42話 一難去っても終わらない!
1
「お、おい!鏡!鏡持ってきてくれ!」
「は、はいっ!」
ルミナに言われた言葉をうまく飲み込めなかった俺は、ルミナに鏡を持ってくるよう言う。
ルミナが慌てて差し出した手鏡をのぞいた瞬間、心臓が止まるかと思った。
そこに映っていたのは、十歳くらいの、見覚えのあるガキの顔。
間違いなく、昔の俺だった。
「う、嘘だろ……なんでこんな……」
と、そのとき。
ドアが勢いよく開いて、イリカとアリスが部屋に入ってきた。
「大きな声が聞こえたけど──わぁ!? ちびっこ!? かわいいっ!」
アリスは瞬時に目を輝かせこちらを見ている。
しかし、アリスのリアクションに反応する前に
イリカが俺の腹にタックルをかます。
「ん、おにい、小さい、かわいい」
「やめろ!それどころじゃねーだろ!」
俺の抗議は意味をなさず、イリカに好き放題されてしまう。
「まあ、予想はしてたわ。あれは成長逆行型の胞子。大人の体を無理やり若返らせるのよ」
さっきの反応とは打って変わって、アリスは淡々とそう言いながら、俺の頭をつつく。
「……十歳前後かしら。かわいいわね」
「かわいいじゃねえ! どうすれば戻れるんだよ!」
「そうね、親株…ボスがいるはずだからそいつを探して、その胞子核で薬を作るしかないわね。森の奥にあるはずよ」
なるほど、森の奥の親株か。
解決方法がわかったなら善は急げだ。
「よしっ、行くか!」
……っと立ち上がろうとした矢先、ずるっとズボンが落ちかけた。
俺は情けなく腰を押さえて叫ぶ。
「ちくしょう、サイズ合わねえ!」
「ふふっ……」
アリスは吹き出し、イリカはくすくす笑う。
ルミナまで口元を押さえて肩を震わせていた。
「悠斗、今のは過去一面白かったわ」
「うるせえ!」
子供の声で怒鳴っても迫力はゼロ。
俺のプライドは、胞子以上に粉々になりそうだった。
解決方法がわかったとはいえ、このままの格好で外に出るわけにもいかない。
「さすがにこのサイズじゃ、装備が全部使えねえ」
せっかく無双していた魔法銃も重く感じ、取り回しに難儀した。
そもそも銃のホルスターも大人用なのだから、銃を持ち歩くこともできなくなった。
結局、ルミナ達が街を探して周り、1時間後には今の俺用の服が揃った。
ぴったりサイズなのはいいんだが……なんというか、妙に恥ずかしい。
「……ん、似合ってるね、おにい」
「言うな」
イリカがにこにこしながら覗き込んでくる。
アリスは腕を組んで一言。
「完全に見習い冒険者ね」
「誰が見習いだ!」
俺は思わず声を張り上げたが、やっぱり声が高い。
声に迫力がない。
くそ、早く戻らないと精神的に死ぬ。
装備はこれでいいとして、残りは武器か。
うーん…武器かぁ。
使わないようにしてたんだけど、今はもうこれしかないか…。
俺は例の短剣を手にした。
手に取った瞬間、今の俺でも妙にしっくりくるのを感じる。
まるで今まで使ってたかのような感覚。
ここまで馴染みがいいと若干気味が悪いが、俺は短剣を腰に携える。
「よし、行くぞ。親株を探してさっさと元に戻るからな」
「はいはい坊ちゃん、無理はしないでくださいね」
「ん、おにい、疲れたら言ってね。運ぶから」
「運ぶな!余計に悲しくなる!」
そんなやり取りをしながら、俺たちは家を出て森へ向かった。
2
森に入った瞬間、空気が変わった。
しっとりと湿った匂い。
地面には白い胞子がうっすらと積もっている。
「……やっぱりこの辺りだな」
「ええ。胞子の濃度が高い。親株は近いはずよ」
アリスの言葉に頷きつつ、俺は一歩踏み出した。
その瞬間。
「っ!」
足元の根に引っかかって、思いっきり前につんのめる。
「うわっ!?」
顔面から地面に突っ込む寸前で、ひょいっと持ち上げられた。
「ん、危ないよ、おにい」
「……ありがとよ」
イリカに掲げられ、俺はため息をついた。
今はイリカの方が身長が少し高いとはいえ、今まで妹のように接していたイリカにこうも易々と持ち上げられると少し悲しくなる。
