11話 幸せが見つけられない!
1
俺の誕生日から数ヶ月が過ぎ、季節は春を超えて夏真っ盛りであった。
昨日クエストに行った後、ほかの3人は今日それぞれ予定があると言い、家には俺1人だけ。
英語で言うとホームアローンである。
泥棒の1人や2人でも入ってくれば、撃退なりなんなりしたのだが、冒険者の家に押し入る泥棒なんていなかった。
暇すぎてベッドに仰向けになりながら、取り留めのないことを考えていた。
1日寝て過ごすってのもなぁ。
何があれば暇にならずに済むだろうか。
どうすれば幸せになれるのだろうか。
幸せって、なんだっけ……。
うまい醤油がある家?
そうだとしたら前の世界は幸せだったなぁ。
サンキューキッコーマン。
だが残念なことに、この世界にはキッコーマンもラッキーマンもいない。
世知辛いこの世界で、幸せは自分で掴むものなのだ。
って、どっかの歌でも言ってたな。
とにかく今日1日を昼寝だけで終わらせないように、俺はとりあえず外に出てみた。
なんの考えもなく、ふらっとギルドに立ち寄る。
「あ、ユウトさん!ちょうどいいところに!」
俺の顔を見るなりギルドの受付のお姉さんが声をかけてきた。
「どうしたんですか?」
「実は以前、クエストでダンジョンを探索したじゃないですか」
あー、たしかに行った。
ちょうど1週間くらい前かな。
あの時は大した報告もなく終わったはずだ。
「そのダンジョンに実は隠し扉が発見されまして、これからベルメルク王国直営ギルドが調査に向かうのですが、そこにユウトさんも是非同行していただきたくて……」
そんなものがあったとは。
正直興味が出てきた。
ちなみに国営ギルドとは国、つまり政府が直接運営しているギルドであり、俺が今来てるギルドとの違いは、まあ簡単に言えば本店か支店かの違いだ。
確実に仕事が舞い込んでくる分、自分で仕事を選ぶことができない。
だからそこに所属している冒険者は、どんな依頼にでも対応しなければならないので、必然的に高レベルの冒険者が集まっている。
「わかりました。引き受けましょう。」
俺が返事をすると、お姉さんは嬉しそうに手を合わせ続けた。
「ありがとうございます!あ、でもほかの方たちは今日はいないんですね」
「ああ、たしか用事があるとかなんとか。国営ギルドもいることですし、僕1人で大丈夫でしょう」
「そうだったんですか。では国営ギルドにお話ししておきます。集合場所はダンジョン前なので、遅れないようによろしくお願いします」
そんなわけで俺は1人でダンジョン前に向かった。
2
指定された時間の10分前に例のダンジョン前に到着した。
(ふぅ、ちょっと早かったか……。)
ダンジョン前をぶらぶらしていると、草むらがガサガサ音を立てた。
俺はすぐさま短刀を抜き、警戒する。
すると草むらから出てきたのは、モンスターではなく女の子だった。
「っひゃん!!」
女の子は顔面から地面に行ってしまい、変な声を出して転んだ。
「……えっと、大丈夫?」
一応声をかける。
すると女の子は、立ち上がり答えた。
「ってて、大丈夫、です。」
よく見ると、女の子の服の腕にベルメルク王国の紀章が付いていた。
白い帽子に白の制服とスカート。
黒髪の長いツインテールが制服の色と合っている。
大きくてちょっとタレ目な青い瞳は、彼女の性格の良さを感じさせる。
そんなことを考えていると、草むらからまた別の女の子が現れた。
「ちょっとシズク、あんまり慌てて走ると……、ってやっぱり転んでる。」
その子の制服の腕にも紀章が付いていた。
ほとんど同じ制服を着ていたが、唯一違う点は彼女の制服は黒だったことだ。
腰まである綺麗な金髪に大きなつり目がちの青い瞳。
控えめに言ってどちらも可愛い。
