~意識を変える~
~意識を変える~
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目覚ましだ。枕元にある目覚まし時計を止める。すぐに携帯を見る。表示は9月8日。朝7時。あの事故が起きる当日の朝だ。
彼女たち二人に声をかける。どうやったらそれが出来るのか。考えていた。一人が振り向いても、もう一人が動く可能性がある。
じゃあ、二人に話しかけるか?落し物がどっちがわからないのに二人に声をかけるのは不自然ではないのか。どうしたらいいのだろう。
「夏樹?今日学校休むの?行くの?」
母親から言われて気が付いた。学校に行くのも行かないのも自由と言っている母親だが学校には絶対に連絡を入れる。
「行くよ。今から出るから」
とりあえず、遅刻にはならない時間だ。考えはまとまらないけれど学校に行こう。
駅からは少しだけ登り坂になっている。道路には銀杏の木が等間隔にある。まだ9月も始まったばかり。銀杏が色づくのはもっと先だ。日差しがきつく、アスファルトの照り返しが熱い。
そう、今回は乗った電車が一つ遅かった。だから早歩きになる。
「夏樹、おはよう」
前回と違って僕が一本電車を乗り過ごしている。でも、目の前には良太がいる。笑っているが僕の「ありえない」という表情を見て良太の目つきが変わった。
「ああ、おはよう。今日は何かあったのか?遅くない?」
自分の行動で相手の行動が変わることがある。でも、僕は良太に何かをしたとは思えない。良太が言う。
「だって、夏樹がいつも乗る電車に乗っていないから一つ待ってみようと思ってあそこに入って待っていたんだ」
そう言って良太が指差したのはパン屋だった。そして手には袋を持っている。そう言えば、良太は焼きそばパンとメロンパンを食べていたはず。あれはこのパン屋のパンだったのか。
「ここのメロンパンは絶品だよ。一度食べてみた方がいいよ」
良太は満面の笑顔で僕を見る。この笑顔に何度救われたことだろう。まあ、おかげでクラスの女子からは変な噂を立てられている。
「あの二人って怪しくない?」
怪しくないからね。
「でも、夏樹なら街でジャグリングをしたら色んな人から差し入れとかもらえそうだよね」
こんな会話はなかった。毎回思うことがある。良太の行動は僕の機微な行動でどんどん変わっていく。一体何を感じ取っているのだろう。
「そんなことないよ」
「ウソだ。あの、お客さんにカラーボックスを渡して、投げてもらうやつなんかしてもらったら一体感とかあってものすごく楽しそうなのに」
「あれ、結構大変なんだよ。どこに投げてくるのかわからないから顔は笑っているけれど、ものすごく集中しているのだから」
そう言いながら思ったのだ。そうだ。あの広場でジャグリングをして二人が交差点に行くのを少しでも遅らせればいいのだ。ならばすぐに行動しなければ。
「なあ、ちょっと良太にお願いがあるんだけれど、僕が体調悪くなったから学校急きょ休んだって先生に伝えておいてくれないか」
「いいよ。頑張ってきてね」
そう言って優しい目で見つめる良太を背に僕は走った。まず、広場でジャグリングをするには申請がいる。
坂下さんか祝園さんがどちらかにお願いをしないといけない。できれば坂下さんがいいが忙しい。そして祝園さんは結構不思議な人だ。
この街は地方都市だ。だから地方テレビが地元を取りあげている。実際坂下さんはテレビ局の下請け、制作会社の人だ。だが、情報を集めるためといい色んな所に顔が効く。
この坂下さんが見切った店は確実にテレビにも新聞にも取り上げられない。コミュニティー誌だとわからないけれど、それこそ道路に置いてある誰が読むのかわからない雑誌に乗るかどうかだ。
だから、今日の夕方に坂下さんに会いに行こうと思っていたんだ。そして、この時間は確実に寝ているか、仕事をしている。あの人は基本的に夜型だ。たまに、徹夜をしているが。でも、わかっていても、広場を使うには申請書がいる。
今日の夕方は誰もあの広場で何もしていなかった。ということは誰も使用をしていないということだ。だとしたら大丈夫だ。僕が申請書を書いて管理会社に提出をする。
ただ、高校生ということで保証人が必要になる。こういう時両親は絶対に協力をしてくれない。僕がテストで良い点を取る事には何も言わないけれど、ジャグリングやライブなどの参加には協力をしてくれない。そういう行動は両親の理解の外なんだ。
