6話 誘拐犯に情けはいらない!
1
突如野菜が浮く現象を目の当たりにした俺たちは、その謎を解明すべく、野菜が飛んでいった街の郊外にある古城に向かった。
街でもこの謎の現象は起きているようで、各地で次々と野菜や果物が飛んでいっているらしい。
ただ俺が心配してるのは街の食料が減っていることではない。
いや、たしかに心配なのだが、それよりも心配なのは……。
「グギャァァァ!!」
「邪魔!どきなさい!!」
ルミナが魔法を唱え、モンスターを吹き飛ばす。
吹き飛ばされたモンスターは、壁に打ち付けられ完全にノビてしまっている。
そう、俺が心配しているのは、ヒーラーからバーサーカーにジョブチェンジしたルミナが、この城を壊さないかどうかなのだ。
「みんな急いで!もうすぐ持ってかれた食べ物がある場所だよ!」
「は?なんでわかんだよ」
「匂いでわかるの!」
このバーサクヒーラーは嗅覚も優れているらしい。
「ん、ルミナ、すごい。止まらない」
「頼むからお前はこうなるなよ」
感心するイリカに釘をさす。
お前までこうなったら俺は止められない。
ルミナについて行って城を駆け回ること数分。
大きな扉の前にたどり着いた。
「ここ、だな」
おそらくここに今回の事件の原因があるはずだ。
慎重にいかなければ。
「おい2人とも、多分ここが最後の部屋だ。何があるかわからないから慎重に……」
「ちぇすとーーーーー!!!!」
俺の話を聞かずにルミナが扉を蹴破った。
「慎重にだっつってんだろ!!ああもう!」
止まらないルミナに、俺たちは渋々ついていった。
2
ルミナに続いて部屋に入るとそこは大広間だった。
数メートルに大きな机があり、その上に飛ばされてきたであろう野菜が高々と積み上げられていた。
「あれ見て!すごい量の野菜!」
「ん、果物も、ある」
「あんなに集めて一体何を…」
3人が口々に話していると、その声に気づいたのか野菜と果物の山の脇からひょっこり女の子が顔を出した。
「ねぇ、誰なの?」
「私達は野菜を助けにきたわ!」
少女の問いかけにルミナが親指を立て答える。
ルミナの間違いを正すため話に入る。
「ルミナ、ちょっと黙ってろ。君は誰?」
「私はアリス。エルフの森からあいつに連れてこられたの」
たしかにアリスの耳はよく見ると少し尖っていた。
「あ、そろそろあいつが帰ってくる!みんな隠れて!」
アリスが俺たちに叫び、とっさに近くのカーテンに隠れた。
すると突然、背後の空間が歪み黒い渦が発生し、その中から男が現れた。
身長は2メートルを超えるくらいだろうか。
黒いフードを被っているので顔は見えないが、ちらっと見えた男の顎はほぼ骨だった。
男はふぅーっと息を吐いて、アリスの方へ歩いていった。
緊迫した雰囲気の中、俺たちが男の様子を息をひそめて見ていると。
「んアリスちゅぅわぁぁぁん!!今帰ったよ〜〜〜♡」
フード男から信じられない声が聞こえた。
まじかこいつ。
思わずずっこけちゃったじゃないか。
「1人にしちゃってごめんね〜。寂しくなかった〜?」
「ねぇいい加減それ気持ち悪いんだけど」
「キャーアリスちゃん辛辣ぅ!でもそこがいい〜♡」
俺たちは揃って絶句してしまった。
野菜を盗んだ犯人がまさかロリコン誘拐犯だったとは。
そのロリコンはやっと俺たちに気づいたようで。
「ん?なんだ貴様らは」
「いや、今更そんな口調で話しかけられても困るんだけど」
俺の返答にフード男が驚く。
「き、貴様ら!まさか聞いてたのか!!ど、どこから聞いていた!」
「んアリスちゅぅわぁぁぁんの辺りから」
「最初の最初ではないか!!」
フード男が赤面する。
このロリコンにも羞恥心とかあったんだな……。
そんなことを考えていると、ルミナがフード男に歩み寄る。
「あなたが街から野菜を奪ったの?」
「ん?あぁそうだ。アリスちゃんのためにな。まあ少々集めすぎてしまったか。はっはっは」
その一言を聞いた途端、ルミナは拳を握り、フード男に駆け寄った。
「死んで詫びなさい!この変態!!」
「ぱごわぁぁ!!」
ルミナの全力全開鉄拳がロリコンフードの顔面にクリーンヒット!
