過去の記憶Ⅱ
家庭教師が休憩のため外に出たのを確認して今日も僕は部屋を出た。
いつも通る人の少ない道を通って鏡の部屋に侵入する。
そして人間界を写し出す鏡の前に座り込んだ。
数秒置きにパッと映像が切り替わり様々な場所を写し出す。
ガッコウ、高い建物が建ち並ぶ街、四角くコンパクトな物を手で叩く人、同じ服を着た人、何かに乗り込み移動して行く人......
「あー...やっぱりすごいなぁ......行ってみたいなぁ...」
「あんな物。憧れを抱くだけ無駄だぞ。」
「......っ!?」
まさか自分以外がいるだなんて思いもしなかったため突然の声にびくりと心臓が大きく跳ねた。
やけに聞き覚えのある声。
そして...最も今聞きたくない声。
「と、...父さん......」
『なんで』とか『いつの間に』という疑問が頭に浮かぶがその疑問は声にはならない。
「定期観測をしに来てみれば...」
定期観測?
.......
そうか父の目的はここにある鏡が写し出す世界の侵略...つまり世界を滅ぼすこと...
今までその動きがなかったから油断していた。
どうして父がこの部屋に来ないだろうと思い込んでいたのだろう。
「ご、ごめんなさい。」
バツが悪くなって縮こまる。
「なんだ。何を謝っている。」
罪を自分で告白しろと言うことか。
ますます自分は取り返しのつかないことをしたんだという罪の意識が生まれる。
この前偶然見てしまった罪人が断罪されていた光景を思い出し、自分もそうなるのではないかと体を恐怖で震わせる。
「か、勝手に...部屋に入った...から...です...」
「...?何がだ?」
こんなんじゃ許して貰えないということか...
男だろうが女だろうが年端もいかない子供だろうが容赦しない父のことだ。
実の息子も例外ではないということなのだろう。
「だ、だから...勝手にこの部屋に入って...ご、ごめんなさい!」
次に来るであろう怒りの声に備えキツく目を瞑る。
「ああ、そんな事か。」
そんな事?
恐る恐る目を開けて父を見上げるが父はどうでもよさそうに見下ろすだけだった。
「お前はいずれワタシの跡を継いでこの世界を治めるべき存在だ。別世界の事も当然知るべきだ。いずれお前が10歳になり魔力を与えたときに教えようと思っていたのだが先に自力でこの部屋に辿りつくとは驚きだ。だがいずれ魔王になる者。それくらいのことやってみせるほうが良かろう。」
あれ?
怒られるどころかもしかして褒められてる...?
「だが...」
父さんはそう前置きして小さく息をつく。
「お前はその世界...『人間界』にずいぶんな憧れを抱いてるみたいだな。」
こくんと頷く。
「やめておけ。」
「な、なんで...?」
「その世界は『自由』や『平等』を重んじる世界だ。優秀な人材を育成しそれ以外は不必要とされ社会の渦に呑み込まれる。」
「な、なにそれ?どういうこと?」
子供の僕には父の言っている言葉が全く理解出来ない。
「つまり憧れるだけ無駄だということだ。まあ、魔法を持たぬ種族だからな。ワタシには全くの無害。だから放っている。」
憧れるだけ無駄...?
ここ数日鏡を通して見たこの世界に住まう人達の顔が頭に思い浮かぶ。
それは決して父の言うような世界じゃない。
確かに能力ある者は評価されそれ以外はぞんざいに扱われていたという場面もあるにはあった。
でも皆その決められた理の中で精一杯生きていて...
それはこの城で過ごすよりとても有意義に見えて...
「......だじゃない...」
「なんだ?」
「無駄じゃない!!この世界は父さんが言うような世界じゃないよ!みんな頑張って生きてる!一人一人が自分の人生を楽しんでる!少なくともこの世界みたいに腐ってなんかない!!」
「なんだと...?」
「...ッ!?」
しまった。
頭に血が上っていたせいか父の逆鱗に触れるようなことを言ってしまった。
父からしてみれば自分の治めている世界が足下にも及ばないとしていた世界に劣ると言われたようなものだ。
そりゃあ怒るに決まってる。
だが僕の頭は冷静じゃなかった。
父の鋭い視線にここから逃げ出したいと内心怯えながらも父を睨み続ける。
「ふんっ、だったら行かせてやろうではないか。お前の言うこの世界より腐っていない人間界とやらに。」
「...え?」
今は父はこの世界に行かせてくれると言っただろうか。
「1年後に授けるはずだった魔法を今捧げようではないか。魔王の血を引く者だけがその力を受けることを許された『あらゆる物を創造する』能力を。」
額を指で突かれ一切動けなくなる。
「じっくりその世界を見て考え直すんだな。いずれ魔王になる者としてどちらの世界が腐っているのか。」
父の指を通して僕の中に何かが流れ込んでくるのを感じて体が無意識に震える。
「う...うわぁぁぁ!」
体が燃えるように熱くなっていくのを感じて........
僕の意識は途切れた。