第八話 朝の風景
大分間隔があいてしましましたが、続きです。
その夜、夢を見た。
妙子が目の前にたっている。両手を祈るように合わせて、目をつぶって俺に諭すかのように語りかける。
「コーくん。やっぱり私の言ったとおりでしょ?あなたこそ、選ばれた勇者。コーくんの力で、世界中の男の子をBLに目覚めさせるの!それこそが、あなたの運命なの!!」
「勇者の定義がちげーよ!それは、魔王の部類だ!!あと、そんな運命には抗ってみせるからな!!!」
相変わらず、戯けたことを抜かす奴だ。
だが、いい笑顔でサムズアップしながら、
「運命は変えられないわ。あなたはこの世に真の愛を広めるために生まれたの。私と一緒に!!」
「そのだけだと、俺とお前が救世主のようにも聞こえるな。そこはともかく、お前の意味する真の愛とやらが世界に広まると、生産性は皆無になるんだが、それが世界の終わりということでいいのか?」
「生産性なんて、真実の愛の前にはゴミくずほどの価値もないわ!それが世界の終わりというなら、私は喜んで受け入れてみせる!!!」
「どうやら、魔王はお前のようだ。これも幼馴染の宿命。ぜひ、お前を倒して世界を救ってみせる!」
なんだかんだと、勇者という響きに気をよくしている気もしないではないが、いつの間にか手に持っていた剣で妙子に斬りかかる。
「死んでまともな思考を取り戻せ!!!俺もすぐ後からいく!!!!!!」
直後に目が覚めた。妙にリアルな夢だった気がする。
ふと、部屋の中を見渡すと、窓が閉まっているため薄暗いが、窓板のすきまから漏れ出る光によって一応部屋の中を見ることはできる。見知らぬ風景がそこに広がっていた。
やはり、夢ではなかった・・・。
昨日のことを思い出す。できれば夢であって欲しいという願いは無残にも打ち砕かれた。
「う・・・。ん・・・。」
微かな声に反応し隣を見ると、美奈が寝ていた。
起こすのも忍びないので、そっとベッドから出る。
物音に注意しながら家の外に出る。
朝日に照らされてみえるのは、まさに映画や漫画で見かけるような中世ヨーロッパ農村の風景であった。
昨日、ここに来るときにみているので初めてではないのだが、あらためてじっくり見まわすと文化レベル自体は現代日本とは比べ物にならない世界に来たと実感してしまう。
ふと、視線を感じると庭の井戸の横にトーラスが立っていた。
「おはよう、浩二。よく眠れたか?」
「おはよう、トーラス。まあ、一応はね。」
疲れていたせいでかなり熟睡したはずだが、夢見が悪かったせいで今一本調子ではない。
「そうか。まあ、おいおい慣れていくだろう。とりあえず顔でも洗うといい。井戸の汲み方はわかるか?」
みると井戸の上に屋根があり、そこに滑車がついている。おそらくはね釣瓶方式の井戸なのだろう。原理自体は簡単なので汲み方はみればわかる。
「ああ、やったこと自体はないが、方法はわかると思う。」
「そうか。井戸の横に桶がある。それを使って顔を洗うといい。タオルは私が使ったものだが、これを使うといい。」
いま、使っていたタオルを俺に渡す。手触りはいつも使っているタオルに比べて硬い感じがした。麻か何かなのだろうか?だが、微妙にいい匂いがする。なんの匂いか確かめようと鼻を近づけたとき、何かが弾けるような音がする。慌てて後ろを振り返ると、美奈がまたもや鼻血のアーチを噴き出しながら後ろに倒れていくのが見えた。
「おい!しっかりしろ!朝っぱらから何やってんだお前。」
鼻血を出したということは、十中八九あれだろうが妄想する要素なんてあったのか?
「うー・・・ん・・・。」
幸せそうに倒れこんだ妹は、いい笑顔で気を失っている。
「なんだ、またいつものあれか?世話が焼けるな。」
トーラスが指を立てて呪文を唱える。すると、またもや足元から水が湧きあがり、俺たち二人をすっぽりと覆いつくす。次の瞬間跡形もなく水は消えた。
「血だらけというのもあれなので洗浄しておいた。もう顔を洗う必要もないだろうから、美奈が目を覚ましたら母屋の方にくるといい。朝食の準備をしておく。」
トーラスは慌てることなく自然な感じで母屋の方へ戻っていった。
もはや、美奈のこれはトーラスにとって驚くことでもないのだろう。驚くべき順応性だ。
ともあれ、気絶した美奈を担ぎ上げてベッドに放り込む。
しばらくすれば、勝手に目を覚ますだろうと思っていたらすぐに目を覚ましやがった。
「あれ?ここは?」
「気が付いたか?ここは、トーラスの家のベッドだ。覚えているか?」
「うん・・・。なんか、さっき目が覚めてお兄ちゃんがいなかったから外に出てみたんだけど、そこにトーラスさんのタオルに顔をうずめているお兄ちゃんの姿があって・・・。あの素敵な光景は夢だったのかな・・・?」
「ああ、お前の夢だ。妄想だ。とりあえず、トーラスが朝食の準備をしてくれているらしい。起きれるか?」
今まで周囲に男友達もいなかったおかげで気づかなかったが、美奈の妄想レベルがかなりひどいような気がする。あの程度で気絶するなんて、妙子はいったい何をこいつに吹き込んだんだ?
