エピローグという名のプロローグ
消毒液の匂い。白いベッド。
窓からは入る穏やかな風が前髪を揺らす。
どうやら僕はどこか知らない場所に寝かされているらしかった。
「ここは...」
「旧校舎の保健室だ。」
そう答えたのはベッドのすぐ傍の椅子に腰掛けたリリハだ。
リリハは膝に置いた本をパタンと閉じ脇に置く。
「体はどうだ?」
そう聞かれようやく自身の置かれた状況を理解した。
カルタとの闘いのあと僕は倒れたのだ。
横たわったままで腕を持ち上げてみる。
動かせない程ではなかったがまだ痛みはあった。
「まだ少し。」
「そうか。」
リリハはポツリとそう言って掛けられたブランケットの上から僕の腕を優しく撫でる。
「もう魔力値は回復したみたいだな。まあ、あれだけ寝て回復していないほうがおかしいが。」
「あれだけって...僕はどれくらい寝てたんだ?」
「3日だ。」
「3日!?」
そんなに寝ていた感覚がない!...って、それは当たり前か。若いうちは回復が早いってよく聞くけど魔法に限ってはそんなことはないのか、それとも単に僕の回復力がないだけなのか...
「...ずっといてくれたのか?」
「当たり前だ。」
「従者として...か?」
そう言ってからハッと口を閉じる。
だがもう遅い。
言わなくてもいいことを言ってしまったという後悔を感じ顔をリリハと反対の方向に向けた。
リリハはしばらく間を開けた後
「そうとも言えるしそうでないとも言える。」
「それってどういう......」
「それにボクは1度ならず2度までも、ご主人の傍を離れたんだ。そんなの従者としてあるまじき事だ。そのせいでご主人は今こうしている。」
「そんなこと...っ!」
否定しようと勢いよく体を起こすとまだ残ったままの痛みが走った。
「無理はするな。」
リリハが体を支えてくれる。
「最後まで話を聞け。ボクは確かに従者失格だ。...だがここにいたのは従者としての責務を果たそうとしただけじゃない。」
「...?」
リリハの言葉の意味が理解出来ず首を捻る。
「だから......」
そこまで言って口篭りリリハは赤く染まった顔を背けた。
「だから!ボクはご主人のあ、相棒として、パートナーとしてここに......」
その声は段々とが小さくなり最後まで言い終える前に消えた。
「ち、違うのか...?」
不安そうな目でリリハは僕の顔を見た。
距離は近くリリハの甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「そんなことない。」
思わず抱き締めたい衝動に駆られたがなんとか思いとどまる。
「リリハ。」
「な、なんだ。...ご、ご主人。」
至近距離で互いの視線が交差する。
きっとリリハの目には顔をリリハ以上に赤くした僕が見えているんだろう。
「僕と...ずっと一緒にいてくれるか...?」
「にゃっ!?にゃにを言っているんだ!?」
僕の『告白』を聞いたリリハはこれまでにないほど取り乱す。
だけど、ここで後退するわけにはいかない。もう言ってしまったんだ。後には引けない...!
こんなことを言うのは恥ずかしいけど、情けないのは分かってるけど......
「僕の傍にいてくれ。」
「だ、だから......」
「僕は1人じゃ闘えない。カルタとの闘いで実感したんだ。」
「...は?」
「僕もっと強くなる。だから...だからさ、僕の背中を守ってくれ。僕は、頼りないかもしれないけどリリハの背中を守れるくらい強くなるから。」
「.........。」
最後まで言ったがリリハは何も言わない。
ま、まさかそんなことを言うなんて100年早い!と言われて突き放されるなんてことも......
リリハはしばらく目をパチパチとさせたあとため息をついた。
...え?なんでここでため息?
