マスタースミス
目の前にいるこの少女は僕の正体を知っている?
「いやぁ、ホントびっくりだよぉ。あんなトチった宣言するなんてさー。」
脳天気な顔でほのぼのと話し続けるウィルとは対照的に僕の脳内では先程から危険警報がガンガン鳴っていた。
なぜならーー
「ちょっとユーハ。この子さっきからなに言ってるの?そもそも知り合いなのかしら?」
リーゼが隣で首を捻る。
僕は魔王とかそういう事を抜きにして学校に通っているのだ。
1部の人にしか本当のことは明かされていない。
ここでリーゼにバレるなんてもってのほかだ。
「ちょっとこっち!」
「およ?」
ペラペラとあの時のことを話し出す前にウィルの手を掴み店の隅へと連れていく。
「なんだいなんだい?ウィルはこの店のどの商品よりも高額だぜ?」
「いや!違うから!そういうことのために連れてきたんじゃないから。」
何やら勘違いした風にニヤニヤとしながら頬に手を当てるウィルがこれ以上暴走する前に弁解をしておく。
「だったらなんだい?」
「...僕が魔王の子だっての...言わないで欲しい。」
「ほう?...ほほぅ......」
ウィルは僕の言ったことの意味を察知したらしく僕の背の方に視線を向けた。
その先にはリーゼがいるはずだ。
「ま、いいや。キミの武勇伝が語れないのは些か残念なことではあるけどね。」
「武勇伝って...僕そんな大した奴でもないんだけど...」
「いやいや、周りは難色を示していたけどね、ウィルは違うさ。ウィルにはあのときのキミがキラキラして見えたよ。まるで漫画の中のヒーローみたいにね。」
その言葉で苦しくて怖くて空っぽだった心が少し満たされたように感じた。
敵だらけだと感じたあの場で分かってくれた人がいた。
あのときした事は無駄じゃなかったんだ。
「...と、とにかく約束...してくれ。」
思わずニヤけそうになった口元をキツく閉じそう言う。
そしてウィルは何かを思いついたようにニヤリと笑う。
「おうともさ!...だけどタダってのもねぇ?」
「むぐっ...な、なにか僕に出来ることなら......」
お金にもずっと余裕があると言うわけではない貧乏学生に対価として払える物が咄嗟に思い付かず労働やこの身をを対価にする。
「ふふふっ...なんでも、と言ったね?」
ウィルは「もらった」というようにニンマリと笑みを浮かべた。
その笑みを見て間違ったことを言ってしまったのかもと少し後悔する。
だがそんな後悔今更してももう遅い。
どんなとんでもないことをーーー
「じゃあウィルの店で商品をを買って行っておくれよ!ついでに今後キミの道具のメンテナンスはウィルにさせておくれ!」
声を大きくしてウィルはそう言った。
「...え?」
もっととんでもない事を言われるものだと思い込んでいたので拍子抜けする。
「それはいいけど......」
そんなことで本当にいいのだろうか...
「さあ!じゃあどれにしようか!!キミにピッタリ合うパーフェクトな物をこのウィル直々に選んであげようじゃないか!今夜は寝かさないぜ?」
「いや!ちょっと待って!そんなに時間がかかるものなのか!?」
「なにを言っているんだい?これからの闘いのお供を選ぶんだ。 店にピッタリな物があればいいけど今のウィルはやる気マックスだよ!オーダーメイドを作る勢いさ!!」
「マスタースミス・ウィルのオーダーメイド!?......じゃなくてユーハ!?コソコソ話していたと思ったら今度はなんなのよ!?」
「あー...それは......」
リーゼは目を吊り上げて怒る。だがその理由は説明出来ないのだ。
いったいなんて弁解するのが正解なのか、誰かわかるなら教えて欲しい。
「ああ、悪いが今からのユーハの時間はウィルが買い取ったよ。これからじっくりとユウハの体にピッタリと合わさるパートナーを選ぶからキミは先にお引き取り願おうか。今日はもう店仕舞いだよ?」
「んなっ...!?」
「ちょっと待て!?その言い方はなんか語弊がある!!」
なんでわざわざ勘違いされそうな言い方をするんだ!?
こちらの事情などお構い無しだったリリハまで今の発言でピクりと動きこちらに近づいてくるのが視界の端に見える。
「こんな時間から初対面の幼女を誑かすとはいいご身分だな?ご主人?」
「幼女とは失礼な。ウィルは王室御用達のマスタースミスだぞ。王室騎士団の武器メンテも請け負っている。」
僕はそっとリリハに近づく。
「そんなに有名なの?」
「ああ。マスタースミス、ウィルの名は有名だ。その腕は確かだし、変わり者の変人としても有名だ。...もっともこんな幼女だとは知らなかったが。」
「お、なになに?ウィルの話かな!」
コソコソと話していた僕とリリハの間にピョンとウィルが割って入る。
そして僕とリリハの顔を交互に見た。
「ま、『ウィッチ』はいっかぁ。ユウハのパートナーみたいだし?でも、キミはダメだよ?」
「な!なんでよ!?」
1人だけ出ていけ宣言をされたリーゼが声を張り上げる。
「私がいないと移動も難しいのよ!?」
そうだった。リーゼがいないと長い道のりを歩いて帰るハメに...
「それなら平気だよ。ウィルのマイカーがあるからね。」
運転できるの!?
あ、そういえばこの世界じゃ道路交通法的な法律はないんだった。
なんでもありの異世界だからな。
無意識の現実逃避なのか心の中でそう思った。
「あーもう!そうじゃなくて...ッ!!」
そのときなにやらピコンッという電子音が鳴った。
「もう、こんなときに〜〜っ!」
リーゼはイライラした様子でポケットに手を突っ込み正八面体型のクリスタルを取り出しトンとそれをつつく。
「あー、もしもし?」
そう言いながらリーゼは店の外に出る。
しばらくすると不機嫌な顔のリーゼが戻ってきた。
「会長からだったわ。」
「なんて言ってた?」
「十席メンバーで会議をするから戻れって。断れるのなら断りたいけど『十席』メンバーは参加の義務があるのよ。だから、戻らないといけないわ。...ユーハは残るのかしら?」
「あー...まあ、そうだね。帰りは自分でどうにかするよ。」
「そう。」
不満気な顔でそう呟いた後、リーゼはピシッとウィルを指さした。
「ユーハになにかしたら遠くに飛ばしてやるから覚悟しなさい!」
「わかったわかった。そのときを楽しみにしてるよ。」
ちっとも分かっていないような口ぶりでウィルは軽く返す。
リーゼは顔を真っ赤にして怒りをあらわにした後、相手にしても勝てないと思ったのか深呼吸をして怒りを沈める。
「じゃあ、また学校でね。ユーハ。」
何やら哀しそうな表情を浮かべリーゼは瞬間移動でその場から姿を消した。
「へー、これがツンデレちゃんの魔法かぁ。すごいな。」
いつの間にかリーゼのあだ名が『ツンデレちゃん』になっていた。本人に聞かれていなくて良かったと素直に思う。きっとますますリーゼのイライラをヒートアップさせただろうからな。
「さてと。」
ウィルは息をついてレジの方へと歩く。
そしてくるっと振り向いた。
「さあ、ここからはウィルのターンだよ!」
あまりいい予感はしなかった。