体が軽いせいか、バランス感覚がまるで違う。
普段なら絶対に転ばないようなところで足を取られる。
「……くそ、思ったより動きづらいな」
「体のサイズが変われば重心も変わるもの。その体に慣れるしかないわね」
「簡単に言うな」
アリスは簡単に言うが、実際にすごく歩きづらい。
みんなの1歩は俺の1.5歩くらいなので、必然的に歩数が増える。
単純に疲れるのだ。
「はぁ、コ◯ン君もこんな感じだったのかなぁ」
「どうかしら、子供になった直後に警察から逃げ切ってたけどね」
アリスが俺の独り言に反応する。
こいつ初期の頃から見てるじゃねーか。
「あれは探偵のなせる技というか…観察眼で警察の動きを予測した的な」
「でも警察犬からも逃げてたわよ。それに◯ナン君は6歳設定よね、あなたよりも大変な状況なのにすごいわよね」
「いやガチ勢じゃねーか、春の映画は何回見に行くんだ?」
「少なくとも5回は固いわね」
アリスはふふんとドヤ顔で答える。
こんなところにとんだコナ◯君ガチ勢がいたもんだ。
今後は軽々しくこの手のネタを振らないでおこう。
と、思ったその時。
「ん、おにい、あれ」
イリカが指差した先。
倒木の下に、小さな穴がぽっかりと空いていた。
「……あそこ、ボスにつながってるな」
奥の方に、かすかに光る胞子が見える。
空気の流れもある。
たぶん、親株のある場所に通じてる。
「でも狭すぎる……私たちは通れなさそうだね」
「そうね…」
三人が顔を見合わせる。
そして、ゆっくりと視線が、俺に集まった。
「……おい」
たしかに大人が通るには狭い穴だけど。
「今の悠くんなら通れるね」
「ん、お願い、おにい」
「頼んだわよ」
「ちょっと待て! 完全に俺一人で行かせる流れになってるだろ!」
思わずツッコミを入れるが、三人とも真顔だ。
いや、イリカだけちょっと楽しそうだけど。
「でも、今はここしか道がないわよ?」
「ぐ……」
確かに、他にルートは見当たらない。
それに、ここで引いたら、いつまでもこの体のままだ。
俺は大きくため息をついた。
「……わかったよ。行けばいいんだろ、行けば」
しゃがみ込んで、穴の中を覗き込む。
ひんやりとした空気が頬に触れた。
「いいか、何かあったらすぐ戻ってくるからな」
「うん、気をつけてね」
「ん、応援してる」
「死なないでね」
「縁起でもないこと言うな!」
最後に振り返って文句を言ってから、俺は狭い穴の中へと体を滑り込ませた。
暗い。狭い。じめっとしてる。
「うわ、これ最悪だな……」
ぶつぶつ言いながら進んでいくと、前方の光が少しずつ強くなる。
そして。
「……なんだ、これ」
穴を抜けた先で、俺は思わず息を呑んだ。
そこには、淡く光る巨大なキノコが群生していた。
中心にはひときわ大きな個体、間違いなく親株だ。
ゆらゆらと胞子が舞い、空間全体が幻想的な光に包まれている。
「……当たり、か」
思わずそう呟いた、そのとき。
ずるり、と巨大なキノコの根元が、ゆっくりと“動いた”。
「……は?」
次の瞬間、地面が震え、低いうなり声が響く。
どうやら、ただのキノコじゃないらしい。
「マジかよ……!」
俺は思わず後ずさった。
さっきまで立っていた場所から、太いキノコの柄が槍みたいに突き出してきた。
「うおっ!? 危なっ!」
遅れて、ぼふん、と鈍い音。
衝撃で白い胞子が一気に舞い上がる。
視界が、白く濁った。
「ちっ……視界悪っ……!」
胞子を吸い込まないように低く構える。
手は腰にある短剣に触れていた。
周囲のキノコが、まるで呼吸するみたいに脈打っている。
「……やるしかねえか」
短剣を抜き、構える。
慣れない体だが、この短剣を手に取った瞬間体の感覚が変わった気がした。
すると地面から、次々とキノコの突起が生えてきた。
咄嗟に後ろに引いた俺の動きを予測するかのように、鋭く尖った根が地面から突き出てきた。