「...どうせこんな事だろうと思ったさ。期待なんかしてない。」
「期待?」
「なんでもない!」
リリハは何故か突然怒り出しプイっと顔を背けた。
ーーコンコンーー
そのとき控えめに扉がノックされ制服を着た1人の少女が扉を開けた。
「やっほー。」
棒読みでそう言い紙袋を抱えて入ってきたのはーー
「こんにちは、レアくん。」
「ああ。」
フィナはリリハの隣に立ち紙袋の中に入っていたたい焼きを取り出して僕とリリハに差し出す。
「レアくんのために頑張った。」
「頑張った...?」
「数量限定のつぶあんクリーム。買い占めた。」
「いや、数量限定なら買い占めちゃダメなんじゃない!?」
僕のツッコミは無視してフィナは紙袋から自分の分を取り出し頭からパクリと食べた。
「カルタは?」
ずっと気になっていたことを聞く。
「んー、学園長に預けた。」
「そっか。」
あの戦闘の最後。僕がカルタを覆った黒い影を斬ったとき上手くフィナがカルタを自分の空間へと引き込んでくれた。
フィナの魔法は誰かを攻撃するものではなく守るものだ。あのときだってフィナはカルタをきちんと守ったのだ。
「なーにが『そっか』よ。」
「...んな!?」
ガラッと扉を開けて入ってきたのは制服を着たフィナと瓜二つの少女。
唯一フィナと違うのは髪に留められた黒い髪留めだけだ。
その少女ーーカルタ・キャルメリゼは扉に寄りかかったまま中に入ってこようとしない。
「なっ...なんでここにいる!?」
「なによ?いたら悪いわけ?」
「そうじゃないけど!!だってさっき......」
学園長に預けられたって...
説明を求めフィナに視線を向ける。
フィナは僕と目が合うとパッと動きを止め口に入れたたい焼きを飲み込む。
「間違ったこと言ってない。わたし預けられたって言った。」
「あ......」
やっと繋がり出した。
『預けた』って言ったから無意識に現在進行形の意味に捉えていた。過去形だったのか...。だけど、いくらなんでも釈放早くないか?結構な大事だったように思えるんだが。
「カルタも今日から仲間。」
「...へ?」
「『姉さん』の代わりに私が説明する。全然伝わってないみたいだしね。長く話してもなんだし、まあ、簡単に言うと条件付きで早めに釈放されたの。」
「条件...?」
「そ。1つはこの学校に通う事。で、もう1つは学校に無条件で労働すること。...ってなによ、その目は。」
おっと。どうやら気持ちが無意識に顔に表れていたらしい。
だって、当然の疑問だろ。学校を恨みまくって襲ったやつがそんなすんなりと条件を受け入れるなんて。
「ふん、当然こっちからも条件をつけさせてもらったけど。」
「条件...?」
「そ、例えばお姉ちゃんと......って!なに言わせてんの!?言うわけないでしょ!?」
「いや、別に誘導尋問したわけじゃないから!?」
理不尽すぎるだろ!?なんで今僕怒られたの?
「とにかく!私を倒したくらいで良い気にならない事ね!私の目が黒いうちはおね...姉さんに変な気起こせると思わない事ね!」
「起こさねぇよ!!」
「起こさないの?」
「なんでフィナは不満げなんだよ!?」
キョトンと首を傾げたフィナにそうツッこむ。
「ほほぉ。ボクを抜きにして随分と盛り上がってるな?」
そこでずっと会話に参加していなかったリリハが眉をピクピクさせて口角を引きつらせる。
なぜかは分からなかったが怒っていることは明確だ。その手にはいつの間にか魔力媒体があり準備万端なご様子で......
「ちょっ、ちょっと待った。」
「誰が待つか!この浮気者ぉぉぉ!!」
リリハが叫ぶと同時に電撃が放たれた。
あの日。僕の日常は唐突にして終わりを迎えた。
そしてあるとき僕はかけがえのない人達と出会えた。
こんな今までの常識が覆されるようなぶっ飛んだ世界で僕は僕達の再建のために今を生きる。
ーー王立ヴェルリード魔法学校学園祭『勝者の天秤』まであと1ヶ月ーー




