最下層の雑種
僕はリリハに今考えていることを全部話した。
世界を再建する...なんて大きなことを言ったのだ。
これからパートナーとなる(予定の)リリハの協力なしには絶対に一歩踏み出すことさえ出来ない。
ーーーコン、コンーーー
控えめに扉を叩く音が聞こえ話を止める。
万が一聞き耳でも立てられていたら作戦を実行することも出来ないと思い、リリハに近付いて小声で離していたので怪しまれない程度に距離を取る。
「......」
しばらく待っても扉は開けられない。
もしかしてピンポンダッシュならぬノックダッシュだろうか。
「おい、ご主人。」
リリハが扉を見ながらそう言った。
あっ......そういうことか。
っていうか『ご主人』って僕のことか?
「どうぞ。」
今まではノックなんかされずに勝手に入って来られてたから返事をするなんて考え付かなかった。
「失礼いたします。」
一礼して1人の女性が入ってくる。
「パーティーのお召換えをお持ちいたしました。」
パーティー......ああ、そういえば魔王がそんなこと言ってたっけ。
あいつが実の親だなんて認めてないけど。
記憶は思い出したが俺の心は人間界ーーーあの世界にある。
それが例え偽りの記憶だとしても。
「あー...えと、ありがと......って...!!」
改めてその女性を見る。
あまりのことに現実を受け入れるのに時間がかかったようだ。
なんとメイドさんだった。
丈の長いメイド服は上品さを醸し出し、頭には白いフリルのついたカチューシャ。
秋葉とかでよく見かけるようなやつじゃない。
本物のメイドさんがそこにいた。
「どうかなさいましたか?」
「あ......いや...」
さすがに『本物のメイドさんなんですか!』と聞くのは勇気がいる。...というかなんかそう聞くのは失礼な気がした。
なんせここに住んでいるのは魔王なのだ。
そこにメイド服を着た人がいるということは普通に考えれば娯楽や目の保養のため...というよりも単に使用人としているという可能性の方が高い。
それを聞くのはメイドさんからして見れば『あなたはここで雇われている使用人なんですか?』と聞かれるような感じだろう。
初対面でいきなりそれを聞くのはあまりにも失礼すぎる。
「ああ、申し訳ございません。私は当家使用人のエルと申します。」
どうやら僕の慌てようを見ていい方に解釈してくれたようだ。
「なんだ『雑種』か。」
「ちょっ!ちょっとリリハ!?」
リリハは見下すようにそう冷たく言い放った。
だがエルさんは気にしていない様子で...というか慣れている様子で扉の前で頭を垂れるだけだった。
「...な、なあリリハ。あの...『雑種』って?」
エルさんに聞こえないように小声でリリハに聞く。
「『雑種』というのは身分の低い平民のことだ。純粋な血筋ではない、様々な種族が過去に入り混じったその子孫。純血を持つ者は高い身分を持つ。『雑種』は普段は下層の隅に集まって小さな集落を作って住んでいる。その中から買われて、または売り飛ばされていく者も多い。......こいつはまだマシな方だ。なんたって現魔王様直々に買われたのだからな。」
そんな...そんなことって...
突き付けられる現実。
どうする事も出来ない差別。
文句を言いたくても言えないことに歯を強く食い縛る。
だって僕はこんな理不尽な世界を作った魔王の10代目候補なのだから。
一概に無関係だとは言えない言えない立場にいるのだから。
「...リリハ。命令だ。」
低い声でそう言う。
例え自分の力でどうにもならない事だとしても言わずにはいられない。
リリハだけでも僕の気持ちを理解して欲しかった。
「もう『雑種』だなんて言うな。世間でそう言われてる人を見下すな。」
「ご主人の命令とあらば。」
案外すんなりとリリハは僕の命令を聞き入れる。
「わかって...くれるのか?」
「違うな。」
即答された。
そう言ってリリハはそっぽを向く。
「そう言うご主人の考えは分からない。ボクは世間で認知されていることを認知しているだけだ。何が悪いと言いたくなる。...だがご主人の命令とあらば聞こう。ボクは人間界でのご主人を観察していたからな。何かそれで思うことがあったのだろうと想像はつく。それに言っただろう?ボクはご主人の言うことには絶対服従すると。」
「ありがとう、リリハ。」
「ふんっ、礼など言われることをした覚えはない。」
そこで1人取り残され扉の前で困ったような表情を浮かべたエルさんに気づいた。
俺が顔を向けたことに気づくとエルさんはゆっくりと近づいて来る。
「ではお召かえをします。」
「いやちょっと待って!」
俺の服に手をかけたエルさんを慌てて止める。
「...ッ!!も、申し訳ございません!私何か粗相を...!!」
「いや、そうじゃなくて!」
女性に着替えを手伝わせる事が出来るほど僕の心臓は鋼で出来ていたりはしない。
「ご主人はお前に着替えを手伝わせることが恥ずかしいのだ。ご主人はこう見えても男。お前のその下品な乳に興奮してしまうのも無理ないからな。」
おい!!リリハ!!今のはフォローのつもりかもしれないがさりげなく失礼なことを言ってなかったか!しかも『これでも男』って確に体はすごく細いし筋肉もないけどちゃんと正真正銘男だっての!!
「私が女だから...ですか...では代わりのものをお呼びします。」
「いや、別にそんな事しなくても着替えくらい1人で...」
そう言い切る前にエルさんは丁寧に一礼して出て行った。
......と思ったらすぐに戻って来る。
しかもいつの間に着替えたのか何故か先程のメイド服ではなく執事服を来て。
まさか見た目だけでも男の格好をすればいいだなんて考えたりとか...?
「お待たせいたしました。ではお召しかえを...」
「え、いやだからエルさんに手伝わせるわけには...」
エルさんはキョトンとしたあとすぐに納得したような顔をして微笑んだ。
「申し訳ございません。私はエルではございません。」
「は...?それってどういう......」
「申し遅れました。私はエナと申します。」
「エナ...さん?」
「エルの双子の兄です。どうぞお見知り置きを。」
双子だったのか。
どうりで顔がそっくりなはずだ。
だが良く見るとエナさんのほうがエルさんより少し髪の色が暗い。
「では、お召かえを。...男同士ならいいですよね?」
冗談めかしてそう言われ上手く言葉を返せない。
リリハに助けを求めようにも既に興味なさげに窓の外を眺めている。
結局エナさんの好意を無駄にする事も出来ないと思いそのまま最後までエナさんにされるがままだった。