10話 隠し事が隠せてない!
1
ルミナとスイーツバイキングに行ってから数週間が経ったある日。
俺はアリスと部屋で雑談しながらチェスをしていた。
チェスはこの世界にはなかったので、アリスと2人で暇を見つけて作ったものなのだが、駒はそれっぽいものを代用している。
雑談の内容は、お互いに元日本人なので、やれ前の世界がどうだとか、やれあの有名人はどうなっただとかの話がほとんどだった。
「ねぇ、悠斗って呪いを解く気あるの?」
雑談の合間に、アリスがポーンを動かしながら唐突に俺に聞いてくる。
「……どうしたんだ急に」
俺も自身のポーンを動かす。
こんな話をするなんて珍しい。
「別に、ただ気になっただけよ」
アリスはポーンをさらに進める。
俺のポーンが取られ、アリスのポーンが置かれる。
俺が「本当か?」という視線をアリスに向けると、アリスが補足するように言う。
「ほんとにただの好奇心よ。私だったら、自分が死なない呪いなんて解きたくないなって思っただけ」
「まあ、普通はそうだよなぁ」
俺はナイトを前に進めながら続ける。
アリスのポーンを取り、ナイトを置く。
「ぶっちゃけ俺、最初の頃は生きるの諦めてたっていうか、前の世界に愛想つかしてるっていうか。とにかく、もうどうでもよかったんだよね」
アリスの駒を動かす手は止まっている。
「でも今は、もうちょい生きてもいいかなって。どうせ死ねないんだからさ」
俺はアリスに対して笑みを作る。
アリスは「そう…」と微笑んで答えた。
「でももしうっかり呪いを解いちゃったりしたらどうするの?」
アリスがビショップを動かして聞いてくる。
俺は少し悩んで駒に手を伸ばす。
「そん時はまた考えるさ」
俺のポーンがアリスのキングに近づく。
「チェックだ」
俺はニコッと笑って言う。
するとアリスは、まるで背後にスタンドでも出しそうなポーズで不敵に笑った。
「甘いわね悠斗。私はまだ、本気を出していないわ」
こんなやりとりも、元日本人同士だからできることでもある。
馬鹿馬鹿しくも楽しいやりとりが、俺は好きだ。
「ほざけほざけ。だったら本気出してみろよ」
どうせアリスのはったりだろうと、俺は軽く考えていた。
アリスは俺の言葉を聞くと、ニヤッと笑って宣言した。
「ええ、そうさせてもらうわ」
こうして本当に本気を出したアリスに俺が追い詰められ、最終的に逆転負けしたのは言うまでもない。
2
そんな他愛もない日々を過ごし、数日が経過したある日の朝。
朝食を食べにキッチンに行くと先にいたルミナと鉢合わせた。
「おぉルミナ、おはよう」
若干の眠気を引き連れて、ルミナに挨拶する。
「え?あぁ、おはよう悠くん」
ルミナは不意をつかれたのか、少し驚いて挨拶を返してきた。
眠気があってもわかるほどの違和感があった。
「ん?どうかしたのか?」
「な、なんでもないよ?」
あまりにも不自然だったので、思わず聞いてしまったが、なんでもないと言われてしまったので、それ以上追及はしなかった。
が、明らかにおかしい。
不信感を抱きつつもパンを食べていると、今度はアリスがキッチンに入ってきた。
「おはよアリス。聞いてくれよ、ルミナが変なんだけど……」
「へぇっ⁉︎お、おはよ悠斗。る、ルミナがどうしたの?」
こいつもか。
「ふ、ふーん。ゆ、悠斗の気のせいじゃないの?」
そう言ってアリスは、すーすーと口笛を吹き、そっぽを向いた。
こんなにわかりやすく隠し事をするやつがいるだろうか。
「はぁ、お前らなんか隠してない?」
「ひぃや!!何にもないわよ!もうあっち行きなさいよ!」
「俺が先にいたんだけど…」
理不尽に追い出された俺はパン片手にキッチンを出た。
何かおかしい。
俺、なんかしたかなぁ?
