第六話 邪眼?
美奈がまだ顔を赤くして妄想に耽っているので、脳天に手刀をくらわす。名付けて現実回帰。微妙な力加減と角度によって美奈と隣のバカ女を現実に戻す俺の必殺技だ。かっこいい感じで中学時代に名付けてみたが、今考えると恥ずかしいので技名は叫ばない。
手刀を食らった美奈は、頭を抱えて蹲る。痛かったようだ。
「いたーい!なにすんのー!」
涙目で抗議する美奈に
「それはこっちのセリフだ。ところかまわず妄想するなっていってるだろ!みろ!この血まみれの惨状を!」
我に返った美奈に抗議すると、美奈は目を逸らして明後日の方を向く。
”私関係ありません。”という態度がムカつく。
もう一発お見舞いしようとしたところで、トーラスが口をはさんでくる。
「まあまあ、それよりも体調は大丈夫なのか?」
美奈の顔を覗き込むトーラス。さすがに恥ずかしいのか、美奈は俯いて
「大丈夫です・・・。」
と蚊の鳴くような声で返事をする。
「そうか、とりあえず事情を説明してもらいたいのだが、ここではまずいか。食堂の方へ移動しよう。」
4人で入口の所にある食堂へ移動する。
俺は上着を脱いできたが頭に血がついている。美奈もまだ鼻血がこびりついている。
それを見たルーフィが、
「すこし水を持ってきた方がいいな。持ってくるから燭台と盥を貸してくれ。」
と言ってくれた。
だが、トーラスが
「いや、水で落とすのも面倒だろう。洗浄した方が早そうだ。」
といい、目をつぶって右手を俺たちの方に突き出して
「プルーガ」
と呟く。
すると俺たちの足元から水が湧き出て、あっという間に3人の体を包む。
次の瞬間、一瞬水自体が光った後、何事もなかったように水が消えた。
俺が呆気にとられていると、美奈が不意に
「すごーい。お兄ちゃんもルーフィさんも綺麗になってる!」
と叫んだ。
見ると美奈の顔にあった鼻血のあともきれいに消えていた。ルーフィにかかっていた血の跡も同様だ。
「面倒なので”洗浄”の魔術を使った。綺麗になってるだろ?」
と、トーラスがなんでもないことのように言う。
「さすがトーラスだな。普通は服とか食器みたいな小さいものをきれいにする時に使うんだが・・・。人を丸ごとしかも3人も纏めて洗えるのは、この村ではトーラスぐらいだな。」
ルーフィはしきりに感心している。
俺も初めて魔術のすごさを実感した。魔術ってこんなこともできるんだな。
「まあ、魔術談義は後にしてとりあえず席に着こう。もう休ませてやりたいとこだが、一応事情を聴いておきたいのでな。」
トーラスの勧めに従い、4人で食堂のテーブルに座る。
一息つくと、俺は事情の説明を始める。
「先ほどは愚妹がすまなかった。こいつは、何と言ったらいいか・・・。男と男が仲良くしているのを見ると興奮する癖があるんだ。」
できる限り、言葉を濁して説明を始める。あまり詳細に語りたくはない。
だが、すかさずルーフィが突っ込んでくる。
「男同士が仲良くして興奮する?なんかよくわからない癖だな。具体的にどんな時になるんだ?」
なんと言って説明すればよいかと思い悩んでいると、美奈が横から口を挟んでくる。
「ただ仲良くしてればいいというわけじゃないんですよ。こう、なんと言ったらいいか・・・。そう、そこに友情を超えた世界の広がりを感じさせるというか、具体的に言うと手を握ったり見つめ合ったり、肩を抱き合ったり、更に言うとくちづ・・・。げ!」
最後まで言わせず、脳天に手刀を叩き込む。美奈が頭を抱えている。
その雰囲気で、何かを察したのか、トーラスが深いため息を吐いた。
「なるほどな。美奈はそういう方面に興味があるのか・・・。アカデミー時代にも何人かそういう女の子はいたがな。しかし、美奈は随分とおませさんなんだな。そういうことに興味を持つには年が若すぎないか?」
「そうだな。確かにマセガキなんだが、その原因は俺の家の隣に住んでいる馬鹿女の影響なんだ。そいつは俺たちにとっての幼なじみで俺と同じ年なんだが、昔からそっち方面に強く興味を示していてな。そして、そいつを姉のように慕っていた美奈は、そっち方面の英才教育を施されて育ったといってもいいだろう。そのせいで、こいつはここまで・・・。」
涙なくしては語れない事情を説明し始める。
一方美奈は、こっちを睨みつけてくる。あの女に洗脳教育をされた美奈にとって、俺の言い分の方が間違っていると思っているらしい。
「違うわ!私は真実の愛に目覚めただけ!お兄ちゃんこそ真実の愛に目覚めて!お兄ちゃんにはその素質があるの!!」
戯けたことをほざく美奈にもう一発お見舞いしておく。美奈が再び痛みで頭を抱えておとなしくなった。
その様子を見ていたトーラスが口を挟む。
「美奈の言うことは、一理あるな。自分では気づいていないのか?」
なんと!