「こうだろ!」
突き出しに対して、俺は跳ねるように踏み込んだ。
低く、小さく、最短でするりと。
自分でも驚くくらい軽く、攻撃の隙間を抜けられた。
「……いける!」
そのまま、キノコの根元へ走る。
だが。
ぶわっ、と目の前で胞子が爆発した。
「っ、またかよ!」
思わず目を閉じる。
白い霧の中、方向感覚が一気に狂う。
右か? 左か? それとも。
「……いや、違う」
足を止める。
呼吸を整える。
こういうときは、目じゃない。
耳と、感覚だ。
「……そっちか」
わずかな振動。
胞子の流れ、空気の揺れ。
それを頼りに、一気に踏み込む。
白い霧を抜けた瞬間、巨大な親株の“核”が見えた。
脈打つように光る、球状の塊。
「見つけた……!」
だが、その瞬間。
ドゴンッ!!と横から、巨大なキノコの腕みたいなものが振り下ろされる。
「っ!」
避けきれない、そう思った瞬間。
体が勝手に動いた。
低く潜り込むように、滑り込む。
地面すれすれを抜けて、内側へ。
「今だっ!!」
小さい体全部を使って、剣を振り上げる。
軽い剣だがその分スピードはある。
カンッ!と甲高い音が響き、核にひびが入る。
「まだだっ!」
もう一撃。
今度は体ごとぶつけるように、全力で叩き込む。
パキン、と乾いた音とともに、核が砕けた。
その瞬間、空間に満ちていた胞子が、一斉に光を失う。
ざわざわと揺れていたキノコたちが、力を失ったようにしおれていく。
「……はぁ、はぁ……」
その場にへたり込む。
息が荒い。
脈打つ心臓がうるさい。
「……やった、のか」
静かになった空間で、ぽつりと呟いた。
手の中には、さっき砕いた核の欠片。
中心だけが、まだ淡く光っている。
「これが……胞子核、か」
核をポケットにしまい、みんなのところに戻るため、再び狭い穴をなんとかくぐり抜ける。
這い出るようにして外に出た瞬間、三人の顔が一斉にこっちを向いた。
「悠くん!おかえり!」
「ん、おつかれ」
「意外と早かったわね」
「“意外と”ってなんだよ!」
思わずツッコミを入れながらも、俺は手に持っていた欠片を見せた。
「ほら、これ。たぶん胞子核だ」
アリスは核の欠片をじっと観察していた。
「……うん、これで間違いないわ。これを使えば戻れる」
「ほんとか!?」
「ええ。ただし、ちょっとした調合が必要だけどね。家に戻りましょう」
ようやく出口が見えた。
俺は内心でガッツポーズを決めながら、三人と一緒に森を後にした。
家に戻ると、すぐに準備が始まった。
アリスが道具を並べ、ルミナが補助の薬草を用意する。
イリカはというと……なぜか俺の隣に座って、じーっと見ている。
「……なんだよ」
「ん、なんでもない」
にこにこしながら、また頭を撫でてきた。
「イリカ、撫でるのやめろって!」
「でも、少し寂しい気もするね」
「は?」
イリカとのやりとりを見ていたルミナが言った。
「その……今の悠くん、守ってあげたくなる感じで」
「やめてくれ、ほんとに!」
顔が熱くなる。
なんだこれ、罰ゲームか?
「はーいおまたせ。ほら、できたわよ」
アリスが小さな瓶を差し出してきた。
中には、淡く光る液体が揺れている。
「それを飲めば、元に戻るはず」
俺は一瞬だけ、その瓶を見つめた。
……やっと戻れる。
この恥ずかしい状態ともおさらばだ。
「……じゃあ、いくぞ」
一気に飲み干す。
次の瞬間、体の奥から熱がこみ上げてきた。
「っ……!」
視界がぐらりと揺れる。
そしていきなりの強烈な眠気が襲う。
これはもう気絶に近い。
俺は思わずベッドに横たわる。
「お疲れ様」
誰かの声が聞こえたが、誰の声だかもわからない。
それほどまでに今は眠っていたい。
3
気がつくと、白い場所に立っていた。
上も下も、果てが見えない謎の空間。
地面はあるはずなのに、踏んでいる感覚が曖昧で、妙に落ち着かない。
「……なんだここ」
たしか元に戻るために薬を飲んで、それから……寝たのか?
