通り抜ける影
ハッと目が覚めた。
目の前はあちこち炎だらけ。
周りには誰もいない。
まるで僕1人が炎の檻に閉じ込められたみたいに。
「......」
背中に斜めにかけられた剣の柄を肩越しに掴み確認する。
ウィルに貰ったばかりの僕の相棒。
『ゼロの剣』。
まだレベルゼロのその剣では『カルタを斬ることは出来ない』だろう。
だけどウィルは言った。僕が成長すればこの剣も成長すると。僕の想いに応えてくれると。
剣を鞘から抜き横薙ぎに振るう。
空気が振動し巻き起こった風で目の前から炎が消えた。
さあ、檻の出口は開かれた。
僕は剣を握ったまま前に進んだ。
※
「あれ?」
カルタは案外すんなりと見つかった。
学校のシンボルでもあった樹齢100年の大樹のあったその場所で、黒い影に囲まれて。
最も我が校のシンボルであった樹は焼かれもうないのだから更地になっているが。
「まだ動けるの?君、見た目の割に魔力値たっかいんだなー。吸い尽くしたと思ったのにー。」
そう言いながら手を僕の方に向ける。
そうするとカルタの周りを取り囲んでいた黒い影が一斉に僕の元に飛び込んで来た。
その僅かな時間。呼吸を整え、リリハに習ったことを頭の中で反芻する。
「...っ!?」
カルタが驚いたのが分かった。
それもそのはずだ。
黒い影が僕に届くというのに僕は目を閉じたのだから。
実態がないのなら、視覚で捉えられないのだとしたら聴覚で肌に感じる空気の振動で、五感の全てを使って感じるんだ。
走馬灯のようにリリハとした修行が脳裏に走る。
地面を蹴り僕は前に踏み出す。
そして、確かな『斬った』という感触を感じ目をゆっくりと開いた。
「へー、驚いた。なんで君『それ』が斬れるの?あらゆる魔法も無効化するはずなのになー。」
「降伏しろ。今なら平和的に終われるかもしれない。」
「やっだよーっだ。」
カルタはべーっと下を出す。
「君がどんな手品を使って『それ』を斬ったのかはしらないけどここでやめるわけないじゃん。バカなの?」
「だよな、そんなすぐやめるくらいなら初めからするわけないか。」
「なによ、その鼻につく言い方。確かにその通りだけど。あー、やめた!面白いし閉じ込めてあとから散々いたぶり殺してやろーって思ったのになー。もう今すぐ殺っちゃうことにしよう。うん、それがいい。」
カルタの顔が怒りで歪む。
そして踊るようにくるっと回った。
するとカルタの周りが青白い光を放ち地面から大量の『影』が這い出てくる。
その影に魔力をあらかた吸われた生徒の姿が脳裏をよぎる。
失敗すれば僕も......
足が震え剣を持つ手がじんわりと汗ばむ。
「(だけど...)」
背を向けることは許されない。
今は信じるしかない。今までリリハと積み重ねてきた時間を、ウィルが作ってくれたこの剣を、自分自身を。
「はあぁぁぁっ!!」
地面を踏みしめ駆ける。
四方八方から向かってくる敵。
触れられれば僕は今度こそ死ぬ。
くるくると体の向きを変え、ダンスを踊るように、死角を作らないように影を斬る、斬る、斬る。
影自体に魔法を使う能力はないのが幸いだった。
気休めにしかならないけど防御のために魔法も使える。
これなら1人でもやれる!
「ふーん。」
面白くなさそうにカルタは声を上げた。
あと少し...
黒い影を斬りながら残りの数を確認する。
あと少しで...
「ハッ...ハァ...!」
呼吸が荒い。今までずっと運動不足だったからかな。
体が悲鳴を上げている。
どれほど時間が経って、どれほどの『影』を斬り続けたのかさえわからない。
そんな永遠にも思える時間、あるいはほんの少しの時間かもしれないが、その時間が
「ハァァッ!!」
終わった。
だが気を抜くことは出来ない。
親玉には何のダメージも与えられていないのだから。
「君、もしかして剣士志望?魔法士ってわけじゃないよねー。本当にこの学校の生徒って疑いたくなるくらいヘタだし。でも特別剣の扱いに長けてるわけでもないなー。君じゃなくてその剣がすごいのか。」
新たに影を作りながらカルタはパッと華やかに笑った。
「ねぇねぇ、その剣ちょーだい。」
「そんなことっ!するわけ!ないだろ!」
息を整える暇もなく新たに生まれた影が襲う。
だが、斬っても斬っても新たに影は作り出されキリがない。
「えー、ケチだなー。じゃーあ、」
きゅっとカルタが胸の前で手を握った。
すると影は光の粒子となって消えた。
「ハァッ...ハァッ...」
体が傾きかけ地面に膝をついた。
気を抜くと倒れそうになる体を地面に立てた剣で支える。
カルタは手を後ろで組み、僕に背を向けて数歩歩いた。
その足取りは楽しそうに踊っている。
数歩歩き、カルタはくるっと振り向いた。
ニヤリとした邪悪な笑みと共に。
「ダンスを踊ろう。私と君。どちらかの墓場になるこの場所でね。」




