プロローグ
さあ、はじまりました。
最後まで完結できるように頑張りたいです。
「お姉ちゃん、無事だといいね・・・。」
夕日の赤い光が照らし出す土手の上を歩きながら妹が尋ねるように独り言のように小さく呟いた。
「あの女が簡単にくたばるわけがないだろ。大丈夫に決まってる。」
「そうだよね。大丈夫だよね。」
翳りがちの妹の表情が少し明るくなる。
実際、あの女が簡単にくたばるとはこれっぽっちも考えていなかった。
長い付き合いの俺はあの女の生命力の強さをよく知っている。
何があったのかはわからないが一週間帰ってこない程度ではあの女の心配する気にすらならない。
「でも、一週間も連絡ないなんて・・・。」
「どうせ、なんかで熱くなってるんだろ。いつものことだ。」
熱くなって周りが見えなくなるのはいつものことだ。実際やつの両親もあきらめてるのかあまり心配もしていない。
心配しているのは俺の妹くらいなものだ。
「妙ちゃんの癖だからしょうがないんだけど・・・。」
あれを癖で済ませる妹もすごいと思う。
あれは、病気だ。精神疾患だ。まちがいない。
上野妙子。
一見すると普通の女の子なのに、ある特定分野に関わると途端に態度が豹変する。
その様たるや、恋に恋焦がれる乙女。とは間逆の狂信というか妄想爆発というか、とにかく暑苦しくてうるさい。一見するとそれなりの美少女なのに回りの男共がまったく騒がない事実がそれを物語っている。
だが、奴は俺こと小西浩二の生まれたときからの幼馴染であり、妹小西美奈にとっては姉代わりの存在として俺たち人生にガッツリ絡んでいる。
そういうとても身近な存在が事件や事故にあうというのは現実感が伴ってこない。
よく、身内の事故とかを現実のものと受け止められないと感じるのは同じような感覚なのだろう。
学校帰りに学童保育にいる妹を迎えに行き一緒に帰る土手の上。いつもならうるさいやつも一緒のことが多いので、二人きりになるとどこか物寂しく感じるのは確かだ。
だから、夕日の当たる土手を歩きながらなんとなく目でやつの姿を探してしまうのも仕方のないことかもしれない。
ふと見回すと土手の下の茂みになにか光るものがあった。
「なんだあれ?」
「?」
妹も釣られたように俺の視線をたどる。
茂みの一角に黒い穴のようなものがあり、その中から光が少し漏れている。
「妙ちゃん?」
妹がなにかを感じたように土手を降りて、茂みに近づいていく。
「おい。あぶないぞ。」
「妙ちゃんの声がする・・・」
慌てて妹に近づきその手をとるが、妹は尚も穴に近づこうとしている。
「何も聞こえない。いくらあの馬鹿でもこんな穴に嵌るほどマヌケでもないだろ?」
「いや。やっぱり妙ちゃんの声がする!」
妹は抵抗し、穴を覗き込もうとする。
ここは、兄である俺が先に見るべきであろう。
「わかった。ちょっとまってろ。俺が先に見る。」
もしかしたら妹には見せないほうがいい光景が広がっているかもしれない。
おれは妹を遠ざけ、恐る恐る穴を覗き込む。
その瞬間、掃除機に吸収されるごみのように俺の体が頭から引っ張られる。
「うわ!?」
「お兄ちゃん!!」
俺が穴に落ちるのを見ていた妹が俺の脚にしがみつく。
「やばい!手を離せ美奈!」
せめて妹だけでも巻き込まないようにとの判断から美奈に手を離すように言うが、美奈は手を離そうとしない。ますます強く俺を引っ張ろうとする。
俺の手はすでに下にあり、体勢を立て直すのは無理だ。
すると光の中に体が入っていくのがわかる。
“なんだこれ?”
光の中に吸い込まれていく感覚の先に草のような柔らかいものが触れる。
地面が近いと思った瞬間、足にしがみついたままの美奈をかばうために体を丸め美奈のクッションになれるように美奈の頭を抱える。
背中にかなり強い衝撃が走る。
「ぐは!?」
背中と同時に美奈を抱いた胸にも重みと痛みが加わる。
気を失ってもおかしくない痛みだが、なんとか精神を繋ぎとめて胸に落ちた妹を見る。
「美奈!大丈夫か!?」
「う・・・ん・・・・。」
意識が飛んでいるのかわからないが、見た感じは大きな怪我はなさそうだ。
“けっこう浅い穴だったのか?”
自分の体に打ち身の痛みはあるが、それほど大きな怪我はなさそうだ。
あの体勢での落下の割にはそこまでの状態でないことに、落ちてきた穴がそんなに深くないと考え上を見上げる。
“なんだ!?”
見上げると自分の身長よりも高いところに穴の淵があった。
手を伸ばせば何とか届くだろうと思える高さに愕然とする。
“あんなとこからおちたのか?”
意外な高さと自分のダメージの少なさに驚く。
この穴は土手の下にあり、さらに茂みで見分けにくい場所にあったため、助けを呼んでも気がつく人は少ないだろう。
穴の淵を見ると一本の太いつるのようなものがぶら下がっているのが見える。
引っ張ってみると意外としっかりとしていることに安堵し、なんとか上に登ってみる。
時間はかかったが何とかよじ登ることに成功し辺りを見回すと、普段の景色とはまったく違う光景が広がっていた。