ロリコンフードは後方に吹っ飛んでいった。
「ふぅ、これが食べ物の恨みよ」
「ん、ルミナ、って、格闘家、だっけ?」
俺は今後、ルミナの食べ物に近寄らないようにしようと心に誓った。
「アンデッドの我が、やられるとは…くっ……ここまでか………」
ルミナの一撃は思いのほか効いたらしく、アンデッドのフード男もタダじゃ済まないようだった。
てか、アンデッドを拳一つで倒すルミナって……
怖い。
あと怖い。
「せめて…これだけでも……」
そう言ってフード男は手に光を集め、アリスに飛ばした。
光はアリスの頭に吸い込まれていった。
するとアリスは急にばたんと倒れた。
「おいお前!何をした!」
俺はフード男に近づいて言った。
フード男は今にも消えてしまいそうで。
「アリスちゃんの呪いを、解いたのだ。しばらくすれば、目を覚ます」
フード男がだんだん透明になっていく。
「アリスちゃんを……よろしく………たの……む…」
フード男が消え去った。
何だろう、あいついい奴だったんだな。
肉が食べられないアリスのために野菜を集めたりしてたし。
ロリコンだけど。
とりあえず俺たちはアリスと野菜を持って王都に戻ることにした。
3
「ん……ここは…?」
「お、気がついたか」
城での出来事から2時間近く経った。
ルミナとイリカは、持っていかれた野菜を分かる範囲で返しに行き、俺はアリスが起きるのを待っていた。
要は待機だ。
さすがは俺。待機させたら世界一。
ハチ公もあみんもびっくり。
可愛いふりしてなかなかやる。
そんなことを考えながら、起きたアリスに今までの経緯を話した。
「そう、みんなにはお礼を言わないとね。助けてくれてありがとう」
「なぁに、礼なんていらないさ。ついでみたいなもんだしな」
「そういえば、まだ名前聞いてなかったわね。なんて言うの?」
「俺か?俺は沖谷悠斗。ああ、名前が悠斗で沖谷が名字な」
この世界での自己紹介も慣れたもんだ。
その時、俺の名前を聞いたアリスが目を見開いた。
少しの沈黙の後、アリスの口から信じがたい言葉が出てきた。
「ねぇ、もしかしてあなたも転生してきたの?」
「!?」
突然の発言に俺は言葉を返すことが出来なかった。
「その反応、やっぱりそうなのね」
そう言ってアリスは続けて話した。
「私も転生者なの。もっともそれに気づいたのはついさっきなんだけど」
それを聞いて俺の中で繋がったことが一つ。
「もしかして、フード男が最後に解いたっていう呪いのせいで?」
「多分そうね、寝てる間に頭の中で前世の記憶が走馬灯みたいに流れてきて、今じゃ全部思い出したわ。そのせいで若干頭が疲れてる感じがするけど」
アリスはニコッと笑い、前世の話をしだした。
「前世の私の名前は柊 有栖。あなたと同じ元日本人よ。どこにでもいる普通の女子高生だったわ。でも18歳の秋に火事に巻き込まれて死んじゃった。てへっ」
「てへっじゃない」
アリスは舌を出して笑う。
でもこの懐かしい感じ、アリスが元日本人だと言うのも頷ける。
「そういえば、なんで悠斗は記憶があるの?」
「あー、話すと長いんだが……」
俺は今までことをアリスに話した。
ほんとに長いので、ここでは割愛させてもらう。
「何よそれ、私よりずっといいじゃない!」
話を聞き終わったアリスが俺に向かって言う。
「いや、俺に言われてもな」
理不尽に責められ困っていると、ルミナ達が帰ってきた。
「ただいまー!あら、アリスちゃん起きたんだね!よかったぁ」
「ん、おにい、疲れた。あと、これ、もらった」
イリカの手にはりんごのような果物が。
「俺らはいいから、イリカが食べな」
「ん、そうする」
そう言ってイリカはもぐもぐ食べ始める。
なんだかハムスターみたいだ。
いつかとっとこ走るのだろうか。
大好きなのはひまわりの種なのだ。
などと一人ではむはーしているとアリスが思いついたように言った。
「決めたわ!」
「決めたって何をだ?」
「私このパーティに入るわ!」
「「え⁉︎」」
俺とルミナが声を揃えて驚いた。
「パーティに入るって…なんでだよ」
「別に、今更エルフの森に帰るのも遠いし大変だしやることもないからついていくだけよ。それとも、私がいるとお邪魔かしら?」
「そういうわけじゃないが……」
まあたしかに断る理由はない。
俺の合間な返答をイェスと受け取り、アリスが挨拶する。
「というわけで、よろしくね」
俺の過去を唯一知る仲間ができたおかげで、俺の冒険はまだまだ波乱が起きそうな予感がする。