「うん、起きれるよ。やっぱ昨日の出来事は夢じゃなかったんだね・・・。」
不安そうな美奈の顔を見ると妄想状態であっても元気な方がいいのだろうか?とも思えてくるから不思議だ。
「ああ、どうやら現実の様だ。なんとか元の世界に戻る方法は探し出してみせるから、そんな不安そうな顔をするな。」
そう、なんとかして美奈だけでも元の世界に戻してやりたい。そのためには俺がしっかりするしかないんだ。俺自身の不安は心の底に押し止めておくしかない。
「とりあえず、朝食を頂こう。トーラスが作ってくれているからな。」
二人で、離れを出て母屋の方へ向かう。母屋から昨日嗅いだスープのにおいが漂ってきていた。
診療所にはいって、食堂へ向かう。そこにはすでに3人分のスープが並べられていた。
「ああ、来たか。いま呼びに行こうと思っていたところだ。昨日の余り物で悪いが、朝食としよう。」
トーラスが俺たちに気づいて席に座るように促す。
「トーラスさん、おはようございます。」
「おはよう美奈。大丈夫か?」
「ええ、おかげさまでぐっすり眠れました。」
トーラスの"大丈夫か?"はおそらくさっきの気絶にかかっているのだろうが、美奈は気づいていないようだ。おれも、話がややこしくなるので訂正はしない。
「トーラス、すまない。朝飯の準備までしてもらって・・・。」
「いや、昨日の残りだ。気にするな。とりあえず、食べてしまおう。」
3人で食事を始める。昨日のと同じ野菜スープだ。3人でスープをすすり始める。俺は昨日話し込んでいたこともあり、トーラスに対する緊張感はなくなっているが美奈の方は若干緊張気味だ。まあ、俺以外の年上の男の人と接する機会はあまりなかっただろうから仕方ないのかもしれない。トーラスは何を考えているかわからない無表情で静かにスープを飲んでいた。
若干空気が重いので、今日のことをトーラスに尋ねてみるとする。
「そういや昨日、礼拝がどうとか言っていたが?」
「ん?ああ、そうだな。事前に説明しておこうか。今日は村の礼拝堂で週に一回の全体礼拝があるのだ。そのときは村の人のほぼすべてが村の礼拝堂に集まる。そして本来なら神父の説教があるのだが、この村には神父がいないので代わりに村長が簡単な説話とあと村の中の出来事・中央からの布告などを村人に通達する場となっている。」
「なるほど。簡単にいえば村の全体集会みたいなものか。」
「その認識で間違いないだろう。今日はみんな仕事を休んで集まるんだ。話し合いが終われば解散となって各自家に戻って休む日になっている。今日は光の日で基本的に休みの日だからな。」
「光の日?」
「うむ。光の日から始まり火の日・水の日・風の日・土の日・闇の日と順番に名前がついている。それで一周するとまた光の日に戻る。4回週が巡ると月が替わる。月はやはり同じように名前がついている。光神の月・火神の月といった感じだ。これは2回巡って一年になる。一巡目は暖の文字が頭につけられて暖光神の月といった感じで呼ばれている。2巡目は冷だな。」
ふむ。元の世界と多少違うが月日の認識はあるみたいだな。そうなると一日の時間的なモノもあるのだろうか?
「一日の区切りはどうなっているんだ?」
「そうだな。基本的に朝日が昇って次の朝日が昇るまでが一日となっている。そのなかで日の出・中天・日没・月の中天があるくらいだな。日没と月の出は同じなので日没を月の出と呼んでいる地方もある。」
なるほど。時間的な概念はかなり大雑把なようだ。
まあ、時計もなさそうなので仕方ないのかもしれない。
「朝食を食べ終わったら事前に村長の家に行って話をしておこうと思う。流石になんの説明もなく集会に顔を出しては周囲がいらん誤解をするだろうからな。」
「そうだな。迷惑かけるがよろしく頼む。」
話しながら3人で食事を終え、後かたずけをする。
その後そのまま村長の家へと向かう。途中何人かとすれ違うが、先頭を歩くトーラスに挨拶するだけで特に俺達に対して話しかけてくることもない。視線自体は感じるが・・・。
そうこうしているうちに、村長の家とみられる一軒家に着く。石造りで立派だが、それ以外は他より多少大きいというだけで特に目立つほどの家でもない。礼拝所は隣にあるらしく、とがった屋根のいかにも礼拝所といった感じの建物が遠目に見えた。
「村長。いるか?トーラスだ。」
トーラスがドアに軽くノックをして呼びかけると、中から頭の禿げた小太りのオジサンが顔をのぞかせた。
「トーラスか?珍しいな朝早くに。礼拝はまだ始まらんぞ。」
いかにも面倒といった感じでしゃべりながら、傍らに立つ俺たちに視線を向ける。
ふと視線が合った気がした。
「そいつらが漂流者か?確かに変わった服を着ているな。まあ、とりあえず中に入れ」
小太りのおっさんに促されて家の中に入った。