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邪眼物語  作者: 幸明
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第五話 トーラスの申し出

食事にしようとトーラスが呼びに来た。そこで美奈を起こし、診察室を出て食堂兼台所へ向かう。

ベッドから降りたとき、美奈が思い出したように小さく叫ぶ


「痛っ!」


そういえば、足を挫いているんだったな。鼻血の方が印象的で忘れてた。


「ん?足が痛いのか?見せてみろ。」


トーラスが美奈の足元に跪いて、美奈の足を診る。


「ふむ。骨が折れているというわけでもないな。とりあえず、痛み止めの薬をやろう。」


トーラスが棚にある小さなツボをとり、スプーンで人匙すくって美奈の口元に寄せる。


「これを一口舐めておけば、とりあえず痛みは消える。挫いただけの様なので、走ったり暴れたりしなければ明日の朝には治っているだろう。」


美奈は促されるままに一口飲む。すると、本当にすぐに効き始めたのか、普通に立てるようになっていた。


「本当に痛くない。」


不思議そうに言う美奈に対してトーラスは、


「軽度の痛み止めだ。ただ、治っているわけではないので暴れないように。あとは、一晩寝れば自然治癒で十分だろう。とりあえず、食堂まで行こう。」


トーラスはそう言うと、先頭に立って食堂に向かう。俺と美奈も後に続く。

食堂は台所とセットという感じで、奥に竈のようなものや水桶みたいなものも見える。

とりあえずトーラスに促されて、二人で席に着く


夕食のメニューは野菜スープだけらしい。簡素な食事だ。

そこにルーフィが飛び込んでくる。


「よかった。間に合ったな。トーラスのことだから食事が簡単すぎるだろうなと思って、家からパンを持ってきたんだ。よかったらこれも食べてくれ。」


ルーフィはわざわざ家からパンを持ってきてくれたらしい。気の利く奴だ。


「わざわざすまないな。ルーフィはもう食事をとったのか?まだだったら一緒に食べていくといい。」

「俺か?一応食べたんだけど、トーラスのスープを食べるのも久しぶりだからご馳走になるか。」


ルーフィがそう言うと、トーラスは台所から新たにスープを持ってきてルーフィの前に置いた。


「じゃ、簡単な食事ですまないが食べるとしよう。」

「「「頂きます」」」


トーラスの勧めに3人でありがたく頂くことにする。スープは見慣れない野菜らしきものが入っていたが味自体は悪くない。それにパンもおいしかった。ほんのりとした温かみがあり、できてまだ時間があまりたっていないのがわかる。


「母ちゃんのパンはおいしいだろう?」

「エーファのパンはいつもおいしいな。この村でも一・二を争う腕前だからな。」

「ああ、柔らかくておいしいな。このスープもいいだしが出てるな。うまい」

「ほんとだ。不思議な味だけど、おいしいね。」


美奈も腹が減っていたのだろう、夢中で食べている。それぞれに思い思いの感想を述べながら、食事は和やかに済んだ。


そして、洗い物は手伝わさせてもらい、4人でまた診療所兼書斎のような部屋に戻る。

さっきの話の続きだ。

トーラスがルーフィに簡単な説明をする。


「へ~。”漂流者”か~。初めて聞くけど、要するに違う世界の人ってことなのか?違う国ではなくて?」

「うむ、世界そのものが全く違うとこから来た者のようだ。まあ、私も文献で読んだことがあるくらいで詳しいことはわからないが・・・。」

「そうか、まあいいや。とりあえず、これからどうするんだ?」


ルーフィがズバリと聞いてくる。

だが、俺自身もどうしたらいいのか分からない。


「なんとか元の世界に帰りたいんだが、どうすればいいのか見当もつかないな。」


隣で美奈が不安そうにしているが、気休めを言えるような状態ではない。少々過酷かもしれないが、一応現状把握くらいはしてもらわないと困る。本当に帰れるかどうかすら分からない状態なのだから・・・。


「うーむ、とりあえず生活していけるようにならないとダメではないか?お金はあるのか?」


トーラスの言葉に、俺は自分の財布を開けてみる。みると、千円札が2枚と五百円が1枚、100円が3枚と10円が5枚だけあった。


「2850円か・・・。元の世界でも厳しい財政事情だな・・・。」


半ば自嘲気味に呟く。

それを見てトーラスが口を開く。


「ふむ、見慣れない硬貨だな。この大きいのは銀貨か?手触りが違う感じだが・・・。しかし、彫刻自体は細かくて見事だな。」


500円硬貨と100円硬貨を手に取りながらトーラスが質問する。

ルーフィもマジマジと硬貨をみたあと、恐る恐る手に取っていた。


「ふーん、確かに銀貨より軽いな。でも、ここまで細かい彫刻は珍しいかもな。街に行けば結構いい値で買い取ってもらえるかもな。」

「うむ、しかし明らかに銀細工ではない感じなので、下手に見られたら色々面倒に巻き込まれるかもしれない。とりあえず、これらは隠しておきなさい。」


トーラスの忠告に従い、俺は財布をしまう。

そして、この先どうしたものかと考える。


この手の異世界モノでは、冒険者という職業が一般的のはずだ。それで各地を回りながら、帰る方法を見つけるというのは定番ではないだろうか?