だからこそ、坂下さんの協力が必要だ。祝園さんでも大丈夫だけれど、坂下さんが一本電話を入れてくれるだけで扱いが変わるし、タイムリープするのなら坂下さんの方が安心できるのだ。祝園さんは行動が読めない要注意人物だ。
まず、携帯で坂下さんのラインを送る。
「ちょっとお願いがあるのですか?今日○○駅の広場で夕方少しだけジャグリングをしてからそちらに行こうと思うのですが、保証人になってもらえませんか?」
もちろん、既読になんてすぐにならない。それはわかっている。とりあえず○○駅まで行く。
その駅舎の中に広場の管理会社がある。はじめ、そんなところにあるなんてしなかった。普段行かない場所。地下街の階段の横に鉄の扉がある。そこを開けて歩いて行った先にあるのだ。絶対に知らないとこんなところ入らない。
同じクラスメイト何人かにすれ違った。多分何かを言っているのだろう。だが、気にしない。そんなことを気にしていたらやってタイムループからの脱出なんてやってられない。
だが、電車は朝で本数が多いと言っても本数は限られている。後15分は電車を待つことが分かった。その間に祝園さんにも同じ内容のラインを送る。すぐに返信が来た。
「いいよ。何時に○○駅で待合せ?こっちはいつでも大丈夫だよ」
この人は謎だ。大体ここからだと電車で30分くらいかかる。
「45分後に中央改札でも大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。待っているね」
祝園さんの家は確かに○○駅に近い。というか一駅だけ離れている。だが、9時過ぎに軽く出てこられる大人と言うのがよくわからない。
資産家なのは知っている。この○○駅付近の商業ビルを所有しているのが祝園一族で、その管理をしているのも知っている。
といっても、祝園さんが働いている所を見たことがない。一度祝園さんに聞いたら笑いながらこう言ってきた。
「なんかね、会社にボクがいると誰かが相手をしないといけないからいないほうがいいんだって。だから、ボクは空気を読んで働いていないだけさ」
そう言いながらその時は「働いたら負け」という書かれたTシャツを着ていた。そのTシャツを着ているキャラが好きなのか、ネタなのか本当なのかまったくわからない。そして、この祝園さんは自分に何か能力があると信じている。
「いやね、ボクは空気を読む力だけはすごくあるんだ。でも、思ったんだよね。ひょっとしたらこれは超能力なんじゃないかってね。まあ、この能力は今の所はね月一回のボクの仕事で役立っているくらいなんだけれどさ」
話しを聞いたのはいつだったか覚えていない。ただ、よくわからない喫茶店で話していた。どれだけ遊んでもなくなることのないお金があると言う。
「まあ、ボクはちゃんと働いているよ。これでも役員だから月に一回役員会という会議に出ないといけないんだ。
そこで周りの空気を読む。問題なさそうなら判を押して、ちょっとでも不穏な空気があったら差し戻す。
それが僕の仕事さ。だって、自信がない案件ってちょっと空気が悪いんだよね。ほら、店に入るのも同じ。
メニューを選ぶのも同じ。ちょっとでも空気が悪かったら行わない、避けて通る。そうしていたら、全然問題ない人生が過ごせているんだよ」
僕には話しのほとんどがわからなかった。ただ、確かに祝園さんは空気を読むのがすごい。
タイムリープをしていて、良太と同じくらいこの人は僕のちょっとした行動の違いで全く想像できない事をするのだ。同じ場所で同じことを言ったとしてもだ。
これはタイムリープをしている僕からすると予想できないことを祝園さんが毎回するから困るのだ。
ループをしても毎回違う行動を取る。坂下さんは一言で言うと大雑把だ。僕がちょっとくらい変な行動を取っても全く気にしない人だ。
だから安心できる。けれど、坂下さんはいつも忙しい。僕が無理なお願いを言える大人は限られている。今回に関しては坂下さんと祝園さんしか思いつかなかった。
思い出しているうちに○○駅の中央改札までたどり着いた。
改札前にムーミン体系なのにぴちっとしたTシャツを着て、よれよれのジーパンをはいているよくわからないビニールの袋を持った人が立っていた。
Tシャツには「やる気スイッチ故障中」と書かれてあって、スイッチの絵柄に禁止マークも書かれてある。メガネをかけて髪もぼさぼさ。うっすらとひげも生えている。
