洞窟とか未確認生物だとか言っている。
しかし、残念ながら全て真実だ。
事の発端は深夜。
どうやら、人々が寝静まってる間に起きたようだ。
世界中に謎の地下洞窟が出現。
森や町を飲み込み、巨大な穴を作ったのだ。
穴の大きさはマチマチ。
町一つを飲み込むような大穴もあれば、直径50メートル程の比較的小さな穴だったりと多彩だ。
そして、重要なのは穴の中。
なんと未確認生物が生息しているらしい。
宇宙人は実在したのかも。
地底人の可能性の方が大きいか。
まあどちらにせよ、穴の住人達は我ら地球の人類に友好的では無かった……寧ろ、積極的に攻撃してくる。
そんな危ない連中だと世界は判断したようだ。
何せ外見が本当にバケモノなのだ。
歩くイノシシだったり、獅子だったり。
緑色の肌をした小人も確認されていた。
穴の入り口付近で目撃されている。
近付いた人間に襲い掛かっていた。
既にネットでも画像や動画が拡散されている。
作り物……では、無いんだろうな。
本物の生きた生物って感じがする。
襲われている人も、血を流しているし。
一部の界隈では『モンスター』と呼んでいるとか。
謎の地下洞窟は『ダンジョン』。
まるでゲームのようだな……
そう、ゲームだ。
ダンジョンにモンスター。
当てはまる項目は多い。
この星に今、何が起こっているのか。
日本政府は緊急会見を開いた。
自衛隊を派遣し、各地のダンジョンを封鎖している。
ダンジョン付近の住民には屋内待機が出ていた。
テレビから流れる映像を見る。
自衛隊の車両が何台も走り、上空にはヘリ。
海外ではもう死人が出ているようだ。
グロテスクな映像も時折流れる。
戦時中にでも放り込まれた気分だ。
俺は朝からパソコンに噛り付いて情報を集める。
今日は休日なので問題無い。
ネットのサイトは朝から大騒ぎだ。
一つひとつ、じっくり確認していく。
どさくさに紛れて嘘を流してる奴もいるからな。
だが、今回の件に関しては真実が多い。
嘘のような真実が、だ。
昼過ぎまで情報を集める。
休憩も兼ねて、一旦情報を整理しよう。
まず地下洞窟の名称がダンジョンで定着した。
日本政府もダンジョンという単語を使っている。
何せ、内部の構造が本当に迷宮だからだ。
政府はカメラを持たせた調査隊を派遣し、内部構造の把握に成功したが、調査隊は全滅。
第二陣もモンスターの襲撃に遭い全員死亡した。
モンスターの脅威は凄まじい。
映像を見る限り、銃火器の類は効かないようだ。
調査隊が惨殺されている映像を誤って流してしまった政府の人は、きっと明日から無職だろう。
そんな訳でダンジョン内は非常に危険なのだ。
だが、人の好奇心は恐怖を超える。
何人かの一般人がダンジョンに入ったのだ。
そして得た情報をネットに流している。
弱いモンスターなら素手でも倒せるとか。
モンスターを倒すとアイテムがドロップするとか。
レベルやスキルを手に入れる事が出来るとか。
……正直言って、全て怪しい。
けれど俺は、とある動画を見て考えを改めた。
魔法だ。
ダンジョンに入った人が、魔法を覚えた。
何もない空間から火の玉を出している。
合成では無いのは少し調べれば直ぐ分かること。
結果、魔法は実在した。
––––こうしちゃいられない!