「一つ聞きたいんだが、この世界には”冒険者”という職業はあるのか?」


一瞬虚を突かれたように、二人が驚いた顔をした。そして、トーラスが徐に


「ああ、あることはあるぞ。君の世界の冒険者と同じかどうかはわからないが・・・。」

「うちの父ちゃんも、昔は冒険者だったんだ!」


やはりこの展開は鉄板か?しかもルーフィの父が冒険者なら詳しく話が聞けるな。


「俺の言う冒険者は、魔物退治や宝探しを生業とする職業なんだが・・・。」

「ああ。ここでも、冒険者はそういった職業だ。だが、冒険者になる気か?」

「ん?難しいのか?」

「うーむ、難しいといえば難しいが・・・。一応聞いておくが、君は魔物と戦ったり、お宝を見つける能力があるのか?」


う。現実的な意見だ。一回の高校生の自分にそんな技能などあろうはずもない。マンガとかでは簡単にやってるように見えるが、例えてみると俺の世界でライオンや虎と剣で戦うようなものだろう。そんなのはまず無理だ。かといって、どうすればいいか・・・。


「そもそも、なんで冒険者なんだ?」


トーラスの疑問に素直に答える。


「いや、俺たちの最終目的は元の世界に戻ることだ。その方法を探すためには、各地を回る冒険者が手っ取り早いと思っただけなんだが・・・。」

「そうか。元の世界に戻る方法を探すという意味では、いい方法かもしれないが・・・。簡単にできるような職業でもないな。見たところ、魔法も武術の心得もないようだし・・・。」

「そうか・・・。だが、これからどうすればいいんだろうな・・・。」


思わず心の中の不安が口から出てしまった。隣で美奈が不安そうにしている。


「しばらくはここにいるといい。むろんその間は私の手伝いをしてもらうことになるが、悪い話ではないだろう?部屋はこの家の隣にある離れを使うといい。本来は入院患者用なのだが今は誰もいない。いくつか部屋があるので好きなのを使うといい。」


と、トーラスが提案してくれた。こっちとしても願ってもない展開だ。


「そうさせてもらえると助かる。このままでは妹を連れたまま路頭に迷うところだった。」

「トーラスがそう言ってくれて助かるよ。さすがにうちに連れて行くのは無理だったからな~。」


ルーフィも家の人に聞いてみてくれたのだろう。本当にいいやつだな。


「じゃ、さっそく部屋に案内しよう。詳しいことは明日にして今日はもう休んだ方がいい。」


トーラスが立ち上がって部屋へ案内する。俺と美奈もカバンを持ってついていくことにする。なぜかルーフィも一緒に来ているが・・・。

トーラスが燭台を持ったまま家を出ると、外はすっかり暗くなっていた。近くの家の窓から明かりがいくつか漏れている。ふと見上げると、そこには2つの満月が見えていた。


「月が2つ?」

「ん?君の世界には月はいくつなんだ?」

「いや、俺の世界は一つだけだが・・・。」


その答えを聞いたルーフィが不思議そうな顔で聞いてくる。


「へ~。それじゃ、夜は暗そうだな。夜道はどうやって歩くんだ?」

「まあ、街頭とか電気があるが・・・。簡単に言えば蝋燭よりも明るいのが沢山あって道を照らしている感じだな。」


ルーフィの疑問に答えつつも、この答えはどうなんだろう?と自問している。まあ、電気とかを説明するのは難しいが・・・。ルーフィはやっぱりわからないという感じで頭を捻っている。

そこで、トーラスが隣の家の前で立ち止まる。


「そこにあるのが井戸だ。まあ、いちいち汲み上げるのは面倒なので、中にある大甕に水を蓄えておくんだが・・・。いまは、だれもいないので何も入っていない。これからここに住むなら、自分たちで用意しておいてくれ。」


そう言いつつ、中に入る。中は入口の右に台所らしい竈があり、反対の左は少し広めのリビングというか食堂のような感じになっていた。奥に続く廊下には両側に扉がついていた。その一つを開けて中を見せる。こじんまりとした感じのベッドと小さなタンスらしきものがあり、その上の窓は閉まっていた。

トーラスが窓を閉めている板を上に押し上げてつっかえ棒をする。そしてタンスの上の燭台に蝋燭を立て火をつける。


「蝋燭はタンスの中に入っているので使っていい。火は火打石がないのでこっちの家に来てもらうしかないな。まあ、少し埃っぽいかもしれないが今晩は我慢してくれ。明日にでも掃除すればいい。」

「ああ、すまない。助かる。」

「いや、いい。それよりも、妹の方はどうするのだ?このベッドに二人だと狭くないか?」


トーラスがそういって美奈を見ると、美奈は不安そうな面差しで俺の方を見る。


「まあ、慣れるまでは二人で我慢するさ。それよりも、こんなにしてもらってすまない。二人ともありがとう。」


ここは、素直に礼を述べておく。トーラスは静かな面持ちで小さく頷いている。ルーフィはちょっと顔を赤くして明後日の方を向いて、


「ふん。べつに、これぐらい大したことじゃねーし。」


と言っている。それを見た美奈が顔を赤くする。

やばいと思っていると、ルーフィが近くに寄ってきて顔を近づけて俺を見つめながら、


「今日出会ったのも何かの縁さ。俺も力になるから頑張っていこう!」


と俺に手を出す。俺も素直に手を握りしめると、


「ツンデレ!?健気攻め!?ルーフィxお兄ちゃん!?きましたわ~~~~~~~~!」


美奈がまたもや鼻血を出す。その血がアーチを描いてルーフィと俺にかかる。


「うわ。この馬鹿!」

「なんだ!?またか?」


ルーフィは鼻血を浴びて我に返ったように後ろに仰け反る。俺はまたもや妹の鼻血を被ってしまう。

その様子を見ていたトーラスが


「ふむ。なるほどな。そういうことだったのか・・・。」


とひとり呟いていた。







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