第四話 トーラスの話。
「まず初めに言っておこう。恐らく君たちはこの世界の人間ではない」
トーラスは最初にきっぱりと断言した。
俺は”何を馬鹿な!”という思いよりも”やっぱりそうか。”という思いの方が強かった。
これでもマンガやゲーム・小説などは色々よんできたので、異世界物に対して多少の免疫はある。
そんなこと実際にあるのか?とか思わないではないが、実際にいるこの世界が俺の知っている世界とあまりに違うので別な世界に来たのだという思いはある。同じ世界の中世ヨーロッパ辺りに時間移動した可能性も考えたが、日本語がここまで通じるのはおかしい。やはり、異世界という方がしっくりくる。
「ほう?あまり驚かないのだな?もっと取り乱すかと思っていたんだが・・・。」
黙って話を聞いている俺たちを見てトーラスが感心したような声をあげる。
俺にとっても美奈が黙っていることは意外であったが、こいつもファンタジー物の小説とかアニメを見ているので現実感はともかく理解自体はしているのであろう。
「まあ、取り乱さない方がこちらも話がし易くてよい。では、続けるぞ。」
トーラスは真剣な表情で先を続けた。
「この世界は特に名前はついていないが、まずここの場所から説明しよう。ここはリングデルグ大陸にあるマグナルド王国の中のアルテの村だ。聞いたことあるか?」
「いや、村の名前はさっきルーフィが言ってたがそれ以外は初耳だな。」
「まあ、そうだろうな。それで、君たちのことだが確か日本の藤木とかいう街に住んでいたんだったな?」
「ああ」
「私の知る限り、日本という国や藤木という街は聞いたことがない。そして、着ている服も我々のものと大分違うようだ。」
トーラスの着ている服は黒いフード付きローブで、少なくとも日本では着ている人はいないだろう。
また、窓にガラスが張っていないことからも現代日本とは全然違っている。
そういえば、いつの間にか窓から入る明かりがずいぶん少なくなっている。夜が近いのだろう。
それに気が付いたように、トーラスが蝋燭の近くにいく。
「イグニ」
そう言うと、指の先に小さな炎が現れ、トーラスは蝋燭に明かりを灯す。
「わあ・・・。」
美奈が感嘆の声を漏らす。俺にとっても驚きだ。恐らく魔法と呼ばれるものなのあろう。
「ほう?魔法を見るのは初めてか?」
「ああ、俺の世界には魔法なんてなかったからな・・・。」
「ん?では、なぜ魔法だとわかるんだ?」
「いや、御伽噺や伝説ではあるんだが・・・。実際にみるのは初めてだ。」
俺の言葉にトーラスが興味を惹かれたようになる。
「ほう?では、君の世界に火はないのか?」
「いや、道具で火をつけるんだが、こちらの世界にはないのか?」
「ああ、火打石のことか?こちらの世界でもあるぞ。魔法を使えないものはそれを使うな。」
「魔法を使えるものと使えないものがいるのか?」
「うむ。とはいえ、さっきのように簡単な術は使えるものの方が多い。魔法自体は高価だが一度覚えればずっと使えるからな。」
「高価?魔法を金で買うのか?」
「ああ、呪文の石を体内に取り込むことで魔法が使えるようになる。まあ、その辺はおいおい話してやろう。まず君たちのことだ。」
トーラスが再び椅子に腰かけてこちらを向く。
「この国の古い文献に”漂流者”と呼ばれる異世界の住人らしい者の記録がいくつか残っている。それは、君たちの世界なのかまたは別な世界なのかはわからないが、”奇妙な言葉を使い、奇妙な服や道具を持っていた”と記録には残されている。まあ、ここら辺の記述は曖昧でよくわからないことも多いのだが・・・。」
「待ってくれ。俺たちが”漂流者”であるとしても言葉が通じているんだが・・・。」
「うむ。異世界からくるものには”漂流者”と別に”呼応者”というものがいるのだ。君たちはそっちの方ではないかと思っている。」
「呼応者?」
「うむ。”漂流者”と違い、こちらは最初から加護の力によってこちらの言葉を話すことができる存在のようだ。」
「加護の力?」
「簡単に言えば神による特別な力のことだ。神にあったのか?」
「いや、そんなものにあった覚えはない。そもそも神なんているのか?」
「さあな。私も会ったことは無いんでな。だが、何らかの魔術か加護を受けていないとこちらの言葉が話せるのはおかしいだろ?」
「まあ、それはそうなんだが・・・。では、俺たちは”呼応者”というやつなのか?」
「いや、それがそうも簡単な話ではなくてな。”呼応者”とは”召還者”と呼ばれる魔術師や儀式魔法のよって呼び出される者のことなんだが、君たちがこちらに来た時近くに誰かいたのか?」
「いや、誰もいなかったな。」
「それが普通の”呼応者”と違うとこなんだ。呼び出したものが近くにいない以上”漂流者”なんだろうが、腑に落ちない点が多々あるな。」
「そうか、それはいい。元の世界に戻る方法があるのか?」
「そこら辺のことは王都でもいって高名な学者先生とかに聞いてくれ。ただ、”漂流者”の場合は帰るのは難しいかもな。」
「どういうことだ?」
「恐らく”漂流者”は君の世界とこちらの世界を繋ぐ道のようなものに偶然迷い込んだものだろう。その道を引き返すと戻れると思ったのだが、君が来たという穴の中には何もなかったんだろ?」
そうだ、穴から出た後美奈を上にあげたり荷物をとったりしてしばらく穴の中にいたが特に変なものはなかった。こちらの世界に来るときにあった”光”が道の役割を果たしていたのか?
考え込んでいると、ふと気が付いたことがある。
「さっき、”漂流者”では難しいといったな。では”呼応者”なら帰れるのか?」
「まあ、簡単な話ではないが、さっきも言った通り”呼応者”は”召還者”によって呼ばれたものだ。ならば”召還者”によって戻る方法があるのではないかな?そこら辺は田舎の薬師にはわからんな。そもそも召還方法ですら”禁呪”扱いなので知っている人自体が少ないと思われる。」
「禁呪?」
「うむ。”召還者”は己の望みを叶えるために”呼応者”を呼ぶらしい。それは神様を呼んで望みを叶えるのに等しい行為だ。おいそれと使えばこの世界がめちゃくちゃになる。」
「まあ、なんとなくわかる。だが、俺にそのような大それた力があるとは思えないんだが・・・。」
「それは”召還者”の望み次第だろうな。それよりも、腹が減ったんじゃないか?話の続きは後にしてまずは腹ごしらえをしよう。簡単なモノしかできないが食うといい。」
「ああ、すまない。何か手伝うか?」
「手伝ってもらうほど大層なものは期待するな。男の一人暮らしだからな。」
トーラスが一人で部屋を出ていく。
美奈が大人しいなと思ったら、いつの間にか寝ていたようだ。まあ、聞いていても半分も理解できなかったろうが・・・。
さて、一人で少し頭を整理してみる。
少なくとも判っていることはここが別な世界だということだ。どうやって元の世界に帰るかは全くわからない。いや、帰る方法自体があるのかもわからない状況だ。となれば、とりあえずこちらの世界で生活していくしかないのだろうが、どうやって生きていけばいいのだろうか?せめて美奈だけでも元の世界に帰すことができればいいのだが・・・。とりあえず、美奈のことだけは守らないといけないな。
様々な疑問や問題点が頭の中をグルグル駆け回るのだった。