嵐の前の静けさ
「なんか...思った以上に全然似合ってないな...」
高級感溢れる感じできっと容姿端麗の奴が着たらまさしく『鬼に金棒』。
つまりこれが似合う人は着るだけで周りの人をいたく惹き付けるのだろうがこの服はどうやら人を選ぶらしい。
まさしく服に着られてるというような状態。
いつの間にかエルさんとエナさんが運び込んでいた姿見にはパリッとしたパーティー用のスーツに着られた目がどんよりと濁っている僕の姿がハッキリと写っていた。
今まで鏡で自分の姿をまじまじと見るなんてことはしなかったので『こんなに目が死んでたっけ?僕。』と鏡をじっと見ながら思う。
「大丈夫だ。ご主人。これでもかと言うほど似合っているぞ。」
後ろからリリハの声が聞こえる。
「いや...それはな......ほ、本当にそう思ってるか...?」
実は僕が似合ってないと勝手に思っているだけで本当はそうでもないのかも?と思い直し言葉を言い換える。
「ああ。人間界のことわざにもあるだろう?『馬子にも衣装』だと。」
「それ褒め言葉じゃないから!!」
『馬子にも衣装』って確か『どんな人間でも身なりを整えれば立派に見える』って意味だったよな。
リリハは褒め言葉の意味があると勘違いしてるのだろう。
結構難しいし、ことわざって...
聞いたことがあってことわざは知っていてもその意味はよく知らないだなんてことはざらにある。
「...リリハは着替えないのか?」
話題を僕のことから変えようとそう言うとリリハは自分の服を見おろしてスカートの裾を少し摘んだ。
「面倒なだから着替えなくてもいいかと思っていたのだが...ボクも着替えた方がいいのか?」
いや、面倒って...
「どっちでもいいけど...でも参加者はみんなドレスとか着るんじゃないのか?それだと逆に浮いたりとか...」
パーティーというくらいなのだからそうなんじゃないかという勝手な憶測でしかないが...
今まではこういうことを体験した事がなかった。
でもこうして僕が着替えさせられたということはよく映画などであるような貴族のパーティーを思い浮かべるのが正解じゃないだろうか…
「まあ、いいだろう。ご主人の望みとあらば。」
リリハはそう言って目を閉じて手を前に出す。
するとその手の中に黒い立方体がクルクルと回りながら現れた。
そしてリリハの足元にRPGなどでお馴染みの魔法陣のような円形サークルが現れ光を放つ。
「コード、衣装変換。」
静かにそう言うと光がいっそう輝きを増した。
眩しくて目を数秒閉じる。
そして次に目を開けたときリリハの服は一瞬にして黒いドレスに変化していた。
そして次第に光は弱まり立方体も消える。
「ふんっ、こんなものか?」
「い、今のって...」
魔法?
「見れば分かるだろう?」
リリハは腕を組む。
「黒は人を妖艶に見せると聞く。どうだ?ムラムラするか?」
「しねぇよ!!」
確かにちょっと色っぽく見えたがそんなこと言えるわけがない。
ーーーコン、コンーーー
「...はい、どうぞ。」
今度は返事をし忘れることもなくそう答えるとエルさんとエナさんが入ってきた。
「ユーハ様。そろそろ時間です。会場までご案内致します。」
「...分かりました。お願いします。」
いよいよ来た。
リリハと目配せをして部屋の外に向かう。
ここで失敗なんてする訳にはいかない。
これから世界がどうなるか。
それはこのパーティーで決まる。
出だしで躓く訳にはいかないんだ!!
相手にするのは実の父親、魔王、この世界のトップ、絶対的支配者。
体が一瞬すくんだが決意が揺らがないように僕は力強く一歩踏み出した。