4話 冒険が始まらない!
1
人助けが思わぬ形で自分に返ってきたその日の夜。
お爺さんに案内された部屋にはベッドに座った俺と椅子に座る満腹少女の二人。
やばい、なんかドキドキする。
歩き疲れで足にきている俺であるが、それすらも忘れるほどドキドキする。
てか正直気まずい。
最初に言っておくが、ここは俺の部屋である。
ベッドに寝っ転がってぼーっとしているところに彼女が入ってきたのだ。
前の世界ではモテた方ではないし、さらに言えば今まで彼女なんていた試しがない。
そんな俺がいきなり女の子と部屋で二人とか耐えられるわけがなく、心の中で堤真一ばりに「誰かー!」と叫ぶまである。誰かー!
アクサダイレクトが来てくれるのを待っていると沈黙を打開したのはアクサ、ではなく少女の方だった。
「あの、助けていただいてありがとうございます。私、ルミナ・アルスフィアと申します」
「あぁ、そうなんですね。えっと、俺は沖谷悠斗です」
「オキヤくん……珍しい名前ですね」
「ああ違う違う。沖谷は苗字で悠斗が名前ね」
「へぇ、名前と家名が逆なんですね」
さっきの心配はどこへ行ったのか、俺は普通にルミナと会話していた。
なんだ心配いらないな。
これでアクサに頼る必要もなくなった。
勝ったなガハハ。
と心の中で笑っているとルミナが少し赤い顔をして話し出した。
「あの、悠くんは明日の予定ってありますか?」
まさかの展開で俺の心臓は跳ね上がった。
間違いなく俺は誘われてる。
しかもこの短時間で呼び方を変えて一気に距離を詰めてくるとは。
この子、なかなかやるな。
中学生くらいの俺であればイチコロで惚れて告白して振られてただろう。
振られちゃうのかよ。
まあとにかく返事をしなくては。
「いや、明日は特に予定はないな」
若干声を上ずらせながら返事をする。
緊張がモロに出ていて、自分の気持ち悪さにうんざりする。
するとルミナはぱっと明るい顔になり笑顔で言った。
「だったら、私と一緒に冒険者になりましょう!」
「……え?」
予想外のルミナの言葉に、俺は理解が追いつかなかった。
いや、言ってる内容は、まあギリわかった。
だが俺が誘われた理由が、わからなかった。
「えっと、なんで俺と?」
「だって悠くん、あの時モンスター追っ払ってくれたし、道で倒れてる私助けてくれたし、いい人なのかなーって。あと、ほかに知り合いとかいないし、一人で冒険者ギルドに行くの怖いし……」
最後になるにつれて声が小さくなっていく。
多分だけど後半の方がメインな気がする。
「そうだ!どうせだったらこのままパーティ組まない?悠くんと一緒なら心強いし!そういえばさっきお婆さんに聞いたんだけど近くの森に一角狼の群れが出るんだって!それでそれで…」
話がコロコロ変わっていく。
聞き流した話をまとめると、俺は明日冒険者になるらしい。
たった1日で色んなことがあったせいか、俺は興奮して話すルミナをよそにそのままベッドで寝落ちを決めた。
2
翌朝。
カーテンの隙間から差す朝日で目が覚めた。
目覚め方としては最高だ。
朝日が眩しくて寝返りをうつと、いつの間にか隣で寝ていたルミナがすやすやと寝息をたてていた。
「え?……うわぁ!」
驚いた反動で、俺はベッドから落っこちた。
なんだ?知らない間に何があった⁉︎
これは朝チュン?朝チュンなのか⁉︎
「……うーん……あ、おはよう悠くん」
俺の驚いた声と床に体を打つ音で目を覚ましたルミナが、腰を手でさする俺に挨拶をする。
おはようじゃないよ。
こちとらお前のせいで痛い思いをしたって言うのに。
だがそんなことなど気にせず、ルミナは目をこすりながら部屋から出て行った。
朝から反論する気も起きず、俺も後に続いて部屋を出た。
朝食を済ませ、身支度を整えた俺たちは冒険者となるため、昨日話していた冒険者ギルドに向かうことにした。
宿屋の玄関を開け、大通りに出る。
王都の中心部ということもあって、街は多くの商人や職人で活気づいており、遠くには王の城がそびえ立っている。
ふと疑問に思ってたことをルミナに聞いてみた。
「そういやルミナ、ギルドの場所ってわかんの?」
「え?悠くんも場所知らないの?嘘……知ってると思ってたんだけど……」
はい、こうなると思ってた。
初対面の2人が打ち合わせなしに何かしようとすると必ずこうなる。
ソースは中1の俺。
進級して初めて知り合った奴らとやる野球で誰がボールを持っているか聞いた時同じ空気になった。
みんなバットかグローブだけ持ってきて何するつもりだろうか。
結局俺すぐ帰ったけど。
あの時誘ってくれた高橋くんと鈴木くんごめんな。
彼らとは別にその後仲良くなることはなかった。
そんな昔のことを思い出しつつ、俺は結局宿屋に戻ってお爺さんにギルドの場所を聞いてきた。
そんなこんなで到着しました冒険者ギルド。
有名すぎてもはや説明もいらないだろうが、一応念のため。
