9話 こいつには絶対食べさせない!
1
「いや!絶対に無理!」
「そんなことない!ルミナなら大丈夫だ!」
「もう、だめだよ悠くん!私はもう……」
涙目のルミナと、励ます俺。
どうしてこうなったのか。
話は数時間前に遡る―
「悠くん!出かけるよ!」
「…はい?」
部屋の扉をノックもせず開け、ルミナが唐突に言ってきた。
「出かけるってどこに?」
「それはねぇ…」
と言ってルミナは、どこからかもらってきたであろうチラシを見せてきた。
「新しくできたスイーツ屋さんだよ!」
「スイーツねぇ」
たしかにスイーツは俺も好きだ。
この世界のスイーツにも興味がある。
「しかもオープン記念でスイーツバイキングがあるんだよ!」
「お前の狙いはそっちか…」
まあ女子って好きだよなスイーツバイキング。
スイーツ見てきゃっきゃうふふしてこれやばいだのえぐいだのエモいだの言い合い、終いにはよく分からん自撮りをインスタにあげる。
ほんと女子ってやばい。
やばみがえぐすぎてやばい。
「ね、行こうよ悠くん」
偏見の強い妄想をしているとルミナに声をかけられる。
「イリカとアリスはどうしたんだ?あいつらも誘ってやったら?」
「イリカちゃんはお友達と遊びに行くんだって」
「え?あいつ友達いたのか」
「最近仲良くなったみたいだよ」
へぇ、まあ楽しいなら何よりなんだが。
「アリスちゃんは他に行くとこがあるんだって」
「そうか。で、残ったのは俺ってわけか」
まあせっかくだから行ってみようかな。
「よし、行ってみるか!」
「おー!!」
俺とルミナは新しくできたスイーツ店に行くことになった。
2
「最後尾はこちらとなりまーす。開店までもうしばらくお待ちくださーい」
店に着くと店員が列整理をしていた。
「ほら、あそこだよ悠くん!早く早く!」
「わかったから、そんなに引っ張るなよ」
ルミナに腕を引っ張られながら待機列に並ぶ。
てかこいつ、食べ物のことになると本当に力が強いな。
大型犬の散歩かと思ったわ。
「あ、見て見て悠くん、開いたみたい」
「ああ、そうだな」
店員が列の客をさばいているのがみえる。
その時、俺はふと考えてしまった。
こうやって女子とスイーツ食べに行くのって、初めてじゃないか?
もっと言うと、女子と2人きりでどこかに食事すること事態初めてじゃないか?
そう思うと無駄に緊張してきた。
落ち着け、相手はルミナだ。
食べ物にしか興味はない。
変な勘違いはよせ。
自己暗示をかけていると、ルミナが顔を覗き込んできた。
「どうしたの悠くん?列進んでるよ?」
「あ、ああ。そうれしゅね」
突然のことで思わず噛んでしまった。
「ん?変な悠くん」
ルミナはこちらを振り返り言った。
ほんとに俺はどうにかなっちゃいそうだった。
だがそう思ったのも席に座るまでだった。
席につくやいなや、ルミナは真っ先に走り出し、お皿に引くほど山盛りのスイーツを持ってきた。
タルトにシュークリーム、ケーキにプリン。
別の器にはソフトクリームもあった。
「お前ほんとにそれ全部食べるのか?」
「そうだよ。当たり前じゃない」
俺は見てるだけで胸焼けしそうだった。
見てるだけなのもアレなので、俺はフルーツでも食べようかと思い、席を立った。
圧倒的な女子の多さに肩身の狭さを覚えつつ席に戻ると、
「キャーーーーッ!!」
ルミナが悲鳴をあげた。
その声に俺だけではなく周りの人も反応してしまう。
「どうした!何があった⁉︎」
俺がルミナに聞くとルミナは強張った表情で言った。
「中に入ってて気づかなかったの……まさか、あれが入ってるだなんて!」
「なんだ?虫か?金属片か?」
前の世界でもよくあった事件だ。
だが今回はどうやら違うようで。
「全然違うよ悠くん!この中にはね……」
「何が入ってたんだ?」
「…メロンが入ってたんだよ」
「………はい?」
メロン。
誰もがよく知る、あのメロン。
それがたしかにルミナの持ってきた皿の中にあった。
「ルミナさん、もしかして……メロン、お嫌い?」
「そうなんだよ!!メロンだけはどうしても食べられなくて!!!」
机を叩きながら、ルミナは悔しそうに答える。
周りの人たちも呆れたように散り散りになっていった。
「まあ苦手なのは仕方ないけどな。そんなに苦手なのか?」
「うん。もし食べちゃったら……」
ルミナは一呼吸置いて、こちらを見つめながら言う。
「リバースしちゃうかも」
「そんなに嫌いなのかよ!!」
俺も苦手な食べ物はある。
けどそこまでなるか?