シズクと呼ばれた少女が笑って話す。
「ごめんねカスミちゃん、今度から気をつけるよ。」
「そう言って前も転んだんでしょ⁉︎全く、ぼーっとしすぎなんだから。」
カスミと呼ばれた少女がシズクに注意する。
「あ、ごめんなさい。あなたがマスターが話してた人ね。」
カスミが俺に気づき声をかける。
マスターというのは誰だか知らないが、その話してた人は多分俺だろう。
「あたしは国営ギルドから派遣されてきた冒険者、カスミよ。」
「し、シズクと言います。先程はお見苦しい姿を見せてすいませんでした……」
2人が挨拶をする。
「俺は悠斗。1週間くらい前にダンジョン調査をしたんだけど……ってどうかした?」
俺が自己紹介すると、カスミがまじまじと俺を見つめた。
「ねぇ、あんたって強いの?」
「はぁ、わからんけど……」
なんだこいつ。
初対面の相手に失礼じゃないだろうか。
挨拶していきなり罵倒されるこんな世の中じゃ。ポイズン。
心の中でギターをかき鳴らしていると、カスミが続ける。
「ここってたしかそこそこ難易度高い場所よね。あんたほんとにこのダンジョン攻略したの?」
「あ、カスミちゃん、いきなりケンカするのは…」
カスミの歯に衣着せぬ発言に、シズクはヒヤヒヤしていた。
挑発された俺も多少イラッとしたので、ちょっと言い返すことにした。
「俺がこのダンジョンを攻略したかは入ってみればわかるんじゃないか?まあ、俺からしてみれば、国営ギルド様の実力の方が気になるけどなぁ」
「な、何ですってぇ!!そんなこと言ってると、あ、あんたなんか、ダンジョンの奥底に置いてきちゃったりなんかしちゃうんだからぁ!!」
顔を赤くし、こちらを指差して怒っているカスミ。
こいつ煽り耐性ねぇなぁ。
それをなんとかなだめるシズク。
そしてその2人を眺めつつ、ダンジョンに1人向かう俺。
今日はこんな3人でお送りします。
3
ダンジョンに入ること数十分。
俺たち3人は問題の隠し扉の前に到着した。
隠し扉は、壁の部分を押し込むと作動する仕組みになっており、ゴゴゴッと音を立て扉が開いた。
だが扉が開いて数秒、沈黙が流れた。
「ねぇ、あんた先行きなさいよ」
なぜか先頭を俺になすりつけるカスミ。
前の世界にもいたな、お化け屋敷とかやたら先頭にしたがる奴。
「はぁ、別にいいけどさ」
相手にするのも面倒なので、言われるがままに先頭に立った。
カスミは、俺がすんなり言うことを聞いたのが意外だったようで、素で驚いた顔をしていた。
別に驚かれるようなことじゃない。
俺が反論すればまた突っかかってくるに決まってる。
ダンジョンでの揉め事はろくなことにならない、それだけのことだ。
人1人分くらいの通路を俺を先頭にシズク、カスミの順で歩いた。
俺とシズクの魔法で先を照らしながら奥へ進むこと10分。
通路の先に扉が見えた。
後ろの2人に合図し、扉を開ける。
扉の奥は部屋になっていた。
だいたい6畳くらいの広さだろうか。
テーブルや椅子、簡易ベッドのほかに地面になにやら描かれていた。
シズクが光を近づけて描かれているものを調べた。
「こ、これ!魔法陣ですよ!一体誰が…」
「それは私さ」
背後から知らない声がし、振り向くとカスミが汚れた服を着た男に捕まっていた。
「カスミちゃん!!」
「おっと動かないでもらおう。この小娘がどうなってもいいのか?」
シズクが近づこうとすると、男はカスミを押さえている手に力を込める。
カスミは抵抗しようとするが、ビクともしなかった。
「ぐっ、こ、このっ、放しなさいっ!」
「そうはいかない。お前は人質であり、大事な実験体だからなぁ」
「じ、実験体?」
男はふんと息を鳴らし、魔法陣を指差して話した。
「私は魔術の研究をしていてな。昔、その魔法陣である奴隷の少女を異世界に送ったのだ。」