こいつもそっち系に理解があるやつなのか?このままここにいて大丈夫なのか?
俺の不安をよそに、美奈が”理解者を得た!”とばかりに顔を輝かせて頭をあげる。強めにお見舞いしたのにタフな奴だ。
「トーラスさん!!あなたならわかってくれると思ってました!こんな愚兄ですが、よろしくお願いします。トーラスさんxお兄ちゃん・・・。インテリ攻めxツンデレ受け?いや、ここはもっと・・・。」
美奈が顔を赤くして、またもや妄想に耽りそうになる。流石に3発目はかわいそうな気がするが、このままにしておけばまた鼻血を出すに決まっているので、心を鬼にして現実回帰を食らわせることにする。
そのとき、
「いや、美奈が期待するような話ではない。私の言いたいのは、浩二の素質の話だ。」
とトーラスが口を挟んでくる。何の話だ?
「素質?」
「うむ、浩二は気が付いていないのか?君の眼の話だ。」
「眼?」
眼がどうかしたのだろうか?
「やはり気が付いていなかったか。君の眼からは魔力が漏れているな。たぶん、生まれつきのものだろう。心当たりはないか?」
眼から魔力?
なんの話だ?
俺たちの世界で魔力なんて御伽話でしか存在しないものだ。それが俺の眼から漏れている?
「いや。そんなのは知らない。そもそも、魔力のない世界だからな。なにかの間違いだろう。」
「君の世界がどうなっているかはわからないが、君の眼から魔力が漏れているのは間違いない。こっちの世界ではそういうのは生まれつきの場合がほとんどだ。そういう者たちを”魔眼持ち”とか”邪眼持ち”という。君の場合は”邪眼”に近いモノだと思うが・・・。」
”魔眼”?
”邪眼”?
うーむ、それを聞いて思い出されるのは、ギリシャ神話のメドューサだな。確か、見ただけで相手を石にするやつだったっけ?”石化の魔眼”と呼ばれるものだったはずだ。英雄ペルセウスがアテナにもらった鏡の盾で目を見ないようにしながら戦ったんだっけか?しかし、そんなもの俺に憑いていたら大変だ。日常生活が送れないだろ。
「何かの間違いじゃないか?俺は、そんな大層なモノついてないぞ。というか、ついていたらわかるだろ。流石に・・・。」
「いや、確かに君の眼は”邪眼”だ。力は弱いがな。」
「うーん。見ただけで相手を石にしたことなんてないんだがな~。」
トーラスに”邪眼”だと断言されても、納得はできない。そんな不思議能力持ちなら流石に気づくはずなんだが・・・。
「石に?いや、君の眼は”石化”の魔眼ではない。君の邪眼は”魅了”だな。相手を誘惑する能力だ。」
”魅了”か。それもゲームとかではよく聞く名前だな。異性を魅了して、戦闘意欲を失わせる奴だな。あと、異性にモテるようにすることもできたんだっけか?異性といっても、美奈と妙子くらいしか周りにいなかった俺にとって、モテモテになる能力があるというのは今一つ信じられない。
「うーむ、俺はモテる方でないので信じられないな。さっき言った妙子という馬鹿女と美奈以外に女っ気なんてなかったに等しい。美奈は妹だから除外だし、妙子もお隣さんの幼なじみだからあまり関係ないと思うし・・・。」
「ふむ。では、君の邪眼は”男”にしか効かないのか。まあ、たまにあることだ。」
ん?
なんか恐ろしいことを言わなかったか?
「すまん、もう一度言ってくれないか?」
聞き間違いを期待して、トーラスに問いかける。
「だから、”男”にしか効かない邪眼だと言っている。気持ちはわからないでもないが、素直に受け止めろ。」
サラッと死刑判決を宣告するトーラス。
「えっとつまり、俺は男から・・・。」
「ああ。君の魔力に当てられた男は、種族に関わらず君に惚れるだろう。」
一瞬、目の前が真っ暗になった。