まあ俺自身、苦手な食べ物出されたら絶対食べないけど。
「そんなに嫌だったら食べなきゃいいんじゃない?」
「ダメだよ!私の中で食べ物を残すなんてありえないんだから!」
「けどリバースするんだろ?やめとけよ」
「ううん、頑張る」
頑として首を縦に振らないルミナの目は、もはや涙目になっていた。
ルミナの意思は固いようで、食べ物を残すという選択肢はないようだ。
だが何分経ってもルミナのお皿からメロンが消えることはなく、バイキングの時間ギリギリまで残っていた。
「なあ、もうよくないか?」
「ダメだよ!これは私が食べなきゃ……」
もう早く食べてやれよ。
じゃないと俺がもらっちゃうよ。
「よしわかった!」
「なに?悠くん」
このままじゃルミナは延々とメロンを食べないだろう。
だからちょっと強引に行かせてもらうことにした。
「ルミナが食べられないなら俺が食べさせてやる!」
「ふぇっ⁉︎」
俺の提案にルミナは動揺していた。
「自分でやるから躊躇するんだ。俺がひと思いに食べさせてやるよ!」
「えっと、それは、嬉しいんだけど、ちょっと恥ずかしいって言うか……嫌ってわけじゃないんだけど、色々気にしちゃうんだけど……」
なんでルミナがこんなに焦ってるんだ?
ルミナはなぜか顔を赤くしながら早口で話す。
「いいからやるぞ!早く食べろ!」
メロンにフォークを指し、ルミナの前に差し出す。
「絶対に無理!食べられない!」
咄嗟のことにルミナは弱気になってしまっているようだ。
「そんなことない!ルミナなら大丈夫だ!」
「もうだめだよ悠くん!私やっぱり無理!」
「いける!ルミナなら!」
こうやって励ますこと10分。
ついにルミナが覚悟を決めたらしい。
「……悠くん、私食べるよ」
「ああ、頑張れルミナ!」
勇気を出したルミナは俺が差し出したメロンを口に運び・・・。
3
俺が洗面所で顔を洗っていると、申し訳なさそうにルミナが声をかけてきた。
「あの、悠くん。ほんとにごめんね」
「いや、全部吐き出されるよりマシだ。むしろあれで済んでよかったよ」
あの後メロンを食べたルミナは、宣言通り俺の顔面にリバースした。
幸いリバースしたのは口に含んだメロンだけだったので、悲惨なことにはならなかった。
「しっかしルミナにも苦手なものがあるんだな」
「私だって苦手なものくらいあるよ」
俺が茶化すとルミナは恥ずかしそうに言った。
「ま、やっちまったことはしょうがないか。早いとこ帰ろう」
「……うん」
2人でお店に謝罪をし、家に帰った。
「あら、お帰りなさい。どうだったのスイーツは」
家のリビングに座っていたアリスが声をかけてきた。
「ん?まあまあかな。悪くなかったよ」
「そう?でもルミナはなんか暗い顔してない?」
ルミナに目を向けると、たしかに表情が沈んでいた。
俺にメロンをリバースしたことを気にしているのだろう。
「実はね…」
「実はルミナ、スイーツ食べすぎちゃってさあ、それでこの後の夕飯の心配してるんじゃないかな?」
俺はルミナが言いかけたことを遮った。
今回のことは、みんなには秘密にしておこう。
誰にでも自分の失敗は知られたくないものだからな。
アリスは不思議そうな顔をしていたが、どうやら察してくれたようだった。
「そう、じゃあ夕飯は軽めにしましょうか」
まったくアリスの察しの良さには頭が下がる。
アリスはそう言って台所に向かう。
俺も自分の部屋に行くとするかな。
くるっと向きを変え、階段に行こうとするとルミナが追い越しざまにボソッと、
「ありがとう、悠くん」
と呟いた。
少しだけ見えた頬を赤らめはにかんだルミナの表情に、俺は一瞬ドキッとしたのと同時に、次に外食する時はもうメロンを出す店にルミナを連れて行かないと心から誓った。