26話 こんなことで死にかけない!
1
「ここだな……」
そう言って少年は、ベルメルク王国の門を恨めしそうに見つめる。
薄汚れたフードの中から覗く目は、その門の先にいるであろう敵を見据えていた。
思えば長い道のりだった。
奴の噂を聞き、野を越え山を越えここまで来た。
時には死に直面する場面も少なくなかった。
だが、全てはこの時のために。
「俺以外の日本人は……全員潰す」
少年はそう呟いて、ベルメルク王国の正門をくぐろうと……。
「あー、ちょっと君、身分証は?」
いきなり門番に声をかけられた。
「は?身分証だと?そんなものはない」
持っているのは武器と少しの野営道具のみ。
身分証なんて持ってるわけない。
「じゃあベルメルクには入れないよ。身分証を持って出直してきなさい」
「ふん、知るかそんなもん」
そう言って少年は通り過ぎようとするが、門番が2人がかりで少年の脇を抱え、外に連れ出した。
「だからダメだって言ってるだろ?面倒はかけさせないでくれ」
「や、やめろぉ!放せぇ!あいつは…あいつだけは!」
「おーい、こっちはいいぞ。思いっきり飛ばしてやれ」
そう門番が言うと、魔法を唱えた別の門番によって少年は遠くに吹っ飛ばされた。
「沖谷悠斗は、俺が倒すんだー!!」
少年の声は、虚しく空に消えていった。
2
「ヘックション!」
同じ日の朝、リビングで新聞を読んでた俺は、盛大にくしゃみをした。
「ん、おにい、かぜ?」
ココアを飲んでいたイリカが、くしゃみに驚いて声をかけてくれた。
「いや、熱はないみたいだけど…噂かな」
自分の額に手を当て確認する。
するとイリカがとてとて歩いてきて、膝の上に乗り俺とおでこを合わせてきた。
「ん、たしかに、ねつは、ない」
「い、イリカさん…顔近いよぉ」
ココアのいい匂いがふんわりする。
イリカのこういうところは、1年経っても未だに慣れない。
「ん、大丈夫、でも、なにかあったら、すぐ言って」
「ああ、ありがとな」
そう言ってイリカの頭を撫でてやる。
もちろん耳の裏も撫でるのも忘れない。
イリカの耳の裏の毛はとても柔らかくて、俺はここをイリカの羽毛と呼んでいる。
そんなことはどうでもいいな。
「あ、ココアまだ飲みかけだろ。そろそろギルドに行くだろうし飲んできな」
「ん、そうする」
俺が促すとイリカは俺の手を離れ、再びココアを飲みに戻る。
代わりにアリスが近づいて来た。
「悠斗、そろそろギルドに行きましょ」
「ああ…羽毛が……」
「はあ?ちょ、なに言ってんの?」
「ああ、いや気にしないでくれ」
心の声が出てしまいちょっと焦ってしまったが、気を取り直してギルドに向かう。
「今日は何があるかなーっと………ん?」
掲示板をふらっと眺めていると、気になる文字を見つけた。
【東の森にスライム大量発生!臨時クエストにつき報酬は通常の5倍!!】
「5倍⁉︎すげーな!」
いつもならスライムは1体につき銀貨3枚くらいだから、今回は金貨1枚と銀貨5枚の報酬だ。
「なあ、これはどうだ?」
「えー、スライム?あんまり気が進まないんだけど……」
「わ、私もちょっと苦手かな……」
「ん、きもちわるい」
乗り気な俺とは裏腹に、3人は珍しく渋っていた。
「だってべとべとで嫌なんだもの。触りたくないわ」
「それにスライムには魔法しか効かないから、イリカちゃんが……」
「ん、役立たず」
そう言って3人は反論してきたが、俺も思いつきでスライム退治を提案した訳じゃない。
「イリカが不利なのは承知の上だ。だから作戦もちゃんと用意してある」
俺は用意してあったアレをイリカに渡した。
「今日はこれで戦ってくれ」
3
数時間後。
「イリカ、アリスの後ろにいるぞ!」
「ん、りょーかい」
俺の掛け声とともにイリカが走り出し、アリスの後ろにいるスライムを吹っ飛ばす。
俺がイリカに持たせたのは、イリカと同じくらいの背丈の盾だ。
魔法しか効かないスライムに対して、魔法使いが前に出るのは必然だ。
すると後衛だったアリスたちが前衛に上がってきてしまうのだ。
そこで、魔法が使えないイリカに盾を持たせてサポート役に回したのだ。
イリカは獣人族なだけあって反射神経が高い。
おまけにこの盾、見た目の割に超軽いのでイリカでもブンブン振り回せる。
「次来たぞ!頼む!」
「ん、わかった」
イリカが盾でスライムを吹っ飛ばしてくれるおかげで、魔法がすごく撃ちやすい。
「よし、このまま……」
「ん、おにい、あぶない」
イリカがそう言った時にはもう遅かった。
周りのことばかり気にして自分の背後を見てなかった俺は、スライムに覆い被さられてしまった。
「がばっ!がぐごごご……」
身動きが取れない俺は、不覚にもスライムの中で溺れてしまった。
(やばい、このままじゃ死ぬ……)
すると向こうでアリスが魔法を唱えた。
その瞬間、魔法でスライムがみるみる蒸発していき……。
「て、俺も中にいるんですけどぉ!ああっちぃぃぃ!!」
スライムが消滅した後、俺は地面に転がりこんだ。
「ハァハァ……し、死ぬかと思った……」
ルミナに消火してもらいながら、俺は心の底から言う。
「あのー、悠くん死なないよね?」
「たとえ死ななくても気持ち的にだよ!」
今は正論なんて聞きたくない。
「ご、ごめんなさい………ゆ、悠斗を助けるのに、必死で……ぷぷ」
アリスが肩を震わせ、うつむきながら謝罪した。
こいつ、笑ってやがるな。
だがここでイリカがダメ押しの一言。
「ん、おにい、燃えてた」
「ぶっ!やめてよイリカ、せっかく笑いが治まってきたのに!」
「よしお前らそこに直れ。今から同じ目に合わせてやる!」
そう言って魔法を出そうとする俺の手から出たのは、火ではなく風だった。
それを見てまた笑い出すアリス。
「ちくしょー!なんだってんだよ!!」
このなんとも言えない怒りをぶつけるように、俺は空に向かって叫んだ。
だがその叫びが、俺をまた面倒な道へ引きずり込むのだった。
「見つけたぞ!沖谷悠斗!!」