外見をまったく気にしない人。それが祝園さんだ。そして、ビニール袋も変なものだ。手を入れる所が人の口になっている。横から見ると人の口に手を突っ込んでいるように見えるのだ。この祝園さんは変なものが好きなのだ。
「おお、外塚くん。元気かな。ボクはいつも通り元気だよ。食べたいものを食べ、遊びたい時に遊ぶ。それが健康の秘訣だよ。所でそのかっこを見ると学校にでも行くのかい?でも、もう学校始まっている時間だよね。何かジャグリングをすることに意義でもあるのかな」
祝園さんは本当に勘がいい。まあ、だから過去何度もタイムリープをした際に助けにもなり、危機にもなるのだ。協力をしてくれるときは助かるけれど、そうでない時は本当にやっかいな人になってしまう。
「はい、あります。お願いします」
僕はそう言って頭を下げた。
「う~ん、そうだね。ボクは結構よくわからないお願いを受けることは多いんだ。その時の空気、雰囲気で判断しているんだよね」
それは知っています。そのなんとなくの雰囲気で何度も、本当に何度も振り回されました。
「まあ、今回はわけありっぽいから協力しよう。いいよ。一緒に行こうか」
「ありがとうございます」
今回はついていると思った。
事務所に行く。
「あ、峯島さんいる?ちょっと呼んできて欲しいんだけどさ」
事務所に入ってすぐに祝園さんが大きな声で受付に居た女性に話しかけた。ちなみに峯島さんには何度か会ったことがあるが、この管理会社の責任者だ。事務所の奥の扉が開く。銀縁の眼鏡にオールバック。
四角く、彫の深い顔。いつも眉間に皺がいっていて、機嫌がわるそうな顔立ちだ。だが、僕の横で祝園さんが笑顔で手を振っている。その祝園さんを見て、峯島さんが駆け寄ってきた。
「祝園常務。今日はどうされたのですか?」
「やだな。ボクがふらっとやってきてなんでそんなにあわてるのかな?それともあわてないといけない事であるのかな?あれかな?それとも、この前のあの稟議の件なのかな?」
そう言って笑いながら祝園さんは話している。
「ここ暑いね。ちょっと疲れたよ。奥の応接室で話しする?それとも、ここでする?」
祝園さんはどこからか扇子を取り出してパタパタしている。その扇子には「不正受給」と書かれている。こういう扇子ってどこで売っているのだろう。
「も、もちろん。応接室でお願いします。はい」
「まあ、いいよ。とりあえず、今日は彼がね、中央広場を夕方使いたいらしいんだよ。彼、外塚夏樹くん。知っているよね。何度か来ているからさ」
「もちろんであります。外塚様ですよね。あの天才少年ジャグラーの」
「そうそう。ボクの友達なんだよ。それで、外塚くんが今日中央広場でジャグリングするから申請書頂戴。ボクがさ、保証人になるからさ。いいでしょ」
「もちろんでございます。君、早く申請書をこちらに」
峯島さんが大粒の汗をかいている。僕にだってわかる。この人は焦っている。何かを隠しているのだ。
呼ばれた事務員の女性が申請書を持ってくる。峯島さんがその申請書をぶんどりものすごい勢いで目の前に出してきた。
「こちらになります」
祝園さんは受け取ると保証人の欄に自分の名前を書いて僕に渡してきた。
「外塚くんさ。これ書いたら準備あるよね。ボクはちょっと奥でこの峯島さんと大事なお話しがあるんだよね。ちょっと時間かかるかも知れないから先に行って準備してね。後で、そうだな夕方にでも見に行くからさ」
ものすごい笑顔で祝園さんは僕に話してくる。
「いや~たまには遊びに来るのもいいよね。だって、企画するって言ったのに中身が違うことをやっちゃう面白い人もいるものだからね。ボクさ。あの峯島さんの企画楽しみにしていたのにさ。なんでグレードダウン勝手にしたのか知りたいし、金額は据え置きだしさ。もう、気になってお話ししたかったんだよね」
祝園さんはそう言って峯島さんの肩を叩きながら奥の応接室に消えていった。言われて思った。
ネットでも叩かれたイベントが8月にあったのだ。確か、この地区がモデルになったアニメがあって、そのイベントが行われたんだ。
ただ、内容が変わって炎上した。祝園さんが言っていることはあのイベントの事なんだと勝手に推測した。
祝園さんは遊んでいるだけのように見えて、実は真面目に働いているのかもしれない。
考え事をしながら僕は申請書を書いて事務の女性に渡す。その女性の顔も強張っている。
