15.5話 温泉に静かに入れない!
※今回のお話は13話の続きの話です。
あらかじめご了承ください。
1
カポーン…と、どこかで桶の音が鳴る。
温泉って言うと決まってこの音だけど、あれってどうやったら鳴るんだろ。
まあそんなことはどうでもいい。
「っふぃ〜」
湯船に浸かると思わず声が出る。
昼間の戦闘の疲れが吹き飛ぶようだ。
もう薄々わかってると思うが俺は今、露天風呂に入っている。
宿の女将さんから露天風呂があると聞いて、喜んで入りに来た。
夏の露天風呂もいいもんだ。
あまりにも気持ちいいもんだから、ポツリと独り言が出てしまう。
「疲れたぁ…」
「ほんと、疲れたわね…」
「うおっ!びっくりした、独り言に返事すんなよ…」
衝立の向こうから、アリスがクスクス笑う声が聞こえた。
驚いたせいで、タオルが頭からすべり落ちる。
「ごめんなさい、私も独り言のつもりだったのよ。こんな大きなお風呂初めてだから」
「温泉、行ったことないのか?」
タオルを頭に乗せ直し、衝立を背にして話しかける。
「ええ、こっちでも日本でもね」
「そうか。入ってみてどうだ?」
「悪くないわね。むしろいいわ」
「そりゃよかった」
たわいもない会話を続ける。
こんな話をしてる時が、一番心が休まる。
「そういや、ルミナたちはどうしたんだ?」
「ああ、あの子たちならもう少しで来るんじゃないかしら。さっき脱衣所に入って来たから」
「そうか」
そこからの嫌な沈黙。
なんかこのタイミングで喋るのは負けな気がする。
「悠斗、まさかあの子たちの着替えを想像してるんじゃないでしょうね」
アリスがあらぬ疑いをかけてくる。
「心外だ。17歳男子全員が常に卑猥なことを考えてるわけじゃないぞ」
「ふーん、じゃあ何を考えてるわけ?」
「えーと、なんだろ、世界平和、とか?」
「どうせならもっとマシな嘘つきなさいよ…」
アリスが呆れてるのが声でわかる。
ぐうの音も出ない。
「わぁ、大きなお風呂だよイリカちゃん!」
「ん、初めて」
どうやら2人が来たようだ。
これ以上ここにいても気持ちがなんかあれだし、十分あったまったから俺は風呂を出た。
2
しばらく扇風機の前で涼み、着替えを終え外に出て迷わずフルーツ牛乳を飲む。
やっぱ風呂上がりはフルーツ牛乳だな。
腰に手を当て、一気に飲み干す。
「あ、悠くん」
ルミナがほっこりした顔でこちらに来る。
「わたしも飲もうっと」
そう言って棚に陳列されている牛乳の前に立った。
温泉から上がったばっかりなので、隣にいるルミナがほのかに温かい。
「アリスとイリカは?」
「2人は身体洗ってたよ。イリカちゃん頭とか尻尾とかすごく泡立つから、アリスちゃんがすごく面白がってて…」
なぜか突然黙るルミナ。
「どうした」
「まさか悠くん、今の話で変なこと考えてないよね?」
「してねーよ!お前ら俺をなんだと思ってるんだ!」
「ふふっ冗談だよっ」
ほんとやめてほしい。
ルミナが笑いながら瓶の蓋を開け、牛乳を飲む。
温泉から上がった直後に牛乳を飲む女子は、なんか色気があっていいと思います。はい。
そんなこと考えてるから、こいつらにこんなこと言われるんだな。
すると、イリカたちが風呂場から出てきた。
イリカは気持ちよさそうに目を閉じほかほかしていた。
「ん、気持ちよかった、ほわほわ」
「ほんとね、明日の朝も入りましょうか」
アリスも温泉が気に入ったようでよかった。
「そうだ、みんなで卓球しよう!」
ルミナが思いついたかのように言った。
「まあ温泉と言えば卓球だしな」
というかあるのか、卓球。
前の世界の文化がちょくちょく滲み出てるな。
まあそれで助かってる部分もあるんだけど。
3
卓球はトーナメント式で行われた。
一回戦は俺とアリス。
「負けないわよ、悠斗!」
ラケットをこちらに向けアリスが宣言する。
「はいはい、行くぞー」
俺は軽く受け流しサーブをする。
アリスとのラリーは意外に続いた。
やっぱり体育とかでやったことあるんだろうか。
俺もやったしな。
総じて普通にうまいと思う。
打つ時に「やぁ!」とか「たぁ!」とか言わなきゃまともに見える。
試合も中盤に差し掛かり、アリスが点数を整理する。
「えーっと、今悠斗の点数が8点で私の点数がいち、にー、さん…悠斗、今何時?」
「ん?6時だけど」
「あらそう。それで今の私の点数がなな、はち、きゅー…」
「5点だ、5点。そのサバ読みは大胆すぎるだろ」
「ちぇ、つまんないの」
結果この勝負は俺が勝ち、ルミナ対イリカの戦いはイリカが勝った。
だが俺は始まる前からもうやりたくなかった。
なぜって…
「ん」
俺の横を球がスパーンと通り過ぎていった。
もちろんしっかり卓球台に入っており、かつ威力がありすぎる。
イリカの並外れた反射神経とコントロールに、俺は球すら触れなかった。
そして3セット目にして俺は降参した。
「ん、おにい、弱い」
「お前が規格外なんだよ」
もうこいつとは卓球しないでおこう。
「あ、悠斗じゃない」
「悠斗さん、また会いましたね」
声のする方を見ると、そこにはカスミとシズクが浴衣姿で立っていた。
2人も温泉に行ってたようだ。
「おう、てかお前らもいたのな」
もはや驚きを通り越して呆れた。
「ねえ悠斗、早く移動しましょう」
アリスが無表情で腕を引っ張る。
すると反対の腕をカスミが掴む。
「ちょ、ちょっと待ちなさい、悠斗。あたしたちと一緒に来なさいよ」
「はあ?何言ってるの?悠斗は私たちと一緒に行くのよ」
2人が腕を引っ張り合う。
痛い痛い柔らかい痛い。
「こうなったら卓球で勝負よ!」
「ふん、望むところよ!あんたなんかこてんぱんにしちゃったりなんかしちゃうんだから!」
そしてなぜか急遽始まる卓球勝負。
熱くなる女子連中をよそに、俺は1人外に出た。
そしてぽつりと一言。
「夏も終わるなぁ」