俺の中でふつふつと、何かが湧き上がる。
ダンジョン、モンスター、レベル、魔法。
どれもこれも馴染み深い。
あくまで空想の中でなら。
だけど……今は、違う。
ダンジョンも、モンスターも、レベルも魔法も。
確かに存在するのだ。
不謹慎なのかもしれない。
実際に死人も出ている。
けど、俺の瞳はキラキラと輝いていた。
『あの時』から俺の世界は灰色だった。
何をしても薄い達成感。
人間関係も面倒で切り捨ててきた。
創作物の世界に没頭するようになったのは、一人で楽しめてかつ、現実逃避するのに打ってつけだったから。
興奮している自覚はある。
早く、ダンジョンに潜りたい。
俺は家の中を駆け回り必要な物を集める。
懐中電灯、薬箱、替えの服、食料。
あとは……武器か。
武器になりそうな物なら、地下室にあるかも。
我が家には心配性だった父が作った、避難用の地下室が一つ備えられている。
久しぶりに開けるな……
そう思いながら地面を調べる。
思ったより早く、入り口を見つけられた。
鍵を差し込み、回す。
ガチャリと音を立てながら、扉は開いた。
「…………は?」
そして、俺の意識は止まる。
地下室への入り口。
扉の先には当然、地下室があって然るべき。
なのにその地下室が何処にも無い。
あるのは薄暗い……闇への入り口。
似ている。
ダンジョンの入り口と、とても似ていた。
まさか、な……
もう一度扉の先を見る。
やはり、見間違いでは無いようだ。
扉の先は全くの知らない世界。
つまり、こういう事だ。
自宅の地下に––––ダンジョンが出来た。
朝から信じられない事の連続だ。
そろそろ脳がパンクしそうである。
空想だと思ってたダンジョンの出現。
そのダンジョンが自宅の地下にも出来た。
一体どんな確率だ。
だけど、無いとは言い切れない。
ダンジョンは何処にでも現れる。
なら住宅街の地下に出来てもおかしくない。
実際、町一つを飲み込んだダンジョンがある。
それの規模が小さいだけ。
となると、政府が把握してないダンジョン、もしくは誰からも認知されていないダンジョンは、まだこの地球上に沢山ありそうだ。
それこそ無人島とか、北極や南極にもあり得る。
可能性は無限だな。
とにかく、やる事は変わらない。
寧ろ手間が省けた。
騒ぎでも一つ起こし、混乱に乗じてダンジョンに潜り込もうと考えていたが、そんなリスクを侵さずとも、ここなら安全にダンジョンへ挑める。
ただし、内部までも安全な保障は何処にも無い。
いや、確実に危険が広がっている。
モンスターは凶悪だ。
ダンジョンは言わば、モンスターの巣穴。
そこに飛び込もうとしてる俺は馬鹿なのだろう。
馬鹿でもいい。
俺は生まれて初めて……心の底からやりたい事を見つけられたのだ、後悔なんて絶対にしない……と思う。
ああもう、難しい事を考えるのはやめよう。
腰に吊るした懐中電灯を手に取り、スイッチオン。
ダンジョンの先を照らす。
入り口は緩やかな斜面になっていた。
これなら直ぐに入れる。
大丈夫……一番弱いモンスターなら、素手でもギリギリ倒せるとネットには書いてあった。
多くの情報を集めて裏は取ってある。
思えば武器も、持ち出す意味が無かったな。
ダンジョン内には独自の法則が働いている。
外から持ってきた武器では、モンスターに傷一つ付けれないのは調査隊の全滅で想像もしやすい。
傷を与える方法は、二つ。
己の肉体か、ダンジョン内で手に入れたモノ。
その辺の石ころが一番マシな武器だとか。
分かりやすくて大変助かる。
俺は意を決して、ダンジョンに突入した。
斜面を滑るようにして降りる。
数分で斜面は平面に変わった。
「ここが、ダンジョン……!」
剥き出しの岩肌。
それが左右、上下の壁。
天井から生えている緑色の石が灯りの代わりか、ダンジョン内は意外にも明るかった。
空気は冷たく、少し肌寒い。
とは言え気になる程では無い寒さだ。
構わず通路を進む。
暫くは一本道のようだ。
床も岩のように硬いので、歩き難い。
体力の消耗も早まりそうだ。
なんて思った時。
突然、左側の壁が破裂した。
石飛礫で宙を舞う。
俺も反対側まで吹き飛ばされた。
「……がっ、ぐ…………!」
いきなりアクシデント発生。
直ぐさま体勢を立て直す。
視線の先には、巨大なトカゲが息を切らしていた。
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