それに、この妙に現実味のある空間。
「夢、か?」
そう結論づけた瞬間だった。
「夢って決めつけるの、早くない?」
後ろから声がした。
「っ!?」
咄嗟に振り返る。
そこにいたのは、見覚えのない少女だった。
長い黒髪が、重力を無視したみたいにふわりと揺れている。
片目を隠す前髪の奥、赤く大きな瞳がまっすぐこちらを見ていた。
人間じゃない、と直感でわかる。
まるで、この空間そのものみたいな存在感。
「……誰だ、お前」
武器こそ持ってないが、すぐに動ける体勢を取る。
少女は少しだけ首をかしげて、くすっと笑った。
「ひどいなぁ。いきなり“誰だ”なんて」
一歩、近づいてくる。
音はしないのに、距離だけが静かに縮まる。
「せっかく、会いに来てあげたのに」
「質問に答えろよ」
短く言い返すと、少女は楽しそうに目を細めた。
「警戒心強いね。ま、嫌いじゃないよ」
そう言って、くるりと背を向ける。
長い髪が、白い空間に溶けるように広がった。
「じゃあヒント。君、最近“変わったもの”手に入れたでしょ?」
「……短剣のことか」
聞かれてすぐにわかった。
あの妙に手に馴染む短剣。
ただの武器とは思えない違和感。
少女は満足そうに振り返る。
「正解」
そして、ゆっくりと口元を歪めた。
「私は、その中にいるの」
ぞくり、と背筋が粟立つ。
「……封印、されてるってことか」
「そうとも言うし、そうじゃないとも言う」
曖昧な言い方で、くすくす笑う。
「まあ簡単に言えば、君の“中”にいる存在、かな」
「余計わかりづらいな」
「ふふ、ごめんごめん」
全然悪びれる様子はない。
俺は一歩距離を取る。
「……で、俺になんの用だ」
「挨拶だよ」
少女はあっさりと答えた。
「これから一緒に敵と戦うかもしれない相手に、顔も見せないのは失礼でしょ?」
「かもしれない?」
「うん。だって──」
少女は、すっと顔を近づけてきた。
赤い瞳が、まっすぐ俺を射抜く。
「君が私を使うに足りる器か、まだわからないし……もしダメなら、ね?」
「……」
少女は、まるで値踏みするかのように、俺の体を上から下へ視線を巡らす。
一瞬、言葉に詰まる。
ただのハッタリじゃない。
こいつは本気でそう言ってる。
「ま、君のことは気になるし、今は協力してあげる」
少女は一歩引いて、楽しそうに笑った。
「でも、まだ認めてないよ?君のこと」
少女は薄ら笑いを浮かべて振り返る。
「それはお互い様だ」
俺が即答すると、少女はなぜか嬉しそうに目を細めた。
「いいね、それ」
少女は両手を広げてくるりと回る。
白い空間に黒髪が広がる。
「そのくらいじゃないと、つまらないよ」
そして、ふっと動きを止めて。
「ねえ」
少女が静かに言った。
「もしもの話なんだけどさ」
声のトーンが、少しだけ低くなる。
「君がどうしようもなくなったとき」
その赤い瞳が、わずかに細められる。
「私に“全部、任せる”って選択肢も、あるよ」
「……どういう意味だ」
「そのままの意味」
少女はにこりと笑う。
「君の体、ちょっと借りるだけ」
軽い調子なのに、背筋が冷える。
「安心して。その時はちゃんと勝たせてあげる」
「…当然何か裏があるんだろ?」
俺は不気味さを誤魔化すように聞き返す。
少女は一瞬だけ黙って。
「さあ?」
と、わざとらしく首をかしげた。
「そこは任せてみてからのお楽しみ、かな」
「信用できるか」
「だろうね」
あっさり肯定する。
「だから面白いんじゃない」
少女はそのままふわりと後ろへ下がっていく。
距離が、ゆっくりと開いていく。
「じゃあ、今日はここまで。またね」
「待て、まだ聞きたいことが」
「君が呼んでくれるのを待ってるよ。でもあんまり待たせると…」
声だけが残る。
「こっちから行くからね」
視界が白に溶けていく。
最後に見えたのは、楽しそうに笑う、あの赤い瞳だった。




