過去の記憶Ⅰ
あの日は確か黒雨が降っていた。
その日も暇を持て余していた僕は父に黙って秘密の部屋に向かっていた。
父は9代目魔王。
僕は兄弟がいないからこのまま成長すればいずれ10代目魔王となる運命なのだ。
毎日膨大な数量の稽古ごとをさせられた。
剣術、各種の魔法、体術、勉学...
大まかにいうとこんなものだが実際細かいものも含めるととても数え切れない。
母親は小さい時に伝染病を患い今はもうこの世にいない。
城で働く召使い達も皆、父の味方だ。
自身の能力を与えられるのは10歳になってから。
だからまだあと1年ほどある。だから能力で遊ぶことも出来ない。
隅の壁に寄りかかり誰も居ないことを確認して足音を消して走る。
僕が自由に行動出来る時間はこの勉強と勉強の間にある休み時間のみ。その時間も1時間ほどしかない。
だが例え短い時間であったとしても今向かっているその部屋には行く価値があった。
どうにか今日も見つからず目的の部屋にたどり着くことが出来た。
ポケットからこっそり拝借したマスターキーを取り出しカギを開ける。
そして少しだけ扉を開けて滑り込むように中に入った。
「うわぁ...」
いつ見ても凄い。
思いのほか広い室内には何十枚、何百枚もの鏡がびっしりと置かれていた。
並べ方に規則性はなく向きはバラバラだ。
随分昔に父が言っていたことだが僕が暮らすこの城には父が侵略するにあたり他の世界を観測するための部屋があるらしい。しかもそこの部屋からその世界に直接出向くことも出来るようだ。
僕は毎日暇な時間に城の中を歩いて回っていた。
ここに暮らしているとはいえ城の中は恐ろしく広い。
当然見たことがない部屋も多かった。
その部屋を父からこっそり拝借したスペアのマスターキーで開けて行くのが僕の楽しみでもあったのだ。
居場所がない城の中で僕は1人落ち着ける部屋を探す。
人の目から逃げるように。
僕を僕としてじゃない。僕を魔王の息子として見る召使い達の目が嫌だったのだ。
そして僕はこの部屋に行きあった。
「昨日はこの辺りまで見たから...よし、今日はここからだ!」
鏡の中に引き込まれないように少し距離をとって中を眺める。
「...ん?」
そんな中、1つだけ僕を非常に惹き付ける世界を写し出す鏡の存在に気がついた。
背の高い四角い形の建物が多く建ち並びその中で信じられない数の人が動き回っている。他の鏡に映る世界とは違い耳も羽も尻尾もない。
「これってもしかして...!母さんが昔話してくれた『人間界』...!」
幼い頃子守唄代わりに聞かされた話によるとなんとその世界には身分の差というものがなく同じ年頃の男女が多く集う『ガッコウ』という場所があるらしい。
皆が自分の好きなように努力して、励ましあって楽しく生活していくーーーそんな世界。
「ふぁぁ...」
これが『人間界』...
いいなぁ...すごいなぁ...
この日から僕はこの『人間界』に魅せられていった。