2話 自殺しても死にきれない!
1
目を覚ますのは今日で何回目だろうか。
体を起こすと、そこは一面の草原だった。風にそよぐ柔らかな草の波、あちこちに咲き乱れる小さな花々、遠くでは鳥のような影が空を舞っている。すべてが、妙に鮮やかで、まるで絵本の中の世界に迷い込んだかのようだった。
感じたことのない雰囲気に、ここは異世界であるという実感が湧き、少しだけ浮き足立ってしまう。
ふと、自分の持ち物が気になり、周りを見るが、登校する時のカバンは無く、文字通り体一つしかない。
仕方なく制服のポケットを色々漁ってみたが、あるのはスマホと財布、制服のボタンなどなど。
我ながらろくなものが入ってない。
初期装備としては貧弱すぎる装備だ。
いきなり転生させられたのだから仕方ないだろうけど。
財布の中身は前の世界と同じで、五千円という高校生にしてはそこそこな金が入っているが、ここで円を使うのは期待しない方が良さそうだ。
何気なくスマホの電源をつける。
だが画面は暗いままだ。
ここでスマホが使えたなら、この話の根幹が変わってくるのだが、そうはならなかった。
仕方ない、異世界をスマートフォンと共にするのを諦めて、とりあえずあてもなく歩いてみるか。
今はそれしかできないし、やることがない。
そう思って異世界の第1歩を踏み出した。
だが踏み出した途端に景色は一変し、先程ルウと会った場所に来ていた。
実際ルウもそこにいる。
「いや、なんで?まだ一歩しか歩いてないんだけど。あとそっちの都合で引き戻せるんだな」
「ごめんねー、君に伝えることができたから意識だけこっちに来てもらったんだよ」
ルウは小さい手をヒラヒラさせて、何だか上機嫌のようだ。
こっちに来てもらったって........。
軽く言っているがここってそう何回も来る場所じゃないだろ。
「意識だけってそんなことできるのかよ。ってことは、あっちの俺はどうなってんだ?」
「一時停止中かな?」
なぜ疑問形なのかは俺もわからないが、ここに来るたびあっちでの時間は止まるようだ。
こいつ、なんでもありだな。
「それで伝えたいことって?」
俺は、用件を早く済ませたいがために、すぐに本題に切り替える。
「ああ、実はたった今、君の呪いの一つが解かれたんだよ。」
はや........。
「え、まじかよ」
「うん、まじ。君の後悔の一つ【異世界に転生したい】が今、達成されましたー。はい、拍手〜」
俺、そんなこと思ってたっけ?
自称現実主義者の俺が?
まあ、身に覚えのないわけではない。
アニメや漫画の影響で、こんな世界に行ってみたいなーとか、俺が主人公で活躍する想像だってしたことがあるし。
あと男子だったらあるあるだけど、授業中や集会中にテロリストや怪人が攻めてきたらって考えたことあるだろ。
当然あるよな?
ないなら小学校からやり直してきな。
男子の必修科目だぞ。
「………」
スタート位置に着いてすぐ呪い一つ解くって大丈夫なのだろうか。返す言葉もなく思わずフリーズしてしまう。
ていうか、俺の後悔って案外ふざけてるのな。
これでは残りの9つも同じ感じかもしれない。
大いにありうる。
ソースは俺自身........ってか。
「まあこの調子でどんどん呪い解いちゃってよ!」
ルウは楽しそうに言い放つ。
イマイチ、俺は実感が湧かない........。
自分の後悔とはいえ、流石にこれは想定外だった。
するとルウが去り際に思い出したかのように、
「あ、あと近くの街は反対方向だから」
と、俺の行き先を指摘してくれる。
「それは素直にありがとう」
2
ルウと話し終えた後、先程の草原に戻った俺は、気を取り直して歩き始めた。
さっきと反対方向に、だ。
途中休憩を挟みながら街に向かって歩き続け、3時間近くが経過した。
「と、遠いな........」
思わず口から文句がこぼれる。
近くの街って言ってましたやん。
話がちゃいますやん。
普段言い慣れない関西弁が出るほどに疲れた俺は、その場に座り込み、青空を見つめる。
ふと、自分にかけられた呪いは本物なのかと思い立ち、試してみることにした。
試す方法は至って簡単。
世間で言う自殺行為を遂行するのだ。
この考えに至る俺は、どうかしている。
しかし、試さなければ俺の抱いている疑問が解消されない。
まずは、先程歩いている途中に見つけて拾ったナイフを手に取る。
ナイフを鞘から抜こうとしたが、錆び付いているのか中々抜けない。
捻ってみたりとあらゆる工夫をして、ナイフを鞘から引き抜くと、案の定酷く錆びていた。
そのナイフを心臓を貫くつもりで、思いっ切り突き刺そうとした。
しかし、恐怖心もあったせいか、躊躇ってしまい、上手く力が入らず、躊躇している間に錆び付いていたナイフは砕け散ってしまった。
いま思えば、痛いのはちょっと嫌だなと思ってしまう。
次に少し離れた場所にある川に入り、溺死を試みるが、川に入るなり足に違和感を覚える。
視線を向けると、体長2メートルくらいで目がギョロっとしており、生臭さそうな色をした魚系のモンスターに尾で叩き出されてしまった。
砂利に転がると、何かに衝突した。
衝突した何かは、木で出来た看板。
文字は何て書いてるのか読めないが、赤いドクロのマークが描かれている。
魚系のモンスターは、俺をギョロつかせた目で威嚇する。
どうやら縄張りらしい。
その証拠に、川に入ろうとするだけで、入るなと言わんばかりに急接近してくる。
うん、これは無理だわ。
よし、次だ。
その後、森で見つけたツルを使い首吊りをしようとした。
しかし、ツルが意外に脆く、強く締めるとブツンと切れてしまい、せいぜい5秒程首を締め付けるのがやっとだった。
すると、少し歩いたところにいい高さの崖を見つけたので、そこから飛び降りようとしてみる。
あそこなら確実に落ちたら死ねるだろう。
せっかくなので背面から落下してみようと
「どんだけ自殺しようとしてるんだぁ!!」
気がつくと、またさっきの場所でルウに怒鳴られていた。
「死なない呪いだって言ってんでしょうが!何で呪いに抗おうとするの!?」
俺を指差しながら、怒鳴り付ける。
「いや、ほんとに死なないか試してみたんだけど…」
「それでもチャレンジしすぎでしょうが!!せめて1、2回で終わってよ!次から次へと自殺ばっかして!」
「ばかやろう、男がチャレンジする心を忘れたらおしまいだろうが」
「ばかやろうは君だよ!!いいから早く街へ行く!」
「へいへい」
気の無い返事をすると自殺前の崖にいた。
先に進むことにしよう。
怒られるのは嫌だし、何よりあの空間に何回も行くものではない。
俺はグーっと体を伸ばす。
すると上空から何かが羽ばたく音が聞こえ、俺はふと空を見る。
「グエッグエッ」
「へ?」
大きな鳥が俺を見て、汚らしい声で鳴く。
あー、なるほどね。
その後鳥型モンスターに捕まり、一番最初の状況になるのだが、俺がまたあの空間に連れて行かれ、また死にかけたことに文句を言うルウに対し、今回ばかりは自分のせいではないと俺が必死に抗議したことは言うまでもない。