ここは日本で言うハローワークみたいな場所で、毎日多くの依頼がここに舞い込む。
まさかこの歳でハロワに行くとは思わなかったけど。
いや、ハロワって言うからダメなんだ。
冒険者ギルドって思うとなんだか頑張れる気がしてきた。
中に入るとテーブルがたくさんあり、冒険者らしき人達が朝から酒を飲み交わしていた。
どうやらここは飲み屋も併設されているらしい。
「いらっしゃいませ!お食事の方はテーブルへ!依頼を受ける方は受付へどうぞ!」
店員にそう言われテーブルに座ろうとするルミナの腕を引っ張りながら俺は受付に向かった。
てかこいつ朝もいっぱい食べてたじゃないか。
受付にいるお姉さんに声をかける。
「あの、冒険者になりにきたんですけど」
「はい、それではこちらの用紙にご記入をお願いします」
そう言われ俺たちは紙を受け取る。
どうしよう。
こっちの世界の文字なんて全く書けないぞ。
ちらっとルミナの用紙を覗く。
すると俺の目に見慣れた文字が飛び込んできた。
ルミナの用紙には間違いなく日本語が記されていた。
どういうことかと思っていたらまたあいつがその疑問を解いてくれた。
『君の脳に手を加えてね、読み書きなんかも日本語に見えるようにしたんだ。だから君が日本語で文字を書いてもみんなに伝わるよ』
(うん、もう驚かないわ。わかった、さんきゅ)
改めて用紙を見る。
確かに項目も日本語に見える。
用意された慣れない羽ペンで用紙に書いていく。
俺が書き終わる頃にはルミナも既に書き終えていた。
「はい、大丈夫です。それではこちらにどうぞ」
そう言ってお姉さんは受付の右端にある扉を開け、俺たちに入るよう誘導した。
入って見るとそこには大きな鏡があった。
「これは皆さんの基礎能力や魔法の適正を測ってくれる鏡なんです。魔法は全部で6属性あり、火、水、風、光、闇、無属性に分かれています。順番に鏡の前に立って下さい」
お姉さんにそう言われ前にいたルミナが鏡の前に立つ。
すると鏡に能力の数値が浮かび上がる。
そして鏡の脇にある水晶が光り、真下にあるカードに能力を書いていく。
書き終わったカードをお姉さんがルミナに渡す。
「ルミナさんは光属性に適正があるようですね。これで登録は完了です。お次の方どうぞ」
言われるがまま俺は鏡の前に立つ。
さっき見た光景と同じことが行われた。
だがひとつだけ違ったことがあった。
「あれ、おかしいですね。属性魔法の数値が全て『???』になってますね。こんなこと初めて………お兄さん、もう少し調べさせてもらっても…」
おそらく俺の数値は指輪のせいで底上げされているから正確な数値は出ないのだろう。
「いえ結構です!ありがとうございます!」
詳しく調査されると面倒なので、急いでお姉さんからカードを受け取った。
3
「では掲示板から依頼を選んで受注手続きをして依頼に出発して下さい」
お姉さんに案内されるまま俺たちは掲示板の前に立っていた。
掲示板には依頼内容が書かれた紙がたくさんピン留めされていた。
どの依頼もこっちに来たばかりの俺には新鮮で依頼を受ける前から感動していた。
これが異世界、これが冒険者。
するとルミナが一枚の紙を指差して俺の袖を引っ張った。
「悠くんこれ!これなんかどう⁉︎」
「うん?どれどれ?……これって……」
紙を見てみるとそこには
【一角狼の群れ出現!5匹討伐で依頼達成】
と書かれていた。
「なぁ、昨日も言ってたけどなんでこの狼を倒したがるんだ?」
「昨日も言ったけど新しい武器の素材だからだよ」
ルミナが淡々と答えた。
あれれー?おかしいぞー?
記憶にないんだぞー?
だが、そう言われてしまうと聞いてなかった俺が悪いと思ってしまう。
「そうだったか、じゃあこれ受けるか」
「うん!」
そう言ってルミナは依頼が書かれた紙を剥がし受付に走っていった。
数分後、受付を終えたルミナが帰ってきた。
しかし……。
「おい、その手に持ってるものはなんだ」
「え?何ってノドブクロドリの手羽先だけど」
「いや、依頼を受けに行ってきたんだよな?なんで手羽先持って戻ってくるんだ?」
「いやぁ、いい匂いだったからつい……」
どうやらルミナの体は相当燃費が悪いらしい。
不思議なのは、普段からこんなに食べてるのに全く太ってないことだ。
きっとこいつの胃袋はブラックホールかなんかだと思う。
それから数分ルミナが手羽先を食べ終えるのを待っていた。
「……よしっ!それじゃ行こうか!」
食べ終えて口元を拭いながらルミナが元気に言う。
俺も出発しようと立ち上がった。
だがふと頭によぎったことがあった。
俺、武器とか何も持ってないな……と。
いくら初心者で死なない呪いがあるとしても、丸腰で敵と戦うやつなんていない。
でも俺は不安定だが魔法が使えるし、いざとなったらルミナがいる。
2人で力を合わせれば必ず倒せるはずだ。
「ちなみにわたし、支援とか回復魔法がメインだから後衛に回るね。前衛は頼んだよ悠くん!」
「えっ」
誰かー!