思い当たる節がないんだが。
ああでもないこうでもないと悩んでいると、外で猫と遊んでいるイリカを見つけた。
「ようイリカ、おはよ」
「ん、おはよ、おにい」
よかった、イリカは普通そうだ。
「なあイリカ。今日あの2人、なんか変なんだよな」
世間話をするように、イリカにさりげなく聞いてみた。
するとイリカはすっと立ち上がり、そのまま家に入ってしまった。
これはアリスに入れ知恵されてるな。
「はぁ、ほんと俺、なんかやらかしましたかねぇ。猫さんや」
一緒にとり残された猫に、なんとなく話しかけた。
だが猫は、うんともすんともにゃーとも言わず、立ち去っていった。
代わりに俺がはぁとため息をついた。
そんな気まずい雰囲気が1週間続いた。
討伐クエスト中もなんだかぎこちない感じが続き、移動中もルミナは目が合うと動きがカクカクになるしアリスはすぐ明後日の方向を向いていた。
イリカは一見普段どおりに見えたが、俺と話す時は目が泳いでいた。
そんな3人に俺はとうとう我慢ができなくなった。
「なあ、俺なんかしたのか?」
夕食の気まずい時間に耐えきれなくなって俺が3人に言った。
3人はそれぞれ驚いた顔をしていた。
「なんか気に障る事でもしたか?知らない間にやらかしたか?気を悪くしたんなら謝るから教えてくれよ!」
この1週間溜まってた思いをぶつけた。
すると3人は、目を合わせてなんとも言えない顔をしていた。
「えっとね、悠くん。別に悠くんの態度に怒ってるんじゃないよ?」
「は?どういうことだ?」
俺はてっきり、罵倒されるのかと思っていた。
「ん、おにい、は、悪く、ない」
「そうそう!悠くんは悪くないよ」
口々に言うルミナたち。
「じゃあ今までの不自然な態度は何だよ」
「ん、それは、明日、が、……」
「はいイリカストーーーップ!!」
イリカが言いかけたところを、アリスが強引に阻止した。
「明日?明日が何だよ」
「うるさいわよ悠斗!いいから明日まで待ちなさい!」
聞き出そうとしたが、アリスがイリカの口を塞いだまま引っ張っていったことで、強制的に話が中断されてしまった。
取り残されたルミナと目が合った。
するとルミナは、アハハと笑い、
「まあ、明日までのお楽しみ、だよ」
と言い残し、席を立った。
俺は部屋に戻り、ベッドで寝ながら考えた。
明日、か。
明日ねぇ。
何も思いつかなかったが、それでいつもに戻るならと眠りについた。
3
目が覚めるとすぐに朝日が目に入った。
季節は秋から徐々に冬に変わったようで、だんだん布団から出るのが嫌になってきた。
布団の中でうだうだしてると、昨日の記憶が蘇る。
昨日の明日。つまり今日。
一晩考えたが、結局何があるのか俺には分からなかった。
「はぁ、まあ行けばわかるか」
ここでうだうだしても仕方ないとベッドから起き上がり、部屋から出た。
いつものように1階の大広間に向かうと、突然パァンとクラッカーの音が響いた。
俺は思わず数センチ飛び上がった。
すると、クラッカーを持っていたルミナたちが声を揃え、
「「「お誕生日、おめでとーーう!!」」」
と笑いながら言った。
「へ?あの、どう言うこと?」
俺は頭についたクラッカーのテープを取りながら聞いた。
「ほら、前チェスしてる時にあんたに誕生日聞いたじゃない?」
「あー、そういえば聞かれたような」
正直あの時は雑談程度の話だと思って気にも止めてなかった。
「それで2人に話したらお祝いしようって話になったのよ。ちょうど近かったしね」
「そうそう!みんなでこっそり準備するの大変だったんだよ?悠くん変に勘がいいから」
「ん、イリカ、も、バレない、ように、頑張った」
「イリカは昨日バラしそうになったでしょうが。危うくバレるとこだったんだから」
3人が楽しそうに話している。
話を聞いていると俺も思わず笑みがこぼれた。
「そっか、ありがとな。ほんと嬉しいよ」
「何言ってるの?こんなのまだまだ序の口よ?」
クラッカーを捨てながらアリスが自信満々に言った。
「誕生日と言ったらやっぱりプレゼントだよ悠くん!」
「ん、イリカ、ちゃんと、考えた」
3人と向き合う形になり椅子に座る。
すでに朝ごはんは用意されていた。
「ただ渡すだけじゃつまらないから、私たちが今日1日かけてそれぞれプレゼントを悠斗に渡すわ!」
「えへへ、それぞれの時間は前もってくじで決めてあるんだ。絶対満足させてあげるね!」
「ん、イリカ、が、いちばん」
ただでさえ祝ってもらえるだけで嬉しいのに、まさかこんなことまであるなんて。
というか、俺は母親以外の女子に誕生日を祝ってもらった試しがない。
いや母親が悪いとかそう言うことを言いたいのではなくて。
とにかく感動しかない。
感動に浸っているとアリスが、
「ご飯食べたら、早速行くわよ!」
と笑顔で宣言していた。
元気よく出て行くアリスに、俺はただついていくことしか出来なかった。