「っ⁉︎異世界って、まさかほんとに…」
「その後どうなったかは私も知らん。だが前回の反省も踏まえ今度は完璧だ!お前はその実験体というわけだ」
「ふざけないで!だいたい、そんなことをして許されるとでも思ってるの!」
カスミが食ってかかる。
すると男はカスミを壁に向かって放り投げた。
「ふん、うるさい実験体だ、先に殺してしまおうか」
放り投げられたカスミは背中を強打しだが、なんとか体制を立て直す。
カスミは瞬時に携えていた剣で男を狙う。
男は避けきれず、カスミの剣は男の右頬を掠めた。
「小癪な!!」
男が魔法を唱えると、カスミに電撃が走った。
電撃に耐えられなくなり、カスミは剣を落とす。
カスミが力なく倒れるが、男はカスミの首を掴み、持ち上げる。
「ふん、貴様、よほど先に死にたいようだな」
「くっ、ぐはっ…」
カスミは苦しそうな声をあげた。
シズクが涙目でこちらを見て助けを求めるが、俺はもう既にカスミを助けるため動いていた。
「死ねおらぁっ!!」
俺は地面を蹴り上げ、男の顔面に見事なライダーキックを食らわせた。
男は「ブハッ!!」と声をあげ、そのまま壁に叩きつけられた。
「おい、大丈夫か!」
「かはっ、はぁはぁ、な、何とかね……」
解放されたカスミは意識もあり、無事みたいだ。
男は立ち上がろうとするが、シズクがすかさず水の魔法で男を拘束する。
「眠ってください」
仕上げとばかりにシズクが魔法で男を眠らせた。
「おい、立てるか?」
地面に落ちたカスミの帽子を拾い、俺はカスミに手を差し伸べると、カスミは無言で俺の手を取り立ち上がる。
するといきなりカスミが俺に抱きついてきた。
「えっ⁉︎や、あの、カ、カスミさん⁉︎」
あまりにも唐突だったので、俺はパニックになってしまった。
だが背中に回された手は震えていた。
「お願い…、今だけこうさせて……」
耳元でそう囁かれた。
俺はカスミの背中を優しくポンポン叩いた。
怖がってる女の子に胸を貸したことはないからわからないけど、多分これで合ってる、と思う。
少しだが震えも和らいだように見える。
「…怖かった。」
カスミがぼそっと呟く。
気がつくとシズクも涙目になっていた。
「ああ、もう大丈夫だから、帰ろう」
俺はなだめるように言った。
「…うん、帰ろっか」
カスミはそう言って俺から離れ、シズクも笑顔で頷いた。
俺たちのダンジョン攻略は、こうして幕を閉じたのだった。
4
ダンジョンから出た後、例の男は国営ギルドの騎士団に連行された。
詳しいことは俺にもわからないので、まあ適当にやってほしい。
俺の仕事はここまでのようだ。
「じゃ、俺帰るわ」
踵を返し、帰路につこうとする。
「ま、待ちなさい!」
元気になったカスミに呼び止められ、俺は振り向く。
「えっと、そのぉ、なんていうか……こ、今回は助かった、ていうか……あのぉ」
口ごもり何かをもごもご言い出すカスミ。
「だからぁ、えーっと、つまり…」
「ユウトさん!また一緒にクエストしましょうね!今度うちのギルドにも遊びに来てください!」
カスミが言い終わる前に、シズクが笑顔で話してきた。
最初の頃の緊張は抜けたのか、今では普通に話せている。
「ちょ、シズク!なんで言おうとしたこと先に言っちゃうの⁉︎」
「だってカスミちゃんがなかなか言わないから」
「っ!そ、そういうことだから!約束だからね!」
そう言って2人は帰って行った。
「なんだったんだ………はぁ、俺も帰ろ」
藍色と茜色が入り混じる黄昏時。
その境目を見極めるには、まだしばらく時間がかかりそうだ。
空を見てどっと疲れが押し寄せた俺は、早歩きで家に向かった。
まあ、その、なに。
こういう日も、俺は割と嫌いじゃない。