「はい、確かに受理させていただきました。よろしくお願いします」
ものすごく頭を下げられた。なんだかいやな気持になる。こういう大人になりたくないと思うのだ。けれど、僕に出来ることはいち早くこの場所を出ることだと思った。
ジャグリングをするにはもちろん備品がいる。僕が得意なのはカラーボックスとボールだ。
けれど、ただボールを5、6個空中にあげてもみんな見慣れている。だからシルクハットを2つ被って帽子を交互にかぶり変える。
そして、足場も丸い円柱の上に板を乗せて不安定な所で行う。本当はここまで習得するつもりはなかったのだ。
ただ、あの時はここまでしないとループから抜け出せなかったのだ。でも、こういうスキルは普段は無駄だけれど、役に立つときもある。
家に帰って、道具一式が入っているアタッシュケースを押し入れから引っ張り出した。服装は悩んだけれど学生服のままで行うことを決めた。
何度かテレビにも出ていたから学生服の方が僕が「外塚夏樹」で「天才少年ジャグラー」だと認識してもらえるかもしれない。
僕のジャグリングで彼女たちの足を一瞬でもいいから立ち止まらせる。そうすれば、あの場所には誰もいない。事故にもならない。
僕は黒い大きなアタッシュケースを抱えて中央広場に向かった。
中央広場。
レンガで統一されたこの場所は無駄に広い。イベントによっては簡易ステージが組み立てられることもある。
だが、基本は中央に大きな時計があり、頭上に大型モニターがある。僕は中央改札が良く見える中央広場の端側のスペースを申請している。改札を出たら目に止まる場所だ。ただ、この場所だと少し手狭だ。そして、音が出せない。すぐにクレームが来るからだ。
だが、今回の僕には好都合だ。音を出すこともない。無音で大丈夫だ。表情としぐさですべてを表現できるし、ジャグリング中僕はあまり話しながら行うことはない。
ただ、天才とか言われているけれど、毎回こっちも緊張して行っている。話しながらなんてかなり厳しい。
アタッシュケースから一つひとつを取りだし準備に取り掛かる。時計を見ると15時。ゆっくり準備ができる。それに準備運動だってもだ。15時30分くらいから開始をして、16時までに人だかりが少しでもできれば完璧だ。
「あ、いたいた」
そう言って、やってきたのは祝園さんだ。横にはぐったりした峯島さんがいる。なんだか一気に憔悴して老け込んでいるのがわかる。
時計を見てジャグリングを開始する。はじめは慣れているカラーボックスからはじめる。徐々に難易度を上げていくのだ。何人かの足が止まり、見てくれる人も出てきた。携帯で僕を撮っているお客さんもいる。
SNSに上げるのだろう。そこで誰かが「あれって外塚夏樹じゃない?」って書き込みが出るかも知れない。
カラーボックスの次はクラブを使用する。少しずつ本数を増やしていく。お辞儀をするたびに拍手をもらう。気が付くとそこに坂下さんも着て見てくれている。
クラブを置き、時計を見る。もうすぐ16時だ。彼女たちがやってくる。ここで僕は難易度を一気にあげる。
すでに足下に円柱のロールと板は用意してあり、その上に乗る。祝園さんを指名してボールを僕に投げてもらう。そのボールを受け取っとってのジャグリング。左右にずれ込むときは足にいれて移動する。必死だが、視界の隅に彼女たちが見えた。
僕のジャグリングに気が付く。茶髪のショートの女の子が腕を引きこっちに来る。彼女たちの通り道でもあるこの場所を選んだのだ。
数分でいい。いや、数秒でもいい。足が止まればあの場所に彼女たちがいかなければいいのだ。自分の中で時間を数える。もう大丈夫だろう。
その瞬間。轟音と悲鳴がした。皆が音の先を見る。僕もジャグリングを辞めてボールをすべて手に持ってお辞儀をする。
軽くアタッシュケースにボールを入れる。すでに彼女たちの姿はない。嫌な予感がする。僕はそのまま交差点まで走った。
そこにはあの中学生たちの輪がある。いや、どうしてその場所に。歩道の最奥に居たはずの彼らはなぜか場所が変わっていた。そう、彼女たちが立っていた場所にいたのだ。
「どうして、どうして美沙がいるの。だれか助けて」
一人の女の子が倒れている。そして、黒髪の女性がその女の子の近くで泣いている。けれど僕の足は動かない。
徐々に血の気が落ちていくように世界が暗転していった。タイムループからの脱出は失敗した。




